LAST PHASE
沈め 沈め!
閉じろ 閉じろ!
堕ちて――――――――無くなれ!!!!
念じる。念じる。念じ続ける。
かつての敵に。戦友に。大切な家族に見守られながら、デューク・フォーカスは念じ続ける。
目を瞑りながら必死に同じ言葉を思い浮かべ続ける姿は一種の修行のようで、周りにいる者達は固唾を飲み込みながら見守り続ける。
「っと!」
「気をつけろ! 飲み込まれたら後が怖いぞ!」
するとその効果は目に見える形で現れる。
『核』の付近にいる者達の周りの『黒い海』が生きているかのように揺れたかと思えば、『核』へと向け勢いよく引き寄せられ始めたのだが、その勢いは凄まじい。
ありとあらゆるものを引き寄せるかのようで、思わず引っ張られかけた聖野をシュバルツが掴んで止めた。
「こいつらアタシ達を無視して!」
それだけではない。
それまで『核』に迫っていた壊鬼やエルドラを狙っていた顔のない魚たちが、流れに逆らい始めたかと思えば『核』に体を埋めたデュークへと目掛け束となって進軍。鮫のような顔を生やし、鋭利な牙で噛みつこうと画策し、
「させない!」
その行く手を、涙の跡を残したアイビスが阻む。
迫る邪魔者を腕の一振りと共に繰り出した光の帯で駆逐し、続く第二陣も追撃で仕留めていく。
「何故ですかアイビス! 貴方は彼に死んでほしくないのでは!?」
この光景を前に生き残っていた魚達から声が上がり周囲一帯に反響するが、その声はこの場にいる誰もが聞いたことのある者。すなわちイグドラシルのもので、声を掛けられた彼女が一瞬ではあるが歯を食いしばり、
「死なないわ! アタシの義弟は死なない! 長い時を経て、必ず私の元に戻ってくる!」
「!」
「だからアタシが! 義弟の道を阻む全てを蹴散らす!」
「わけのわからなっ!?」
そのまま胸が張り裂けそうな痛みに襲われながら叫ぶと忌々しげな声が帰ってくるが、最後まで言い切るよりも早く、シュバルツが叩き切る。
直後、
「必ず帰って来なさいよ」
「ああ!」
この場にいる者達に見送られながら、不敵な笑みを浮かべたデューク・フォーカスが沈んでいき、あらゆるものを拒む結界を展開。
直後、状況は覆る。
「こちらエルドラ。デューク・フォーカスが役目を果たした。外の様子はどうだ?」
『こちらアル・スペンディオ! よくやった! 水位をあげていた『黒い海』が引っ込んでいく! 我々の勝利だ!』
「そうか。よかったよ。いや………………彼が命を賭けてまでやった策なんだ当然だったな」
世界中の人間から負の感情を養分として取り込み、際限なく増殖していた『黒い海』が各地から撤退。これにより世界水没の危機が去る。
「………………………………!!」
「どうしたイグドラシルもどき。随分と見ごたえのある顔をするじゃないか!」
「古賀、蒼野!」
訪れた変化はそれだけではない。
絶え間なく『黒い海』が供給される事で無限の命を誇っていたイグドラシルが、その根底にある再生力を失った事を理解し顔を歪め、
「そうか。別動隊がやってくれたか………………」
「た、助かったぁ」
水属性粒子の大半を失い危機的状況に陥っていた優。四肢の一部を失っていた残る四人を前にして、ゲゼル・グレアが突如電源が切れたかのように沈黙。
「さて、早く積を助けなくちゃいけないんでな。勝負を決めさせて」
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「!!」
下の様子も確認し、勝利を確信した蒼野が明るい声をあげるが、その心に影を落とすようにイグドラシルは声をあげるが、そこに彼女本来の理知の色はない。
獣のような咆哮をあげたかと思えば『黒い海』を纏った事で真っ黒に塗りつぶされた神杖を掲げ、
「絶望よ! 集え!」
喉が張り裂けんという勢いで声をあげる。
すると一度は収まった個々人から出る黒い靄が再び世界各々から噴出。その勢いは先ほどまでの比ではなく、全て吸い取られた人らは、何が起きたのかもわからず意識を失っていった。
『またトラブルだ! 今度は世界中の人らが意識を失いだした!』
「どういう事ですか!? いやその前に…………アルさんらは無事なんですか!?」
『私らのいる研究室は特段強固な守りを敷いてるからな! 大丈夫だ! だがこことお前たちのいる『神の居城』周辺。それに黒海研究所やらを抜いたほとんどの場所で起こってる異常事態だ!』
「命に別状は?」
『ないようだが………………何が起きたのかわからんのが不気味だ!』
「っ! 何をしたイグドラシルもどき!」
直後に行われたアルとの通信を経て、目前にいる存在に対し叫ぶ蒼野であるが、彼女は応えない。
ただ持っていた真っ黒な杖を下すと頭上で新たに生成された黒い靄の塊からまっすぐな柱が伸び、それがゲゼル・グレアに直撃。
「まずい! また動くぞ!」
「クソ、がぁ!」
微動だにしなくなった彼は再び動き出し、状況の変化を慎重に見守っていた五人へと向け再び剣を振り抜き始めた。
「『黒い海』がやってたことと同じことを…………けど操作件はデュークさんが持ってるはずじゃ!?」
『蒼野君。今イグドラシルの偽物に対する解析が終わったんだが……………………どうやら奴は、新しい『核』らしい』
「そんな!? デュークさんがあれだけ頑張ったのが無意味だったってことですか!?」
『すまないな。言い方が悪かった。正確に言わせてもらうと今のイグドラシルもどきは、『黒い海』に関する操作権を一部だけ持っている。いわば『核』に対する『子機』や『端末』なんだ』
この事態に唖然とする蒼野であるが、そんな彼に対しアルが説明を始める。
目の前に存在する個体が既に『核』から離れ自由に動くことが可能であるということ。
と同時に世界中に蔓延する負の感情を吸収する機能を持っており、『黒い海』とは別の形で世界中に牙を剥くつもりであるということ。
「事情は分かりましたよアルさん。もう一つ聞きたいんですけど、その『子機』ってのは他にもいるんですか?」
「いや、いないな。それだけは断言できる!」
「ありがとうございます。なら問題ないですね。俺のしなくちゃいけない事は変わらないですから!」
それは去ったはずの危機の再来。考えうる中で最悪の事態であるが、蒼野の顔に怖れはない。
目の前の存在を仕留めれば今度こそ戦いが終わる。
そう理解しているゆえにこれまで以上の闘志を身に纏い、真っ赤な光を剣に宿しながら疾走。
その姿をイグドラシルは嘲笑い、
「無駄ですよ古賀蒼野。ゲゼルが再び動き出した今、限界に至った彼等では止められない! それだけではありません! 頭上にあるこの世界に蔓延る全ての悪意! そして世界樹に蓄えられた木属性粒子! これを持った今の私に、粒子切れが見えてる貴方程度が敵うわけが――――――」
全身を満たす高揚感をそのまま口から発し、
「――――――――え?」
最後まで言い切るよりも早く、目にすることになるのだ。
真下にいるゲゼル・グレアが、誰かに攻撃されたわけでもないというのに全身から真っ黒な煙を噴き出した姿を。
つまりそれは彼女が予想だにしていなかった限界が目の前に迫っていることの証であり、
「馬鹿、な」
彼女は思わず口ずさみ思い浮かべてしまうのだ。
望んでいない新世界。
それが目の前にまで迫っていることを。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
連続投稿最終日のタイトルは戦いの終わりを感じさせるものとなりました。
にもかかわらず二回分の更新ができないのは本当に申し訳ありません。
先に述べておくと、次の更新は21日になるので、よろしくお願いいたします。
さて本編の話に移りますと、先日伝えた通り黒海研究所の戦いはついに終結。
『神の居城』に移りますが、誰がどう見てもわかる最後の佳境。こちらの戦いもあと数話で終わることは間違いありません。
1000話以上続いた話ですが、色々とやってきた中で最後には皆さんが納得できる結末を描ければと思います。
それとは少し外れた話なのですが、前回までの話で少し修正をしました。
積が『黒い海』に呑まれた後、自分が作った鉄球に閉じこもっているというような描写を入れていたのですが、そこを削除しました。
現状の積は『黒い海』を浴びて、意識を失っていると思っていただければと思います。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




