そして彼は終点に辿り着く
「ぐぉ~! ぐぉ~!」
「オラオラどうしたどうしたぁ! もうグロッキーかいエルドラァ!」
「マジでアルコール消化能力がおかしいだろお前。なんでその小さな体にそんだけの酒が入るんだよ!」
「鬼人族は揃って酒豪! アタシはそのトップだよ! 図体がデカいからって甘くみちゃいけないねぇ!」
多くの人らのいびきが木霊し、少し離れた場所ではまだ酒盛りを行っている面々がいたのだが、得体のしれない不快感に包まれた蒼野の耳にそれらは届かない。立ち上がったまま微動だにせず一言も発することなく、この状況に至るまでの約半日に思いを馳せる。
「そういえば積の奴、途中からやけに無言だったな」
そうして各勢力の重要人物が集まったどんちゃん騒ぎの始まりまで時を勧めて気が付いたのは、らしくない積の様子に関して。
普段ならば自分らを引っ張るはずの彼が終始無言であった事で、その時点から連鎖的に思い出してみれば地下図書館に突入した時点で無言だったことにも気が付き、蒼野の胸中に渦巻いていた不快感は増していく。
『自分はなにかとてつもなく重要な事を見逃している』という嫌な予感が襲い掛かる。
「こ、こんにちは~。まだお祭りは続いていますか~」
「遅くなってすいません! 僕らも参加したいんですけどいいですか!」
「ん、あ………………」
その感覚は徐々に徐々に増していくのだが、ここで蒼野の意識を逸らす声が耳に届き視線をそちらへ。
「ルティスさんにレウさんですか。いるにはいますけど、半分以上が疲れやら酔いで眠っちゃってますよ」
「それは残念。やっぱり来るのが遅すぎましたね」
「私は頭に響く声が少なくなってちょうどいいかも………………」
たなびく銀の長髪を蓄えた美女と小麦色の肌に金の装飾品が目立つ好青年を前にしてそう告げると、胸の奥に巣くった嫌な感覚は霧散していき、二人を案内するように先導。
「そういえば二人はここに来るまでの間に積を見てないですか。いつの間にかどこかに行っちゃったみたいでして」
「あれ? 積君いないの?」
「ええ。それでいつ頃いなくなったんだろうって思ってたところなんですよ」
「そうなんだ。残念ながら僕とルティスは見てないね」
さほど広くない道に広がっている靴や上着などを左右にかき分けながら、世間話くらいのつもりで尋ねてみるとレウはやや不思議そうな様子でそう応答するのだが、隣にいたルティスは違う。
「いなく、なったんですか………………あの人が? 何も言わず、いきなり………………?」
「そうですけど………………どうしたんです?」
この場に集まった面々の中でもトップを狙える美しい顔をしたルティスは突如憔悴しきった表情を浮かべ、弱気な彼女らしくもない力で戸惑う蒼野の肩を掴んだ。
「その………………その! な、何か前兆! そうなる前兆のような事はありましたか!!」
「ぜ、前兆っていうと………………『黒い海』をその身に浴びた事が思い浮かぶな。けどあれに関してはしっかりと乗り越えたって積が言って………………」
次いで蒼野の肩を上下に揺らしたルティスが、呼吸する事さえ後回しにするような勢いで言葉を絞り出し、戸惑ったものの蒼野が先の戦いであったことを説明。その結果まで報告するが、
「………………………………!!!!!!」
「お、おい! 大丈夫か!?」
「いったい何があったんだいルティス!?」
最後まで聞き終えたところでルティスは顔を青くして、何かを告げるより早く膝から崩れ落ちた。
無論そんな姿を目にすれば蒼野とレウが放っておくはずもなく、彼等は項垂れるルティスを支えようと左右に分かれ身を案じ、
「………………なくちゃ」
「え?」
「い、い、今すぐ積さんを探さなくちゃ! て、手遅れに、死んじゃう前に早く!」
彼女は叫ぶ。全身をぶるぶると震えさせ、目尻に涙を溜めながら。もはや残された時間は少ないと二人に訴えかける。
とすると蒼野が必死に作り笑いを浮かべながら口を開く。
「い、いや………………まずは落ち着いてくれルティスさん。あいつが『黒い海』を乗り越えたのは確かに確認したんだ。きっと大丈夫さ!」
正直に言うならば彼も、事態が自分が思っているよりも深刻なものになっている事に関しては気が付いていた。
ただ半日前に大きな戦いを終えた彼は、今日くらいはゆっくりと過ごしたいと思い自然とそんな言葉を口ずさみ、
「そんな、そんなわけない!」
蒼野の抱いた甘い欲望は砕け散る。あまりにも呆気なく。
「だって…………だってあの人は! いつだって心の中で嘆いてた泣いてた苦しんでた! どうして自分が生き残ってしまったんだって思いながら!」
「!」
「いつだって! 自分が生き残ってしまった事に悩んでだ! 一つ一つの行動に細心の注意を払ってた! 本当ならすぐにでも入院しなくちゃいけないような状態だけど………………無理して頑張ってたの!!」
「ま、待ってくれルティスさん! ほ、本当にそんなことが………………?」
「そう! そうなの! だ、だから………………だから………………そんなあの人が『黒い海』を克服なんてできるわけがない!」
それから勢いよく告げるのは、心を読めるルティスだけが初めて会ったときに知ることになった原口積という青年の『心の奥の奥』。誰にも知られぬよう必死に隠していた、原口積という青年の『正体』であり、
「どしたの蒼野。顔色悪いわよ?」
「………………急がなくちゃ」
「え?」
「手を貸してくれ優! いやみんな! すぐに積を見つけるんだ!」
切羽詰まった声をあげると未だ起きていて酒盛りをしている面々だけではない。眠っている面々の体も揺らしてできるだけ起こし動き出す。
目前に迫った最悪の未来。それを回避するために。
時刻は十七時を過ぎていた。
町は半壊済みであったが負の感情を根こそぎ抜き取られた人らに不安や悲しみはなく、屈強な男性陣は前向きな心で町の復興をするために働き、女性陣や子供たちは自分たちの暮らす住処の修繕だけ終えると夕飯の準備を行ったり、買い物に出かけたりしていた。
「いやぁお互い生き残ってよかったよかった!」
「そうっすね。本当にそうっすね!!」
「ママーお外綺麗!」
「本当ね。今日は綺麗な夕焼けね」
多くの明るい声が大通りを埋める中、けれどその空気に乗れない者がただ一人だけいた。
「………………………………ごほ! ごほっ!」
その人物。すなわち原口積は、時折熱にうなされた病人のような咳を行いながら人通りにない裏路地を歩いていたのだが、親子の発した言葉を耳にして自嘲気味な笑みを零した。
「綺麗な夕焼け、か………………俺には、そうは見えねぇな」
雲のほとんど存在しない茜色の空は、困難を乗り越え前向きに生きようとする人々は、けれど今の彼の目と耳には歪んだ形で映った。
空の赤は人の肉体を巡る鮮血のようで、人々の嬉々とした声は雑音である。
無論そんな風に思えてしまうのが異常な事を彼はわかっており、何とかして気持ちを切り替えなければならないと思っていたがダメであった。
「世界を呑み込む呪詛ってのは恐ろしいな。そう簡単には………………乗り越えられない、か」
一度は乗り越えたと思っていた『黒い海』。デュークの手により世界の奥深くに潜ったそれは、最後の最後に牙を剥いていた。
最後に直接浴びた原口積を、地獄の底に叩きつけるべく蠢き続けていたのだ。
「ゴホ! ゴホ! 行か、なくちゃ、なぁ!」
その影響が出始めたのは戦いが終わり始めてからしばらくした時の事で、地下にある図書館から出た時には取り返しのつかない状態にまで深刻化していた。
本来ならば誰かに言わなければならない状態であったのだがそんな事に気づけないほど思考は鈍化しており、どんちゃん騒ぎが始まった時にはその場にいる事すらできないほど周りが醜いものに見え、すぐに抜け出し、最後の地へと向け進み出した。
カンカンと音を発する踏切を乗り越えると、走る力さえ残されていないため、自分以外には誰も乗っていないローカル線に乗り込み目をつぶる。
『次は~~。~~』
それからしばらくして聞き覚えのある駅名を耳にすれば、ほんの十数分前より驚くほど重くなった体を引きずりながら駅に降り立ち、改札口を超え桜が散った木々の合間を抜ける。
「………………………………」
そうして辿り着いたのは原口善の墓であり、彼は着ていた学ランを本来の持ち主の墓にかけ、一歩二歩とゆっくりと後退すると声を震わせ口にするのだ。
「悪い兄貴。俺は――――――――――アンタにはなれなかったよ」
絶対にやり遂げると誓っていた目的をできなかったという事を。
次いで思い浮かべるのは父と母が死んだ次に目を覚ました時の事。
原口積という人間の生涯を決める事になった瞬間の事である。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
ラストエピソード、開始。
ルティスの発言と共に最後の物語。原口積の物語へと入っていきます。
おそらく今回合わせて五回ほど。最後までぜひお付き合いいただければと思います。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




