BELIEVE THE FUTURE 二頁目
物語は――――――終局に至る。
『黒い海』はその姿を原初の形へと戻し世界を呑み込まんとする。
『神の居城』で勃発した戦いは、終盤に至った。
そして第三の戦場。黒海研究所を舞台とした物語もついに佳境を迎える。
彼らは見事ほとんど事前情報のなかった『核』の存在を知り、こうして目の前にするに至った。
いやそれだけではない。
先に述べた二つの戦場。世界滅亡に繋がる道を食い止めるスイッチを手に入れる事ができたのだ。
「『核』に指示を出した後、アンタは戻ってくれるの?」
「…………ここまで来たら姉ちゃんも気づいてると思うけど、『黒い海』は人災だ。たとえこの危機を乗り越えたとしても、悪意ある誰かの意思でまた動き出して世界の平和を脅かすかもしれない」
「………………………………」
「それを防ぐために、俺はここに残らなくちゃいけない。相手がどこにいようが、多分直接接続されてる俺の方が支配権は強いだろうし、このまま深くに潜って結界さえ貼れば、伝波だろうが能力だろうが無効化できるはずだ」
「………………して」
「姉ちゃん?」
「どうして………………………………私ばっかり失わなくちゃいけないのぉ………………………………?」
けれどその状況をここにいる者らは素直に喜べず、アイビス・フォーカスが零すのだ。
涙と共に、今日という日まで心の内に抱えていたものを。
「ガーディア・ガルフの時に家族をみんな失って! イグちゃんは帰って来たと思ったら偽物だとわかって! おまけになに? 今度は生きてたと思ってた義弟を見殺しにしなくちゃいけないの!?」
「姉御…………お前まさかずっと………………!」
「………………本当に、すまない」
そうだ。彼女はずっとずっと思い、抱えていたのだ。
千年前の猛者たちとの戦いのときからずっと。自分の周りばかりいなくなると。
イグドラシル・フォーカスが死に、デューク・フォーカスが自爆特攻を仕掛けた末に帰らぬ人となった。
続いて弟子であった善も死ぬなど、振り返ってみればごくわずかな死者の大半が彼女の関係者だ。
この時点で彼女の心にかかっていた負担は凄まじく、それでもガーディア=ウェルダとの戦いまで参戦できたのは、ひとえに神教を、いやイグドラシルが愛した世界を大切に思ったからだ。
その思いが無事果たされた時、彼女は誰にも漏らすことなく安堵の息を吐いた。
これから長い時間穏やかな世界を見届け、心の傷をじっくりと癒すはずだったのだが、その未来は実現しなかった。
神の座イグドラシルが奇跡的生還を果たしたゆえに。
「なんで………………………………なんでっ! あ、アタシが! 何をしたっていうの!?」
無論彼女はその奇跡を喜んだ。それこそ振り返ること十億年という月日の中で、最も嬉しかった出来事だと言っていいだろう。
けれど時が経つにつれ違和感が生まれ、広がり、狂気としか判断できない行動が目立ち始めると、彼女の心は再び軋みだした。
「多くの敵を殺めたのがダメだったの!? でも仕方がないじゃない! そうしなきゃ子供たち(神教)を守れなかった!」
実に残念な事であったが、彼女は誰よりも早くイグドラシル・フォーカスを偽物と断定。いつか彼女を撃ち滅ぼさなければならないと判断したのだが、だからといって胸が軽くなるわけではない。
たとえ偽物だとわかったとしても、愛しい存在を殺める事を考えるだけで胸が苦しくなり、そして今、生きていた家族を見捨てなければ世界が滅ぶとわかってしまい取り乱す。
「それとも何? ミレニアムを! ガーディア・ガルフを! 止めれなかった罰だって言うの!?」
とめどなく涙を流しながら血が出る勢いで顔を掻き毟り、ヒステリックな悲鳴を上げる。
その姿は『黒い海』に触れた者達のようで、見ている者達の憐れみと不安を誘い、
「いや…………いやよ………………もう………………………………別れたくない!!!!!!」
一際大きな声と共に発せられた言葉が彼女の限界を示していた。
「………………………………悪いな姉御。どいてくれ」
「………………なに、よ?」
この状況でいの一番に動いたのは鉄閃で、彼は白と黒の槍を握る両手から血を流しながら、頭を抱え体を震わせる彼女の横を通り過ぎデュークの前へ。
発せられる言葉には確固たる決意があり、話しかけられたアイビス・フォーカスの声に殺意が混じるが、平然とした様子で言葉を紡ぐ。
「悪意ある誰かってのはなんだよ?」
「悪いがわからねぇ。だからこそ俺が何とかするしかないんだ」
「………………………………そうか。なら頼む」
すると鉄閃の問い掛けに対する返答は体を拘束された青年の義姉にとって望まぬもので、最後に発した鉄閃の投げやりな言葉を聞いた瞬間、彼女の全身を怒りが埋めた。
「なにが…………なにが頼むよ! アンタまさか! デュークにこのまま沈めっていうの!? これからずっと戦い続けろっていうの? 結界のせいで誰も来ないし近づけない。そんな状態のアタシの大切な家族に! 永遠に戦い続けろっていうの!!!!」
「っ!」
「アタシに……我に家族を見殺しにしろと言うのか!!!!」
アイビス・フォーカスという星そのものが意志になった存在の誕生は十億年どころか更に昔。それこそ星の誕生と同時であり、だからこそ彼女は知っている。『黒い海』もまた、自分と同じ時に生まれたと。
つまりこれを封じるというのは自分の次に長生きであろう彼に死ぬまで『黒い海』の面倒を見ろと言っているわけであり、発せられる怒声には『そんなことは許せないし認められない』という意思が籠っていた。
「馬鹿野郎! 俺だってこんなこと頼みたかねぇよ!」
「!」
「けどな! こうしなくちゃ世界が滅ぶなら――――頼むしかねぇじゃねぇか!!」
その非情な現実に、アイビス・フォーカスがあげた悲痛な叫びに込めた思い。その全てを理解した上で、鉄閃は口にしたのだ。
師から託された希望を咲かせるため。
普段なら真っ先に口出しするはずの壊鬼さえ閉口した結論を、彼は自分が背負う覚悟を見せた。
「それともなんだ! アンタは! こいつを助けるために世界に滅べって言ってんのか!」
「そんな、ことは………………けどきっと他に道があるはずよ! そうよ! 科学者連中だって今ハッキングしてる最中でしょ。なんとかならないの!?」
『………………すまない。努力はしてるが、おそらく先に世界が沈む』
「そんなぁ!」
「おいお前ら構えろ! なにか来やがる!」
その勢いに押し負けたアイビスが発する縋るような声に対する返答は非情なものであるが、ここで彼らを更に追い詰める事態がやってくる。
『核』に近づいてしばらくしたこの状況で、顔がなく体中を黒い光沢で包んでいる魚類の群れが迫って来たのだ。
「噛みつかれるんじゃないよ! 今のアタシ達は地上とは違う! 神教最強の施した守りを壊されたら終わりだ!」
すぐさま声をあげながら前に出たのは壊鬼で、続いてエルドラやナラストも前へ。
目の前に現れた脅威を振り払うために戦いに挑む中、アイビス・フォーカスだけは四肢と下半身を拘束された家族に抱き着く。
「姉ちゃん………………」
「いや………………いやよぉ………………………………せっかく会えたのに………………………………離れたくない。こんなのってないよぉ」
俯いた状態で鼻を啜り、涙声で訴えかけるアイビス・フォーカスは隙だらけだ。
それこそ側にいる鉄閃とシュバルツならば、無理やり意識を奪うことだってできた。
けれどしなかった。
世界が崩壊する間際であるというのに、目の前の光景に胸が締め付けられすぐさま動くことはしなかった。
「………………もういいんだよ。姉ちゃん」
「デューク?」
「俺は、姉ちゃんやイグドラシル。それに他の奴らと楽しく過ごしたこの世界を終わらせたくない。だから俺に………………選ばしてくれ。この世界を救う唯一の道を」
だから動いた。
他の誰でも大切な姉を救えないから。決断を下す事ができないから。彼は口にするのだ。
「でも! でもそれじゃあアンタは!」
「一生救われないと思ってるのか? そんなことはないさ。今より科学が進んで、より強い探知術を使えるようになって、他にも諸々の条件を達成できるようになった時、俺はきっと救われるんだ」
「………………………………………………うぅ」
「それが一年後なのか十年後なのか………………一億か一兆か。それよりもっと先かはわからない。けれど待っててくれるだろアンタは。だから」
希望を。
未来のどこかで、必ず会えると信じて。
「――――――――――――――――――またな」
いつもと同じように挨拶をする。
そうすればアイビス・フォーカスは思い出すのだ。
彼が『またな』といえば、それは再会するための大切な約束であり、
「ええ―――――――――また。必ずどこかで」
顔中を涙と鼻水で濡らしながら。けれど穏やかな声と精いっぱいの笑顔で。
これから世界を救う義弟を見送る。
そして希望の花が咲く。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
黒海研究所地下で行われた『核』破壊作戦はこれにて終結。正確に言えば次回の始め辺りまで続きますが、完結といっていい段階でしょう。
これにより『黒い海』の進軍も収まり残るは正真正銘『神の居城』最終決戦のみとなるのですが………………五話以内に終わりませんでしたね。
まぁ書きたいことを書いているため悪い気はしないのですが、見ていただいている読者の方にはもう少しお付き合いいただければと思います。
話は変わり次回が連続投稿最終日となりますが、たぶん短めになると思います。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




