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異世界黙示録 二頁目


(これが数えきれないほどの人を殺した『黒い海』の内側か!)


 終わりの見えない争いがイグドラシルと蒼野達四人の間で繰り広げられる一方で、『黒い海』に飲み込まれ、穴という穴を浸食された積は嫌が応にも理解する事になる。


 『黒い海』とは累々と重ねられた悲劇の結晶。

 遥か遠く、数えきれないほど昔から、全宇宙のあらゆる場所で起きた様々な『死』を液体として形にしたものだと。


 子供を惨殺された親の姿があった


 十字架に括りつけられ、偽りの罪科により処刑された女がいた


 翼を生やしている少数民族であるというだけで排斥され死に絶えた者がいた


 金持ちの娯楽により消費された無数の命があった


 母星の存続を賭け神に挑むも、あえなく敗北した勇者がいた


 他にも数限りない死の形が、生者が最後に感じた絶望が、水蒸気のように宙を埋めたかと思えば水滴のように滴り、世界に滲んでいく。

 そしてそれが無限に連なった結果大海となり、人々に迫っていくのだ。


 どこにもぶつけられなかった怒りを、悲しみを、見ず知らずの誰かにぶつけるために。

 はたまた理解してほしい思いや胸を埋める寂しさを知ってほしくて、幼子のように縋る。


(マジで……………………恐ろしい、な………………………………だがな!)


 こんなものを作り出すなど悪魔の所業と形容するしかなく、兆や京という桁でも表しきれない数の悲劇を前にすれば、発狂死するのも当然であった。

 ただ幸か不幸か積は意識を保てていた。


「悪いな。地獄なら………………もう十年前に経験したんだよ!」


 なぜなら彼は知っていた。


 親しくしていた友人が悲鳴をあげながら焼け焦げ死んでいく姿を


 自分達を守るために奮起した大人たちが、仮面を被った狂戦士達に藁のように摘まれた事を


 家族を逃がすために前に出た父が四肢を切り刻まれ、悲鳴を上げるより早く脳天を吹き飛ばされた事を


 命乞いをした母の声が徐々に弱弱しいものになり、肉塊と化していく様子を


 他にも今の今まで忘れていたもの全てを思い出し、だからこそ耐えきれ、ゆえに動く。


 ギャン・ガイアのように狂気に身を浸していたという理由とも、ガーディア=ウェルダのような特殊な生まれだからとも違う。

 大きく異なる理由で踏破し、外界から隔絶されていた意識を勢いよく浮上させていき、


「オラァ!!!!!!!!」


 目を覚ました瞬間、動き出す。

 目の前に邪神あくがおり、ならば誅さなければならない。


「馬鹿、な!?」


 そんなあまりにも単純な思考に沿って動いた体は、状況を好転させるきっかけとなる。

 予想だにしていなかった不意打ちを受け、イグドラシルもどきの思考は真横にいる積へ注がれ、攻撃の矛先が目を覚ましたばかりの積へと集中。


「無事だったのね積!」

「勝手に殺すなっての!」


 当然それ等は死の香りを纏っており数も凄まじいが、積の得意とする属性は全属性中最高硬度の鋼属性。しかも他四人と比べ粒子にも余裕がある状態なのだ。

 粒子を潤沢に使い生成された壁は迫る全ての障害を阻み、その隙に繰り出した優の鎌がイグドラシルもどきの首を刎ねた。


「この、程度!」

「………………悪いが」

「もうお前のターンはやって来ねぇよ!」


 それだけではない。

 回復速度を超える勢いでゼオスの刃と康太の銃弾が肉体に突き刺さり、邪神の肉体を削っていくが、この条項でも彼女は最優先事項だけは決して忘れない。


「させませんよ!」


 頭上に浮かぶ負の結晶と『神の居城』の側にある世界樹。

 この二つを葬らんと空を駆ける蒼野を両目がなくともしっかり知覚すると、神杖から放出した破壊光線で行く手を阻み、後退させた。


「俺を阻むか…………けどもう関係ねぇよ」

「?」

「時間切れってことだ!」


 この結果を前にして、けれど蒼野は落胆しない。

 なぜなら待ち望んでいた援軍が今、彼らの元に到着したのだから。


「あれ、は!?」


 直後に蒼野と交代するよう空中を駆け抜けるのは、イグドラシル・フォーカスとデューク・フォーカスの記憶を所有しているため、見覚えはあるが詳しくは知らない者。


 ガーディア・ガルフの影とも言うべき男の姿であり、


「たくっ、人使いが荒すぎだろ」

「ウェルダさん!」

「………………黒い塊と世界樹を!」

「炎の極致で跡形もなく消し去れ!」


 優の、ゼオスの、康太の声に応えるように、彼は邪神を支える二つの存在が重なる位置へと移動。


「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」


 この瞬間、喉元に死の刃を突きつけられたことを悟り、彼女は吠える。

 視線の先に存在する死神が必殺の奥義を使う暇など与えないと、全ての攻撃を今度はウェルダへと注いでいくが、結末はあまりにも呆気ない。


「馬鹿が。この程度の物に対して、んな大技使う必要があるかってんだ」


 彼女が繰り出した全身全霊はウェルダが左腕を一度振り払うだけで焼却され、右手を変わらず目標へ。


「プロミネンス・D・クラッシュ!」


 直後に大量の粒子を注ぎ込む事で彼の背後から現れたのは巨大な黒い正方形で、ど真ん中よりもやや下に真っ赤な線が迸ると巨大な口となり、進み、飲み込む。


 邪神が集めたこの星に住む人々全ての『負』の感情を。

 イグドラシル・フォーカスが千年にも渡り蓄積してきた粒子のストック先である世界樹を、なんの苦も無く飲み込み、空に漂う黒雲を吹き飛ばす火柱と化した。


「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!????」


 これにより前提が覆る。

 無限の粒子がなくなった事により彼女が持っていた不死性が失われ、正気を失った声が周囲に反響。優と康太が勝負を決するべく前に飛び出し、


「っっっっっっ!!!!」

「まだこれだけの質量攻撃が出せるの!?」

「驚きだがこの感じは知ってるぜ。こいつは!」


 なおも彼女は抵抗し続ける。

 イグドラシル・フォーカスが持っていた奥の手。自身の命を属性粒子に変える能力『生命変換・木』を使い、満身創痍の二人を押し戻す。


「………………燃えろ」


 とはいえ能力『生命変換』を使えるのは彼女だけでない。

 後退した優と康太の間を通り『生命変換・炎』を発動したゼオスが疾走。折れた神器の切っ先から自分の命を代償として生み出した紫紺の炎を放出し、迫る脅威全てを燃やし尽くし、そうして出来上がった空洞の中を蒼野が走る。


「終わらない! 終わらせませんよ!!」

「いいや終わりだよ!!」


 彼の切れ味の鈍い剣に宿るのは、万物万象を滅ぼす赤い光。

 『黒い海』そのものである彼女が何度も他者に与えた『死』という結末を同じくらい明確に示す殺戮の塊であり、


「私は! 世界を変えるのです!!」


 この時はじめて、彼女は攻撃を躱した。

 目前に迫った恐怖から逃れるため、頭を真っ白にした状態で不恰好ながら後ろに跳ねて躱した。


「やっぱお前、戦い慣れてないな」

「――――――――――あ」


 けれど結末は変わらない。

 背後に周りこんだ積が突きつけた刃は彼女の背から侵入し腹から飛び出し、


「これ以上好き勝手になんかさせねぇよ!」


 発せられた声と共に持ち上げられると、飛び出す。


 神の座の全身を巡っていた真っ黒な液体が、空に浮かんだ月に照らされる。

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


決着は雪崩れ込むように。

VS『黒い海』もついに完結です!


次回からはエピローグに入るのですが、ここまで行けば話せるのですが、3章の最後に命を繋いだウェルダが4章後半戦におけるヒーローです。


そしてそんな彼を活かす決断をした積が主人公。ヒロインはアイビス・フォーカスだったりします。

この話がどういう意味があるかは………………エピローグ以降でまた話しましょう。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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