ヘイワナセカイ
「どういうことだ?」
「どうした兄弟?」
「あ、いや気にしないでくれ。なんでもないんだ」
最初に蒼野がその場所に感じたのは違和感は、目にしている光景と肌で感じる空気のちぐはぐさであった。
(当然と言えば当然だが、隠されてただけあってただの図書館じゃないってことなんだな)
あらゆる場所にはそれにふさわしい空気というものがある。
南国の島に訪れ太陽の光を浴びれば開放的になるし、大雨を前にすればそれだけで気分が暗くなる。
イベント全般に関しても当てはまり、お祭りがあれば何も買わずとも見て回るだけで心が弾むし、葬儀に参列すれば重苦しい空気に包まれるのが常だ。
では図書館の空気がどのようなものかと言われれば落ち着いた物であるのが常であり、これが暗黙の了解として伝播しているゆえに、この世界において数少ない非戦闘地帯として皆が考えるところがあった。
さて話を戻しこの地下にある大図書館の空気であるが、蒼野が感じとったのは凄まじいほどの神秘性。
今すぐにでも頭を垂れなければならない強迫観念にも似た感情の激流であり、その感覚は蒼野だけでなく多くの者らが程度の差はあれど感じており、
「ところでお前達は、この図書館に関してどのくらい知っているんだ?」
「あ、そうね。そこんとこどうなのギルド『ウォーグレン』諸君?」
「アタシ達ですか!?」
「そりゃイグちゃんから鍵を渡されたのはアンタ達だからね」
その空気を砕くようにゴットエンドとアイビスの二人が開口。思考を埋め尽くすような神秘性と不意の金縛りから解放された蒼野が息を吐く中、優が戸惑いの声をあげ、腕を組んでいた康太がかぶりを振った。
「正直全然知らないっスね。けどそれが普通じゃ無いっスか? ここ知ってるのってアンタらだけなんだろ」
「そりゃそうね失礼したわ。まぁなら本当にざっくりとだけと説明しとくとね、ここは『始まりの地』と言える場所なの!」
「始まりの地、ですか?」
「まあイグちゃんがそう言ってたからね。多分あってるわ。で、ここに貯蔵されてる本に関して何だけど、賢教から持ってきた歴史書と日々更新され続ける日記。言い方を変えれば後世にとっての歴史書ね」
「つまり、この星で起きた色々な事をこの場所で集積しているという事か?」
「そーいう事」
直後に康太から当然の答えを聞くと彼女は説明を続け、目を丸くした彼らの視線を集めながら歩き始めると、全員の視線が集まる場所に移動し両腕を左右に広げ、
「そのためにイグちゃんは世界中で起きた色々な事を自動で記録するシステムを構築して、延々と作動させてるみたいでね。ほら、あそこらへんに空に浮かんでる本の群れがあるでしょ?」
「………………確かにあるな」
「それらにその日あったことを記載させるようにしてるの。で、最大まで文章を書き終えると本棚の空いているところに自動的に行って、新しい本を生成して記録を書き込む仕組みになってるらしいのよ。で、それが永遠に続いている」
「そりゃまたすごい話ですね。ならこの図書館ってどれだけ広いんですかね」
そう説明するとこの場に集まった者らが感嘆の声をあげ、かと思えば周囲一帯に視線を向けていたガーディアがその場から姿を消し、他の者らが二度三度と瞬きを行うあいだに元の場所に戻っていた。
「どうやらこの場所の広さは私の想像を絶するらしい。一秒ほど走ってみたが、最奥に辿り着くことが出来なかった」
「ガーディアさんがですか!?」
「そりゃまた、イグドラシルはよっぽど細かくこの世界の歴史を記してたんだね」
すると自分が走ったことによる結果を告げ、聖野が目を丸くし壊鬼が額に手を置き呆れた声でそう発言。優が挙手した。
「アイビスさんやゴットエンドさんはどんな内容が書かれてるのか知ってるんですか?」
「知らんな」
「本に関して書かれてる内容に関しては、イグちゃんは誰にも話さなかったから」
「そうなんですか?」
「そうよ。場所を教えてもらったのだって、自分がいなくなった場合を想定の事だったしね」
「なるほど。一応聞いておくと、鍵をもらった俺達は中を見る資格があるとみていいんですかね?」
「もちろん。というかそのおこぼれで中を覗けるのがちょっと楽しみだったりするのよ」
その後、蒼野の意見に対し悪戯小僧が浮かべるような笑みを浮かべながらアイビスが同意し、その場にいた二十人以上が五つのチームに分かれ物色開始。側にある本棚から本を抜き出す。
「オレの方はミレニアム関連とガーディアさん関連に関してまとめられてる本棚だな」
「こっちは日々の生活がまとめられてる感じだ。これならこれだけの本棚も納得………………できるかなぁ」
「いやそれ以前にこれらは元々賢教の物だったんだよな。この機会に我々に帰蔵するべきじゃないか?」
「そういう話は後にしましょう。今は相応しくない」
彼らは本を抜き差ししながらそのような会話を繰り広げるが、数分もせぬうちに全員の耳に飛び込む声があった。
『すまんが一度地上にあがってくれ! 様子がおかしい!』
「どうした?」
それは臨時の研究所で各地の様子を探っていたアルのものであり、地下図書館にいた大勢の者らが眉を顰め、クロバがいの一番にそう質問。
通信機越しのアルは困惑気味の声で『説明するよりも見てもらった方が早い』と告げ、胸中に込めた感情は様々なれど、彼等はみな、この秘密の大図書館から出る素振りを見せるが、一人だけ地蔵のように動かない者がいた。
「宗介さん。行きますよ!」
「俺は置いていけ! もしかしたら! もしかしたらここに!! 俺の求めていた情報があるのかもしれないのだぁ!!!」
「いやでも………………」
「やめとこうぜ兄弟。ああいう輩は言うだけ無駄だ」
それは手にした謎の鱗の正体を延々と探し続けていた久我宗介であり、最後まで呼んでいた蒼野も康太にそう言われると渋々ながら後退。
アイビスが再び鍵をかざすと、大声が特徴の巨体を残し、彼らの体は光に包まれ地下資料室の一角に移動。
『先に言っとくとだな、これは目が覚めた面々から起きたことだ』
「………………目が覚めたとはどういう事だ? その説明通りであるなら、まるで全員が眠っていたようだぞ?」
「それであってるよゼオス君。というのも我々がこの場所に来たのは、安全を確認できたうえで周りの人らがみな眠ってしまったから。つまり手持ち無沙汰になったからなんだ」
「あぁ。あれって僕らの周りだけじゃなかったんだね」
駆け足で上へと登る途中でシャロウズとシロバがそう説明すると、他の場所からやって来た面々も同じような状態であったことを説明し、そうこうしている内に一同は夜が明け太陽が昇った外へと到達。
『高い場所から、色々な場所の様子を見て欲しい』
「いちいちそんな面倒な事しなくても、世界中の様子くらいアタシが見せてあげるわよ。それでいいわよね?」
興奮した声をあげるアルに対しアイビスが返事をしながら能力を発動。
惑星『ウルアーデ』における様々な場所の様子が全員の目に入るが、そこに映った光景に違和感はない。
誰もが生き残った事を喜び、笑顔を浮かべて喜び合っている姿が映し出されている。
「いや待て待て。おかしいだろコレは!」
「エヴァ?」
「そうだのう。少し、いやかなり異常な状態だな」
いるのだが、最初にエヴァが、続いて李凱が気づき、彼らが言った意味を他の者らも続々と気付き始め、
『気づいたか。そうだ。無傷で生還したものだけではない。瀕死の重傷を負った者も、住む場所を失った者も、いや世界中の全員が今の状況を『喜んでいる』! つまり負の感情がなくなってるんだ!』
彼らの意思を統一させるべくアルが断言。こうなった理由が先ほどの最終決戦で負の感情を吸い取られた事によるものだと説明するが、そんな彼の抱いた不安をものともせず、この状況を心から祝えるものがいた。
「そりゃ異常ではありますけど、こういう異常ならいいんじゃないですか?」
『蒼野君?』
「『みんながニコニコ笑って暮らせる世の中になった』。そう考えたら、悪いもんじゃないと思いますけどね」
「………………ねぇアルさん」
『どうした?』
「この状態ってどのくらい続くのかしら?」
それはパペットマスターを殺してしまい心が砕け、けれど再び立ち上がる事が出来た蒼野である。
そしてそんな彼の言葉には納得できるところがあり、最初に賛同した優がアルにそう質問。
『期間に関してはわからん。だがまぁこれから一生という事はないだろうよ。イグドラシルもどきが取っていったのは、感情そのものではなく抱いていたものだからな」
「そ、なら大災害による被害に落ち込む日々を送るよりは、こっちの方がいいんじゃないかしら?」
『………………まぁ、世界中が沈痛な空気になるよりはマシかもしれんな』
続く提案に対して異論を挟む者はアルを含めて誰もおらず、
「それならだ! 俺達もその空気にあやからなけりゃもったいないよなぁ!」
「エルドラさん!?」
「どういう事ですか?」
「そりゃお前、勝って周りが楽しんでるなら、やることは一つしかないさね!」
大声をあげたエルドラに続いて壊鬼が口を開いた事により、彼等の辿る道は決まった。
「宴だー!」
「地下図書館に関して調べるってのは!?」
「そんなことは後でだってできるじゃないか! 今は心ゆくまで堪能しようさね!」
ヘルスが戸惑いの声をあげると壊鬼が彼の首に腕を巻きつけながら無理やり引きずっていき、他の者らも疲労や場の空気が緩んだのを理解し微笑みを浮かべながら続いていく。
こうして世界中を震撼させた大災害を退けた事を祝う小さなお祭り騒ぎが始まった。
それは一時間や二時間どころではない。半日近くものあいだ続くことになり、
「そういえば積はどこ行ったんだ?」
多くの者らが疲れや酔いから寝静まった中、未成年ゆえに酒を飲んでいなかった蒼野が周囲を見渡し気づくことになる。
この戦いにおいて最後まで頼りになった仲間の姿がなくなっていたことに。
そしてそれが、最後の物語の始まりであった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
想定より長く続いたエピローグ編もこれにて終了! 宴会部分に関してはこれ以上長くなるとヤバいと思ったので、今回は端折り次回へ。
そしてラストエピソードがついに開始。
三章後編部分から今まで最前線で頑張り続けた少年。
誰にも話していなかった彼の胸中がついに明かされます。
予定ではいつも通り明後日投稿のつもりなのですが、もしかしたら話を煮詰めるため一日二日遅れるかもしれません。
その場合にはご連絡するのでよろしくお願いします。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




