異世界黙示録 一頁目
「あの交渉の席での一幕の時点でわかりきった事ではあったけどよ、やっぱ偽物だったんだなお前。安心したよ。それなら」
この世界を支配している女王の激昂が天を衝くが、それを耳にしても最後の戦場にいち早く馳せ参じた康太は動揺しない。
神妙な顔つきのまま綴られる言葉は常日頃と同じ調子で、掲げる右腕に震えはなく、
「――――殺しても後味の悪さを感じないからなぁ!!」
当然ながら引き金を絞る指に無駄な力は籠ってなく、繰り出される銃弾は撃ち込んだ康太が予想だにしていないほど容易く彼女の脳天に直撃。
鼻から上が吹き飛ぶと、僅かに遅れて発砲音が周囲に響き、それが最後の戦いの始まりを告げるゴングとなり、続けて登って来た優やゼオスも含め四人は一気に前へ。
「おかしなことを言いますね古賀康太。その言い方は勝つ前提の物言いです」
「ちぃっ!」
「全員が棺桶に片足を突っ込んでいる状態で告げる言葉ではありませんよ?」
待ち構えるのは当然イグドラシルの身を支配した『黒い海』であるが、四人の接近を再生した双眸で目にしたことで発せられる声に混ざるのは、邪魔者を前にしたことによる怒気ではない。弱者をいたぶるような嘲笑である。
「こんのぉ!」
「普段のあなた達なら、この程度簡単に凌げるはずです。それさえ苦労するとはずいぶんとお疲れのようですが………………具合でも悪いのですか?」
「わかりきったことをネチネチと!」
今しがた上へと昇って来た康太達は彼女がそんな声を発するほど疲弊しており、となれば当然ながら前方を生き詰めるように張り巡らされた木の根を振り払うのも一苦労であり、
「どうやらお前の目は節穴みたいだな!」
「古賀……蒼野!」
放っておけば圧殺されるこの状況を打開するため、蒼野が先頭に立つ。
「風刃! 無尽衝!」
ここまで彼女と一対一を演じてきたため既に特殊粒子を枯渇しかけているが、風属性粒子ならばまだ余力があり、繰り出された無数の風の刃は重なり、壁となり、木の根を押し返した。
「サンキュー蒼野!」
「アイツの攻撃は全部『黒い海』で汚染されてる! 食らうのは当然だめだし、触れてもだめだからな!」
「それ結構難しい注文じゃない!?」
「でもできるだろ?」
「トーゼン!」
この隙に優と康太が前進。蒼野の忠告に笑顔で応えながら銃や鎌で捌き切り、反撃として繰り出した斬撃と銃弾は、またもイグドラシルの体に突き刺さる。
「………………ふふ」
「クソが。頭飛ばしても心臓飛ばしても再生するとか気持ち悪いんだよ」
「ちょっと待ちなさい! アンタそれアタシにも蒼野にも刺さってる!」
がしかし、やはり決定打には至らない。
これまで無数の敵対者を苛立たせてきた優や蒼野の持つ自己再生能力が、この最後の戦いにおいてついに彼らに対し牙を剥く。
瞬間移動により背後に回ったゼオスが首を吹き飛ばそうと、優や蒼野が前進を細切れにしようと、次の瞬間には元の状態に戻り動き出している。
「ソーラーレイ!!」
「やっば!?」
「風陣結界!」
「サンキュー蒼野!」
「不死身になってる仕組みはあのどでかい球体にあるんだろ? ならまずはそれからだ!」
そんな彼女の不死性の原因は一目でわかるものであり、蒼野が優を守る一方で、攻撃を繰り出せるだけの余裕を得た康太が頭上に銃口を向けると、二度三度と引き金を絞る。
「………………燃えろ」
これに加えてゼオスが紫紺の炎を『神の居城』背後に控える世界樹へと向け発射。
銃弾は月を塞ぐように浮かぶ負の感情を圧縮した黒い球体へ。炎の波は惑星『ウルアーデ』のシンボルである世界樹に邪魔されることなく向かっていき、
「その程度の攻撃に意味があるとでも?」
銃弾は突き刺さったかと思えば貫通。空いた穴は瞬く間に塞がっていき、世界樹は一瞬燃えるものの炎は広がらずに鎮火。
「こりゃ」
「………………俺や康太では範囲と火力が足りないか」
この光景を見届け二人は理解する。
彼女の身を包む圧倒的な不死性と面攻撃の『核』となっている二つの物体を破壊するのは、自分達では不可能であると。
可能性があるとするならば蒼野の持つ破壊の光『原点回帰』を筆頭とした一撃必殺であり、
「原点!」
「その程度の思惑はお見通しですよ!」
当然イグドラシルもそれだけは防ぐ。
体の至る所を壊されようと、言葉を紡ぐことが出来ずとも、蒼野が黒い球体や世界樹へと意識を向けるのを全身で感じ取り、阻むために攻撃を集中させる。
「ダメ! 足りない! アルさん! こっちに援軍を!」
『すぐに送る手筈をつける! 少しだけ時間をくれ!」
「クソが! ここまで来て! 単純な物量差で押してくるんじゃねぇよ! かっこ悪ぃ!」
「勝つためにやり方を選ぶつもりはありませんよ」
たった一夜の間に繰り広げられた数多の死闘であるが、その最後を飾るこの戦いは、全ての戦場のなかで最も原始的なものである。
多くの場所で繰り広げられたような力と力のぶつかり合い存在せず、攻撃を通すために何らかの技量や戦略が問われるものでもない。
はたまた真下で行われていた人智を超えたものでもなく、単純な物量と不死性、それに無限に近い粒子による蹂躙劇が戦場を埋め尽くしている。
「どうしました古賀蒼野? まだまだ戦えるのでは?」
「当然だ。ここまで来たんだからな。死ぬまで付き合ってやるよ!」
「…………くだらん挑発に乗るな。お前が消えれば、状況は覆せないところまで進むぞ」
「クソッ!」
「限界ですね古賀蒼野。無限ではない自分の身を呪いなさい」
そんな極々単純な戦いだからこそ、逆転する事は実に難しい。
彼らが今求めているのは戦術や技ではなく、危機的状況をひっくり返せる単純な火力や、イグドラシルの攻撃を凌ぎきれる手数なのだ。
「…………見たところ古賀康太は引き金を引くのも苦労する様子ですね」
「テメッ」
「ゼオス・ハザードは所有している神器が折れ、瞬間移動するだけの余力も残されていない」
「………………チッ」
「パーティを裏で支える尾羽優は、回復するだけの粒子を残していない! ならば!」
「!」
「私もスケジュールが詰まっていて忙しいんです。ですからこれにて――――」
それを持ちえておらず、限界がやって来た事を知り、四人が立ち向かう悪魔は動く。
屋内だけではない。周囲一帯の空を埋めるような木の根に毒粉。腐敗の光線をまき散らし、彼女のいる周囲一帯を死の空間へと変貌させる。
「風陣結界! 最大風力!」
その全てを防ぐため、蒼野達四人は一か所に集まり、蒼野が風圧の壁を展開。木の根も毒粉も、腐敗の光さえ凌ぎきり、
「御終いです」
この展開を完璧に予期していた悪魔が、三日月のように頬を裂きながら手にしていた神杖を掲げる。
とすれば四人全員を抹殺させるのに十分な木属性粒子が溜まっていき、
「………………………………え?」
瞬間、彼女は右脇腹と口を抉られ目を丸くする。
「せ」
「積ぃぃぃぃぃぃ!!」
直後に蒼野達四人が目にしたのは『黒い海』から生還した原口積の姿であった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
とうとうやってきました章タイトル。そして上手く進めば次回で終結です。
一気に突き進むラスト一話。ぜひご覧ください!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




