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日進月歩の果てに 三頁目


 自身と積を包んでいた黒い繭が弾けて消え去る中、赤い光を剣に纏った蒼野をイグドラシルは無言で睨む。

 それを受ける蒼野の顔に憂いはなく、涼やかささえ感じさせる表情のまま一歩前に進み、神妙な顔つきをしたイグドラシルも応じるように前へ。


(前には俺が立つ。積は俺が対応しきれない物が来た際に援護してくれ。決めれるような状況があれば決めてもらっても構わない)

(わかった)


 念話で積に対しそう話しかけると剣を構え、


「「はぁ!」」


 直後、対峙した両者は体内に巡る気力全てを振り絞るような声をあげ、万物万象を消滅させる赤い光が、惑星『ウルアーデ』において最大最悪最強の黒い厄災が、真正面からぶつかる。


「っっっっ!」

「残念だったなイグドラシル。俺の相性勝ちだ!」


 結果は明らかなもので、嬉々とした声をあげる蒼野の言う通り赤い光が黒い脅威を一蹴。その奥にいたイグドラシルが回避のために床を蹴り後退し、それを追いかけるよう蒼野も跳ねた。


「邪魔を!」

「するなってか? 馬鹿言うなよ。あんたを放置してたら世界が滅ぶんだ。それを許容できるはずがないだろ!」


 四方八方から襲い掛かる『黒い海』を原点回帰でかき消しながら、蒼野が距離を詰め剣を振り抜く。

 イグドラシルはこれを躱すと杖に宿した『黒い海』を蒼野へと叩きつけるが、これは背後で構えていた積が鉄の盾を生成して防ぎ、攻撃に転じられるだけの余裕を持っていた蒼野が原点回帰を込めた刃で一突き。


「世界が滅ぶ? 冗談でしょう? 私が行っているこれは、世界の新生です!」

「なんだとっ!?」


 右肘から先を消し去り全身を包むよう浸食し始めるが、イグドラシルはその真っ赤な光が胴体に届くよりも早く右肩から先を切り落とし、体内から溢れさせた『黒い海』を使い右腕を再生。蒼野を蹴り飛ばしながら言い切り、二歩三歩と下がった蒼野が寄ってくる脅威を退ける中で言葉を吐き出し続ける。


「『仮面の狂軍』も、真下にいる私の最強の切り札も、全てはそのためのもの! 迫る世界最後の瞬間を超えるために用意したものなのです!」


 発せられる言葉にはえも知れぬ高揚感が混じっているのだが、それ以上に感じるのは強烈な執念。『何か』に対する底が見えないほど強烈な憤怒である。


「私だけが知ってしまったのです! この世界の裏側! 最奥に隠れている悪意を! そしてそれを超えなければ、この惑星『ウルアーデ』が滅んでしまうという事実を!!」


 言葉に呼応するように、イグドラシルの動きの鋭さと速さが増していき、それに反比例するように杖の先端に纏う『黒い海』の形が変貌していく。

 剣や槍の刃は崩れ、一振りするたびに、何かに衝突するまでもなく大量の『黒い海』を周囲に撒き散らす。


 それはまるで、彼女の体に留められない激情を周囲に飛び散らすようで、


「クソッ!」


 その勢いが相性有利な手を打てる蒼野さえ退ける。

 一滴でも貰えば死の狂気に呑まれるそれを消しきれず、勢いよく前に出ていた足を止め一歩後退し、


「その邪魔をするなど! 貴方は正気ですか古賀蒼野!!」


 イグドラシルが声を張り上げると蒼野を追いかけるように『黒い海』を付与した木の根を地面から生やす。


「正気に決まってるだろ! その敵ってのが誰だかは知らねぇが! 今のこの現状とどう関係がある! 世界を呑み込んで! 全員死ぬ! これのどこが新生だよ!」


 その全てを原点回帰でかき消し蒼野が叫ぶ。

 合間合間に風の刃を飛ばし、イグドラシルの体を切り刻んでいきながら吠える。


「新生ですとも! 新生ですとも! 新生ですとも! 新生ですとも! これでこれでこれでこれで! 世界は救われるんです! 絶対に!!!!」


 応じるイグドラシルの声は裏返り、切り裂かれた両目から垂れた黒い液体が頬を濡らす。

 けれどそんな鼻から上に反し、避けた頬は歪んでいる。喜悦の形を示すように。三日月の形に。


「っ!」


 その姿を目にして、蒼野は心胆を冷やした。

 真逆の形を顔に同居させながらなお世界平和を語る神の座に狂気を感じたために。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 だからこそ彼は手にした剣を勢いよく振り抜いた。

 右足を軸にして一回転し、迫る黒い海と心に宿った弱気を、発する声と共に全て振り払う。


「『黒い海』によって誰も彼もが死んで! 世界が救われるだと! それが本当だとしても! そんな救済は御免だ! 俺は認めない!!」


 その勢いを乗せたまま振り抜いた横薙ぎはイグドラシルの体を捉えることはなかったが、趨勢がまだ決していない事を示しており、


「黒い…………海? 貴方は………………なに、を?」


 直後に蒼野は思い知る。


 既にわかっていたことではある。


 だが想像していた以上に――――イグドラシルは狂っているのだと。


「悪いがやっぱり今の貴方に世界は任せられない!」


 となればもはや打倒する事に迷いはなく、前に出て剣を振り抜く勢いは増していく。


「む、ぬぅ!」 


 神の座イグドラシル・フォーカスは強いが、それでもそれは『『神の座』という立場にしては』かつ『『黒い海』を自由自在に操れる』故である。

  立て直した蒼野ならば打倒することは不可能ではなく、攻撃を繰り出しながら、トドメを指すべく封印術を構築。

 木の根を切り裂き、迫る黒い液体を飛沫も含め全て赤い光で抹消し、掌に宿した封印術を彼女の肉体に押し付けるために前に飛び出す。


「――――――――フフ」

「………………!」


 その瞬間、全ての攻撃を退けられたゆえに苦い表情をしていたイグドラシルの顔が豹変。邪悪な笑みが顔に張り付き蒼野は気づく。


 どこから始まったのかまではわからない。


 だが自分は今、彼女に嵌められたのだと。


「!」


 気づいた時には四方八方が『黒い海』で囲まれ、これに対応するために原点回帰を宿した剣を振り抜こうとするが、蒼野の腹部にイグドラシルが持っていた神杖『エマーレイラ』が突き刺さり、


「詰みですね」


 神器の持っている能力無効化の効果で、能力を発動できなくなる。

 となれば飲み込まれるのは当然の帰結であり、


「馬鹿だなお前は。優勢な時ほど気を引き締めろってんだ」

「!?」

「お前がいなくなったら勝てないんだ。なら――――ここは俺が体を張るところだろ?」


 そんな運命が覆る。

 念話により危機的状況に陥った際の協力を頼んでいた積が、蒼野を突き飛ばすことにより。


「せ………………………………」


 しかし当の本人は既に閉じ始めた黒い海で作られた小さな繭から逃れる術はなく、


「積ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 飲み込まれていく。

 万人を終わりに導く。死の塊に。




 一方の黒海研究所側は実に順調であった。

 数多の障害が立ち塞がったものの『超越者』の上澄みで構成された面々を阻む障害にはなりえず、彼らはなんの憂いもなく下降していき、アルが口にした『核』へと迫っていく。


『待て止まれ!』

「ずいぶんと焦った声をあげるじゃないか。どうしたんだ一体?」


 のだが、途中で通信機越しにそのアルが声を荒げ、当然の疑問がシュバルツの口から突いて出る。

 すると彼はしばし沈黙を貫き、その果てに言葉を紡ぐのだ。


 周囲の探知が得意なアイビス・フォーカスはそこで待機。他の者の中から一名が代表して核の破壊に赴いてほしいと。


「なら私が行こう。友に導かれたのだからその資格はあるはずだ」

「待て待て。師匠の遺言を受けた俺だって行きてぇんだ。これだけは譲れねぇ!」


 するとすぐさま立候補したのはシュバルツと鉄閃で、互いに一歩も譲らぬ膠着状態になる。


『………………二人位なら問題ないはずだ。早くいってくれ』


 この状況を崩したのは最初に提案したアルであり、二人は肩を並べて核であろう黒い球体へ接近。


「これは………………!」

「なるほどな。確かにこの光景は、アイビス・フォーカスには見せられねぇな」


 そこで彼らは目にするのだ。

 多くの疑問に対する『解答』を。

 



 

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


長かったウルアーデ見聞録はついに物語全体における佳境へ。

黒い海に潜った面々が見た核の正体。積に襲い掛かる魔の手。そして今回は描写されませんでしたがゲゼルに挑む五人の戦士。


彼らはみな、クライマックスへ向け突き進みます。


この続きは4月の下旬の始め。11日を予定しています。

新人賞への投稿へと向けしばし長いお休みをいただきますが、再開した際はぜひ皆様に見ていただきたいと思います。


それではまた次回、ぜひごらんください!

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