BELIEVE THE FUTURE 一頁目
「積を開放しろ! イグドラシル!」
「その要求に私が素直に応えると思ってるんですか古賀蒼野。だとすれば貴方は相当おめでたい頭をしてますよ」
「……今の貴方は、もはや俺達の知るイグドラシル様じゃないんだな」
真下から迸る強烈な衝撃が続けざまに足元を揺らし、積が『黒い海』を浴びて意識を失う。
これにより木の幹を足場とした上部の戦いが蒼野とイグドラシルによる一騎打ちになるが、戦いの趨勢はそこまで大きな変化はなかった。
「なら! 遠慮なんてしないからな!」
(粘りますね。やはり私と彼では相性が悪い)
原因はやはり両者の相性にある。
触れるだけで敵対者を戦闘不能に一気に追い込める『黒い海』にとって蒼野の持つ時間操作能力は天敵だ。
『時間回帰』を受ければ抵抗できず発射地点まで戻され、『時間破戒』を受ければ蒼野に当たるはずであった攻撃は壁にぶつかってしまう。
最強クラスの能力『原点回帰』とぶつかれば、抵抗すらできず負けてしまう。
つまりイグドラシルは圧倒的相性不利なのだ。
「………………っ!」
「どうしました? 今のタイミングは『原点回帰』を撃ち込む絶好の好機だったように思えますが?」
ただだからといって『自分が敗北する』とは彼女は思っていなかった。
『原点回帰』は恐ろしい力であるが、全身を浸食する前に赤い光に犯された箇所を切り話せば問題なく、
「有限の力とは悲しいものですね。体力は有り余ってるようですが、特殊粒子の方はどうですか?」
「っ」
「結末が見えたのなら、諦めてはいかがですか? そうすれば楽に殺して差し上げますよ?」
「馬鹿言うなって! このくらいの危機なんてなぁ! これまでいくらでも乗り越えてきたんだよ!」
そもそもの問題として、古賀蒼野は厄介な能力の数々を扱うための粒子が枯渇しかけていた。
更に言えばそれは特殊粒子のため他の属性粒子のように補充する手段がなく、今の彼女は持久戦に持ち込めば必ず勝てる状況に持って行っており、そうして精神的な余裕ができれば他に気を配ることもできる。
「下の方も順調ですね。攻撃の反動による損傷も、今の彼ならば気にする必要がないでしょう」
まず初めに視線を向けたのは下で行われている戦い。ゲゼル・グレアと五人の挑戦者の様子であるが、こちらに関しては何ら心配する必要がない状況になっていた。
彼は対ガーディア・ガルフのために作り上げた究極秘儀を開放し、それを絶え間なく繰り返す事で向かってくる五人を追い詰めていた。
様子を見るに連射する事で体が耐え切れず血肉が飛び出ていたが、それ等の傷は仮面の狂軍特有の自己再生能力で戻っており、数分もすれば勝負が決まるように思えた。
「世界全体の方は………………流石はイグドラシルが鍛え上げた民草です。無駄に足掻く」
次に視線を向けた先は外の光景。すなわち最終段階に至った『黒い海』による惑星『ウルアーデ』の水没計画であるが、こちらは目論見通りとはいかない。
既に目前に迫っている破滅を目にしても、多くの人らが足掻いている。
水位が上がるというのならばそれを阻むための壁を作ればいいと。はたまた大陸ごと浮かばせてしまえばいいと、世界中の人らが協力して抵抗している。
「各地で戦っていたガーディア・ガルフもどきが原因ですか。厄介な」
こうなった原因に関しては既に目途が立っており、イグドラシル…………いやもはや彼女を真似る事を辞めた存在。
『核』に繋がれたデュークから読み取ったイグドラシルの記憶をもとに、自我を形成した『黒い海』は自身と繋がっていた各地の状況に関し振り返り、人々が希望を持つことになった原因である存在に対し忌々しげに呟く。
とはいえ苛立ちを募らせるほどではないと気を取り直すと、人々から更なる負のエネルギーを吸い上げ、『黒い海』の量を増幅。
右腕を掲げ、指向性を持って動かす素振りを見せ、
「戦いの最中によそ見して斬られるなんざ」
「!」
「神の座イグドラシルなら、絶対にしない事だ。どんだけ取り繕っても、やっぱり猿真似だな」
直後、掲げていた右腕が吹き飛んだ。
それは蒼野が繰り出した風の斬撃が当たったゆえであり、一瞬醜悪な表情を見せるが、失った右腕を生やすとすぐに余裕を取り戻す。
「どうやら私が思ったよりも限界が迫ってるようですね古賀蒼野」
「……そうでもねぇさ」
口にした通り古賀蒼野の限界が見えたから、というわけではない。
どれだけ足掻こうと、無限のエネルギーを持つ自分は負けない自信があったのだ。
それこそ、供給源に何らかの問題がない限りは、絶対に負けないと言いきれた。
黒海研究所最下層。イグドラシルが絶対に見つからないと思っていた『核』の前では、大きな変化があった。
未だ四肢と下半身を奪われ自由に動けない状態であったものの、『核』となる巨大な機械の中心部に縛り付けられていたデュークが目を覚ましたのだ。
「デューク!」
「マジか! 目を覚ましやがった!」
「だから言ったじゃないか。最高の結果を求めた方がいいって!」
「偶然だ偶然!」
これに対し現場にいた三者、アイビスと鉄閃、それにシュバルツは声をあげる。
アイビスは急いで後ろを向くと虚ろな表情から徐々に生気を取り戻した様子のデュークに抱き着き、危険性はないと判断したシュバルツと鉄閃が軽口を叩き笑みを浮かべる。
続けてアルに今の状況が伝われば、離れて状況を見守っていたエルドラやナラストらも近づいていき、未だ緊張感はあり周囲の警戒はしているものの、状況が好転していることを察し場の空気は緩んでいく。
「本当に………………生きててよかったぁ!」
そんな中アイビスが露出している上半身に抱き着きながら呟いた言葉には万感の思いが籠っており、他の者らは思わず顔を見合わせ笑い合うが、ここで意の一番に挙手して口を開いたのは壊鬼である。
「あーすまんね神教最強。それよりも早めに確認したいことがあるんだが、少しいいかい弟殿?」
「なによ! 今いいところじゃないのもう!」
「そりゃわかるがそうも言ってられねぇだろ。上がヤベェからな」
はじめはその言葉に頬を怒らせてプリプリと起こるアイビスであるが、念押しするように鉄閃が言うと現状を思い出し、纏うオーラは明るいものの真剣な声と表情にしてデュークの顔に視線を。
「そうね。まずはそれが先ね。なら本題に入るけどね、いま上は大変な状況で、その状況を覆すための『核』がアンタが埋め込まれてるこのデカブツだとアタシ達は判断してるの。合ってる?」
「………合ってるよ」
「ならよかったわ。となると話は次の段階に進むんだけど、こいつを壊せば全て終わるとアタシ達は思ってるんだけど、その辺りは合ってる?」
順番に確認していき、
「………………いやだめだ。それじゃ世界は救えない」
「え?」
「ものすごく単純な話なんだけどな、こいつを破壊したところで『黒い海』は止まらないんだ。司令塔は俺を包んでるこのデカブツなんだけどな、一度指令を出せばあとは各地に散っていった『黒い海』がそれに見合った機能を発揮して暴れ続けるんだ」
悲嘆にくれる声をあげるデュークの声を聞きある者は絶望の声をあげ、ある者は言葉を失う。
『待て! つまりこいつを破壊したとしても『黒い海』は!』
続けて声をあげたのは通信機越しに話を聞いていたアルで、最後まで言い切るまでもなく話している言葉の意味を察したデュークは告げるのだ。最悪の現実を。
「その声はアルさんか。流石に察しがいいな。アンタの思った通りだ。今、俺が繋がってる『核』から伝わっている命令の通り、この世界を滅ぼすだろうさ」
『なっ!?』
「てか………あ~ダメだな。それ以前に壊された場合、こいつが存在してる世界を巻き込んで自爆する機能がある。製作者はマジで性格悪いな」
『なぁっ!?』
「普通に考えりゃ、機械である以上指令内容を変えれば何とかなるだろ。てかそれ以外はダメだな」
それを聞けば一部の者は途方に暮れ頭を真っ白にする。
無論どうにかしてこの状況を脱する事はできないかと考え者もいたし、中継を聞いていた科学者一同に関して言えば、ハッキングの類を試みようという事で意見が揃っていた。
「ねぇ。もしかしてだけど」
そんな中、希望を見出す者がいた。
目の前にいる磔にされている人物を愛しているゆえに、気づいた者がいた。
『自爆はダメ』
『指示に従って動いている以上、指令を変えれば事態は解決する』
そして――――――『核にいるデューク・フォーカスは指令を知ることが出来る』
それらのピースを繋げ辿り着いてしまったのだ。
この状況を理解できる絶望的な最適解に。
「アンタなら………………………………どうにかできるんじゃないの? 『核』に繋がってるアンタなら…………この世界にとって都合がいい書き換えが行えるんじゃないの!?」
その者。すなわちアイビス・フォーカスは震える声で言葉を紡ぎ、
「そうだ。俺なら多分書き換えれる」
デューク・フォーカスは応え、告げるのだ。
「でも! でも! それって!」
「………………………………姉ちゃんの予想する通りだ。書き換えるために俺は残らなくちゃいけない。だから………………………………ここでお別れだ」
彼女が考えてしまい、絶対に聞きたくなかった『最悪の解答』を。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
連続更新三日目。
黒海研究所編、クライマックスです。
目を覚ましたデュークにより語られる解決方法。それを前にどのような事が起きるのか。
その答えにして黒海研究所編の終わりが次回となります。
そして書いてみてわかったのですが、今回の連続更新では間違いなくエピローグまでいけませんね。
流石にあと二話で完全決着には無理がある………………
とはいえ終わりは本当にすぐそこ。
途中で期間は空きますがイグドラシルもどきとゲゼル殿との最終決戦も終わりが近づき、少年少女の物語も完結が迫ってきました!
というわけでまた次回、ぜひご覧ください!




