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終戦


「そうか。これが引き分けか。初めての経験だ」


 最上階における戦いが終わりを迎える最中、第五階層で声が上がる。

 それは未だこの場所に残っていたガーディア・ガルフが発したもので、 これに反論するのは彼と対峙する青年ゴットエンド・ハーティスだ。


「引き、分けだと? ふざけるな……………………こんな結果が………………引き分けなものかぁ!!!!」


 なにせ今の彼は死に体という言葉がこれ以上なく相応しい。

 胴体をガーディアが誇る最強の一撃により貫かれ、それでも意識を保っているのを確認されると、体の至る所を瞬時に切り裂かれ血を吹き出し、挽回しようと反撃を繰り出すだけで口から泥のような粘度をした血を流す。

 つまりいつ倒れてもおかしくないそんな状況なのだが、それでも彼は体内で暴れ続ける怒りを抑えきれず、怒声として吐き出していた。


「私も君も倒れておらず、どちらも上の援軍として駆けつけることが最後まで出来なかった」

「………………っ」

「これを引き分けと言わずなんというのかね?」


 対するガーディアの持論はそのようなものであるが、ゴットエンド・フォーカスと比べれば余裕がある。体に刻まれている傷も軽いものばかりで肩で息をしている様子もない。

 そんな光景はまさしく勝者と敗者を明確に区切っており『引き分けである』とは口が裂けても言えないとゴットエンド・フォーカスは思っていた。

 それこそ今自分に意識があるのは勝者である彼の勝手な慈悲であると思っており、


「この戦いの分岐点になったのは、私個人の意見としては君が現実世界で戦う事を容認した時だな」

「ぐばぁっ!?」

「君の強さは超広範囲と超火力。そしてそれを絶え間なく連射できる事にあった。私対策の秘策を組んでいたにしても、自分の長所を捨てて私の土俵に立ったのは失敗だったな」


 全身に刻まれた致命傷の回復をしようとした瞬間、ガーディアの繰り出した蹴りが数多の守りと幸運を突き破り腹部に突き刺さり、ゴットエンド・フォーカスが地面を転がり壁に衝突。

 絵の具をブチ撒けたような勢いで鮮血が壁を濡らし、それでも彼は崩れ落ちることなく、ガーディアを睨みつけた。


「はぁ! はぁ!」 

「…………正直驚いてはいるよ。それほど傷を負ってなぜ立ち上がる? 何が君を突き動かす?」


 その姿にガーディアは疑問を投げかける。

 彼自身引き分けと言ってはいるが、ゴットエンド・フォーカスがここから勝ち超す事などできはしないと思っており、もはや意識を失った方が楽な状態なことも把握していた。

 だというのに立ち上がるゴットエンド・フォーカスに対しそう尋ね、


「僕は………………あの人に会うまで忌み子だった。家族に見放され、周りの人らに気味悪がられた。人間なんてものは、誰も彼もクソだと思ってたんだ」


 ゴットエンド・フォーカスは語り出す。これまで自分が歩んできた人生を。イグドラシルに対する思いを。

 これ以上抵抗すれば、最強の幸運を持っていたとしても死んでしまうとわかっていてもなお、命を削り立ち上がる理由を。

 黙って聞き続けるガーディアに対し数分以上ものあいだ伝え続ける。


「………………私は君が羨ましいよ」

「………………………………………………………………なに?」

「私はね、どれだけ考えても他者の気持ちを完全に把握する事が出来ないんだ。同じ時間を生きていないからかな? いつだって心のどこかで疎外感を感じている」

「それが………………どうしてそんな下らん感想に繋がる?」

「君はそんな私と同じ『果て越え』であるというのに、他者と同じ目線に立てつことができる。他者に対して真剣に怒ることが出来るし侮蔑する事ができる。それが私には………………………………心底羨ましい」


 その全てを聞き終えた時、ガーディア・ガルフは自身の抱いた感想を素直に口にする。


「君は自分の事を次世代の『果て越え』。私を超える存在であると言ったがね、あれは的を射ているのかもしれないな。他者と語り合う事ができる君の方が、確かに――――」

「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなぁ!!!!!!!」


 賞賛の言葉はなおも続くが、当然そんなものがゴットエンド・フォーカスにとって価値があるはずがない。いやむしろ今の彼にとっては火に油を注ぐだけである。


 自分を圧倒しているのに


 やろうと思えばいつだってとどめを刺せるであろうに


 賞賛の言葉を投げかけ、拍手さえ送ってくる気配があるガーディア・ガルフを彼は憎んだ。

 それこそこれまでの人生を見返してみても並ぶものがないほどであり、その怒りを原動力に全身に力を込めると、至る所から血を流しながら立ち上がり、


「そこまでだゴットエンド!」

「!」


 直後に周囲一帯の空気が更なる熱気を帯び、二人の存在する空間が揺れ、軋み、そのまま崩壊するのではないかという最中に声が聞こえてくる。

 若々しく竹を割ったかのようなその声を、ゴットエンド・フォーカスは聞き覚えがない。姿を見たところで見覚えがない。


「ゲゼル、さん?」


 しかしである、男が発する空気を目にすれば、その正体は明白であり


「戦いは終わった。イグドラシルは死んだのだ。お前ほど他者の感知に優れている者ならば、それくらいわかるはずだ!」

「ぐ、う………………うぅぅぅぅぅぅ………………………………っ!」


 唖然とする彼に対し若き日のゲゼル・グレアが続けて一喝すると、ゴットエンド・フォーカスは頭を垂れ涙を流す。膝から崩れ落ち、体を小刻みに揺らしながら嗚咽を漏らす。


「さて………………」


 それが二人の『果て越え』による死闘が終わった瞬間であり、それを見届けたゲゼル・グレアが向きを変える。

 当然それはこの場にいるもう一人の人物。すなわちガーディア・ガルフのいる方角であり、


「久しぶりだな」

「そうだな。本当に………………久しぶりだ」


 千年前に様々な思惑を抱えた末に別れ、千年経った現代で再開するはずであったが永別したはずの二人が、今、数多の運命を経て再会する。

 とはいえ、残された時間が少ないのはゲゼル・グレアの崩れ行く体の様子から明白であり、


「どうだガーディア・ガルフ。イグドラシルと……私と…………みんなで作り上げたこの世界は?」


 内を言えばいいかわからず口ごもる『果て越え』に対し、千年ものあいだこの世界で生き、最前線で支え続けてきたゲゼルは一夫ずつ近づきながら言葉を紡ぐ。


「素晴らしい世界だ。心の底からそう思う」


 対するガーディアの答えは心底からのもの。


 自分を超えるために鍛えた者がいたのは当然であるが、相反する勢力が心を一つにして立ち向かったのも素晴らしかった。

 戦闘面だけでなく文化面でも目を見張るものがあり、科学文明の台頭は当然のこと、多種多様な文化が育まれていたことも好ましく、


「………………ならば」

「あぁ。君は見事、私が課した責務を果たしたと言えるだろう」


 ゆえにガーディアは断言する。

 目の前の青年は、課せられた役割を完璧な形で果たしたのだと。


「そう、か。だとするなら………………………………今度は貴様が責務を背負う番だ!」

「何?」


 となれば今度はゲゼルの番である。

 千年前の別れの際、好き勝手に無理難題を投げつけられた彼が今度は無理難題を投げつける番であり、体の節々から力が抜けていき、至る所が崩れていきながらも目前に控える宿敵を指さす。


「お前は………………俺を弱者で矮小だと断言した…………そして自分こそが至高の存在であると豪語した!」


 ゲゼルが今しがた口にした言葉は、周りを鼓舞するためにガーディアが必死に考えた末に告げた言葉たちであり、千年もの時間があればゲゼルとてそのあたりに関して察する事ができた。

 そんな言葉の数々を今の彼は交渉材料として都合よく利用しながら、イグドラシル同様最後に言わなければならない言葉を口にする。


「この世界に永年続く平和を築け! 訪れる試練を必ず突破しろ!」

「!」


 その言葉を聞くとガーディアは目を見開き、


「その手始めに――――――――まずは俺が提示する試練を乗り越えろぉ!!!!」


 直後、月の光をその全身に浴びたゲゼル・グレアが動く。

 炎を固めた刀と剣をその手に掴み、残っていた燃えカスのような魂を勢いよく燃やし始め、繰り出すのだ。


 千年以上の時を捧げ鍛え上げた、目前に控える全生物の頂点を超えるために磨いて来た秘技を。


「十字――――――滅天悉!!」


 一歩踏み込み繰り出されるは、二つの刃による至高にして極限。

 シュバルツ・シャークスさえ未だ至ることができない技の極致であり、


「見事だ」


 結果は今、彼等の前に示される。

 対応しようとしたガーディアは、しかし完璧に捌き切る事ができず、左脇腹と右肩を浅くだが切り裂かれ血を吹き出す。

 対するゲゼルはといえば、ガーディアの繰り出した神速の斬撃で両腕を吹き飛ばされた。


 これにて終結。

 千年という時を経て行われたゲゼル一世一代の大舞台は幕を閉じ――――――ない。


「ッッッッッッ!!!!」


 その瞳には未だ闘志が宿っており、つい先ほど五人の挑戦者には繰り出さなかった、正真正銘最大最強の一撃が繰り出される。


「!?」

 

 ガーディア・ガルフを倒すにあたり、ゲゼルはシュバルツのように一撃必殺の威力を持たせる必要はないと断じた。

 彼はその速度から回避力こそ高いものの、肉体の強度は極々一般的な範疇に収まっており、だからこそ破壊力は求めなかった。


 では何を求めたかと言えば『速さ』である。

 なぜかといえばそれこそがガーディア・ガルフを形成する最大の要因であり、最も優れている点ゆえに、わざわざ狙う輩は少ないと考え警戒されにくいと思ったのだ。


 そしてそこから考えついた突破口はただ一つ。


 それは人間が行使できる最も原始的な攻撃の一つ。

 殴る蹴るに並ぶ誰にだってできる一手であるのだが、ゲゼルはそこに全てを賭けた。


 なぜなら『それ』に余分な動作は必要なかった。

 剣を振る必要もなければ握る必要もない。いやそれどころか拳を作る必要さえない。


 ただ全族全開で足を動かし前に進むだけのそれは、もしかしたら多くの人らが指差し笑うほど滑稽な答えかも知れないが、彼はそれでよかった。

 いやむしろ望むところであった。なぜならそれで彼の思考が停止するのならば儲けものであり、


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 様々な思惑を抱えたゲゼルが声をあげm体を丸めて前に進む。


 つまりこれは――――――――――ただの体当たりである。


「!」


 とはいえ鍛え抜かれたその動きは、ほんの一瞬ではあるが『果て越え』ガーディア・ガルフさえ完璧に知覚できないほどの速度を誇り、


「――――――――――――――」


 今一度、結果は示される。


 二人の体は一瞬だけ重なったかと思えば再び離れ、静止。


「どう、だ!」

「………………………………本当に見事だよゲゼル。これほど心胆を冷やした事はなかったと断言できる」


 振り返ったガーディアは心からの称賛を送る。

 拍手をしたいが右半身の大半を失っているためにできず、夥しい量の血を流しながら言葉を送る。


「だが」


 けれど、それまでだ。

 失われた部位は黄金の炎に包まれると瞬く間に蘇り、その姿を見てゲゼルは目を細める。


「………………届かない、か………………………………」


 続けて発せられる言葉には心底からの無念が滲んでおり、


「そうだ。君の千年は届かない。生涯全てを捧げても全生物の頂点である私には至らない」

「………………………………………………………………」

「だからこそ――――――誓おう。君が課した責務を、君よりも遥かに優秀な私は必ずやり遂げると」


 けれどガーディアが発した言葉を聞くと笑った。

 他の数多の人に対し見せてきた穏やかで心落ち着かせるものではない。


 小生意気で勝気な、千年前の彼を連想させるような笑みを見せ………………消え去る。


 何か告げるようなこともなく、音一つ立てず。


 己の成すべき役割全てを終えた事を理解しながら、塵となりゲゼル・グレアはこの世界から去っていく。




 ここに、千年続いた戦いは終わりを迎えた。

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


本日はゲゼルサイドのエピローグ回。

個人的にはこの二人の再開はずっとやりたかった話だったのですがいかがでしょうか。

皆さまが満足する出来であったのなら幸いです。


というわけで此度の戦いも完全に終了!

次回! ラストエピローグです!


それではまた次回、ぜひご覧ください

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