日進月歩の果てに 四頁目
数多の配線と鋼鉄の板で形成され、心臓のように膨張と収縮を繰り返す『黒い海』を操る真っ黒な『核』。
『なぁシュバルツ・シャークス。こいつは』
『絶対にアイビス・フォーカスには見せてはならない光景だな』
そんなものが存在することじたい悪意ある人間がこの騒動に関わっていることの証左であるゆえ目を覆いたく事実なのだが、今、代表者として前に出たシュバルツと鉄閃の脳を埋め、念話による意思疎通を行う問題は異なるもの。
この真っ黒な機械の塊の中心部に取り付けられた動力源らしき存在。
意識を失ったままピクリとも動かないデューク・フォーカスの姿を、決してアイビスに見せてはならないというものだ。
なぜならこんなふざけた光景を見れば後の展開がどうなるかなどわかったものではなく、二人は彼女に気づかれるよりも早く核を破壊しようと画策。
『すまないなデューク君』
『恨んでくれていいぜ』
口には出さず、心を鬼にしながら念話でそんなやり取りを行うと、所有している神器を手にして構え、この世界のため、塵一つ残すことなく破壊しようと考え、
「――――デューク?」
声が聞こえてくる。
無機質なようにも、震えているようにも、はたまた喜んでいるようにも思える声が耳に届き、二人は目の前の物体を破壊することも忘れ、勢いよく振り返り目にするのだ。
真っ黒な液体の中に潜っているため正確に顔を確認できない、アイビス・フォーカスの姿を。
「積!」
「………………応援に行きたいのはわかるが意識を外すなよ。状況が悪いのはこっちも同じだ」
一方の『神の居城』最上階の戦いは分厚い木の幹を挟んで上下に分かれていたが、積が『黒い海』に飲み込まれた上部と同様かそれ以上に下部は劣勢を強いられていた。
無論その理由は立ち塞がるゲゼル・グレアにであり、上へあがろうとして首を吹き飛ばされた優にゼオスがそう告げ、それを聞きながら優は吹き飛んだ首を元の位置に戻す。
「ああもう! 意識がなくてこれとか、生前の意識があった時はどうだったのよゲゼルさん!」
「身体能力に関しては遥かに劣ってたよ。けれど剣に乗せる気迫や駆け引きに関しては別次元だった。総合的に見れば、今以上に強かっただろうよ」
「今聞きたいのは! そういう冷静な指摘じゃない!」
「すまん!」
次いで悪態を吐くとレオンが淡々と答え、無意味とわかっていながらも愚痴をこぼし、直後には全盛期の肉体から繰り出された攻撃の嵐がゲゼル・グレアと対峙する五人へ。
「ダメだ。軌道が読み切れねぇ!」
ガーディア・ガルフを倒すために鍛えた攻撃手段は圧巻の多彩さと奇妙な軌道を描いており、全盛期の肉体が行使しているゆえに凄まじい速度まで加わり、五人の中で最高の反射神経を持つヘルスが四肢の一部を斬られ悪態を吐き、
「そう腐る必要もないかもしれねぇぞ。思ったよりも簡単に! 攻略できそうだからな!」
「はぁ? 何言ってんのよアンタ」
がしかし、これを見た目ほどの脅威ではないと語る者がいた。
それはヘルス共々この戦いに遅れて参戦した康太で、その発言を聞いた優は耳を疑うが、彼は撤回するような事はなく、顔には不敵な笑みを。
となると優もこれ以上否定の言葉を吐く気にはならず、『説明してちょうだい』などと尋ねると康太は自身の持つ二丁の拳銃を心臓と首筋を守るよう設置。
直後に彼に対しゲゼル・グレアの繰り出した斬撃と手刀が撃ち込まれるのだが、康太は無傷でそれらを切り抜けた。
「どれだけすげぇ技を使えても、結局は命令された通りに動く人形ってこった!」
「………………なるほど。そういえばアタシも、さっきから吹き飛ぶのは首ばっかね」
康太が気が付いたのは、繰り出される攻撃の単調さに関して。
多種多様な手段で攻撃を仕掛けてくるのは本当のことだ。
その攻撃を、ヘルスやゼオスでさえはっきりととらえきれない事も嘘ではない。
だがそもそもの前提として、今のゲゼル・グレアには戦術というものを敷くだけの脳がなかった。
どの攻撃も首か心臓を狙っており、足を狙い機動力を奪ったり、手を切り落として防御手段を減らすなどと言った小細工を一切してこなかったのだ。
「…………一昔前の俺と同じか」
この特徴は蒼野達と出会う前のゼオスと同じもので、当の本人は苦々しい声を発しながらも防御する点を先に康太が述べた二点に集中。
レオンやヘルス、それに優も同じことをすれば、ゲゼル・グレアの脅威は格段に下がり、
「よく気づいたな康太君!」
「俺の直感が首と心臓ばっかり反応するんでね、意外にわかりやすかったっすよ。なんにせよこれで」
「ああ! 反撃だ!」
生まれた余裕を使い、彼らは反撃に転ずる。
ゼオスやレオンは光さえ超える速度で前進するとゲゼル・グレアの全身に攻撃を叩き込んでいき、ヘルスと康太が遠距離攻撃を開始。
最後にそれらの攻撃にかぶらないよう、僅かな時間差をつけて優が飛び込む。
「我が剣――――至高の守りを敷く」
「「!!」」
これ等に対する反撃はゲゼル・グレアが手にする剣と刀により行使されるが、結果は散々なものだ。
ここぞとばかりに反撃したゼオスやレオンは伸ばした腕を吹き飛ばされ、優は飛び膝蹴りをするために出していた右脚が切断。
「あぶねぇ!」
ヘルスの協力もあり三人は安全圏へと後退。優が自分を含めた三人の体を修復するのだが、この結果に対し彼らは絶望しない。
「…………今になって初めて手足を奪ってきたが」
「反撃の手段がそうするように設定されてるってことだろうな。その証拠にお前らを無力した後に行われた反撃は、さっきまでと変わらず首狙いだ」
「なら、問題ないな。対処できる」
目の前にいる存在を打倒するまでに超えなければならない障害を認識できたと割り切り、各人がこれを既に頭の中で練っていた戦術の中に投入。
「俺と康太君がノーダメージで済んだって事は、攻撃の起点は遠距離だな!」
「……瞬間移動を絡めた連携をするか?」
「優を除いた全員が神器持ちだぞ。無理だってんだ」
「アタシもシュバルツさんから貰った破片があるわよ。てか機械的感覚で動くなら超反射されて終わりでしょ」
「ならヘルスさんが言った案で決定だな」
最低限の確認を終えると動き出す。
そしてそれがうまく決まらなければ即座に次の策を練り、また上手くいかなくてもめげずに立ち上がり足りない部分を補う案を提示。
そんなことを、たった数十秒の内に五回も六回も繰り返すが、彼らがめげずにそのような事が出来た理由は、これまで得た経験。
上手くいかない事でも決して諦めず続けてきたゆえに行えており、
「――――――見えた!」
自己再生機能持ちゆえに最も多く接近した優が明るい声をあげながら目にするのだ。
それまで自分を何度も輪切りにしていた斬撃の軌跡を。
「よくやった!」
「なら優ちゃんを起点に反撃だな! 一気に封印まで持っていこう!」
この瞬間、状況は覆る。
ずっと先に進んでいたゲゼル・グレアの背を彼らは掴むに至る。
「お願い、ね!」
繰り出されるギリギリ視認できる速度の初手を、優が自身の体を肉盾として使って受け止めくり、ヘルスの雷撃と康太の銃弾がゲゼル・グレアへと接近。
彼はそれを手を使わず足や肘で弾くが、
「「そこだ!」」
雷撃と銃弾に対応するタイミングを見計らい、ゼオスとレオンが肉薄。
繰り出された鋭い斬撃が両足首を奪いゲゼル・グレアの肉体が自由落下を始めるが、このタイミングで彼は優を振り解き両腕を自由に。
「我が剣――――無尽なり」
予測不能な奇妙な軌道を描いたものではなく、速さに重点を置いた斬撃が、ゼオスとレオンに対し秒間三万回という脅威として迫っていく。
「早い――――が!」
「…………慣れたぞ!」
が、二人は防ぎきる。
攻撃に対する反撃ゆえに首や心臓だけを狙ったものではなく、全身を細切れにするべく撃ちだされたそれらは、けれど二人に致命傷に至る傷を与える事にはならなった。
なぜなら彼らは既に経験していたのだ。
「ゲゼルさん! アンタは速くて軌道の読みにくい攻撃をしてくるけどよぉ!」
「我が剣――――自在なり」
「ガーディアの旦那ほどじゃないんだぜぇ!!」
速さの頂点たる人類最強。
すなわちガーディア・ガルフによる猛攻を経験していたゆえに、ごく僅かな時間対峙し刃を交えただけで、機械的な動きを延々と繰り返すゲゼル・グレアの猛攻を見切ることができた。
その証拠に威勢よく声をあげながら攻撃を躱したヘルスの反撃。
蒼雷を纏った蹴りがゲゼル・グレアの頭部を僅かに抉り、
「我が剣――――果て越えに挑む」
「「「!!!」」」
直後、五人全員の耳に届くのだ。
ゲゼル・グレアが至った最終解。
人類史上最強の男を下すために得た必殺に繋がる解号を。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
皆さまお久しぶりです。そして大変長らくお待たせしました。
惑星『ウルアーデ』見聞録、ここに再開です。
という事で記されるのは正真正銘の最終決戦の続き。ゲゼルサイドと不穏な空気を発する黒い海サイドです。
どちらも佳境。
『なぜそんなところでお休みをもらったし』などと言われるくらいのクライマックスで、一気に勝負を決める場所まで行ければと思います。
なのですがここでご報告を。
実は私、今月の17日から20日までうまく電波が届かないところに行く予定がありまして、大変申し訳ないのですが、17・19日分の更新をお休みさせていただきます。
その代わりなのですが、休載分の二回を明日から執筆させていただきますので、結果として本日11日分から15日分までの五話を毎日投稿できればと思います。
叶うのならばエピローグ前まで進めたいと思うので、少しでも楽しみにしていただければ幸いです。
それではまた次回、ぜひご覧ください!!




