日進月歩の果てに 二頁目
その光景を見た瞬間、彼は自分が動くべきだと思った。
自分こそが状況打破の鍵であり、であれば向こう側の戦いに一刻も早く馳せ参じるべきだと思ったのだ。
(ダメだ。今は危険すぎる!)
だが、躊躇した。
理由は極々単純で、目の前にいるゲゼル・グレア相手に戦いを優勢に進められているのが、奇跡的なバランス感覚で成り立っているゆえ。
ここで自分が抜けてしまった場合、この状況が崩れてしまう事をわかってしまうゆえだ。
それに加えて彼が動けない理由はもう一つ。ささやかながら決して無視できないものがあり、
「行ってこい兄弟」
「康太………………」
「お前さんが現状をよく把握しているからこそ軽々に動けないのはよくわかる。だがあれをどうにかしなくちゃどっちみち終わりだ。ならあっちに行くべきだろーが」
「けど!」
「代わりに優の奴はこっちによこせよ。それで何とか現状維持には持ち込んでやる」
けれどその「ささやかな厄介事』は思ったよりも簡単に許可を出し、彼は意志を固める。
迷うことなく、自分が一番必要なもう一つの戦場へと進んでいく。
この世界には数多の脅威が存在する。
『絶対勝利』と『絶対消滅』という二つの最強を筆頭にした無数の能力。
数多の粒子術に練気とて無視できぬものであるし、人が使うようなものではない自然災害の中にも驚異的な物はいくつも存在しており、様々な最新機器だって脅威である。
となれば人によって最も『強い』脅威は何かと問われれば、様々な答えが返されるはずだ。
「ちょ! 不味いってこれ!」
「イグドラシル! 貴様魂まで腐ったか!」
だがその中で最も『悪意に満ちている』ものを挙げろと言われれば誰もが同じものを挙げるだろう。
すなわち『黒い海』。
現在惑星『ウルアーデ』を呑み込まんとする最大最悪の厄災であり、それが今、無尽蔵に積と優へと向かい襲い掛かる。
「積!」
「俺は大丈夫だ。それより後ろに回さないようにしろ!」
大津波を連想させる勢いで向かってくる『黒い海』を前に、優を後退させゲゼル・グレアサイドへと届かせないことを最優先で動くよう指示する積。
積自身はと言えばアラン=マクダラスを退けた伸縮自在かつ硬度まで自由に変えられる鋼鉄『輪廻巡鉄』を手足のように駆使し、一滴さえ自分にかからないよう精神を集中させていく。
「…………なんだ?」
その最中、異変に気が付く。
無制限に増え続ける『黒い海』はイグドラシルの意思に呼応しているのか生物かのように動き続けているが、その向かう先が予想外のものになる。
つまり――――積一人だけを狙ったかのように周囲を駆け巡り、挙句の果てに幼虫を包み込む繭のような形になったのだ。
「一つ、貴方に聞きたいことがありましてね。最終決戦の最中ですが、こうやってお時間をいただきました」
最初積は、この繭が自分一人を孤立させるためのもので、戦力ダウンを狙ったものであると思ったのだが、イグドラシルが目の前に現れた事で予想は裏切られ、代わりに現れる疑問は当然のもの。
つまりイグドラシルが自分に何を聞きたいかである。
「聞きたいこと?」
「積。貴方は新しい神の座になると言いましたが、どんな神になりたいのですか?」
となれば素直に尋ねてみる積であるが、杖の先端を黒い刃へと変えながら迫ってくるイグドラシルの問いを前に言葉を詰まらせるのだが、それでも体は動き、手にした巨大な鉄斧で鍔迫り合いへと移行。
「んなもん決まってるだろ! 俺が目指した道は馬鹿兄貴の目指した道の果て! 泣いてるガキがいない世界! もう四大勢力がいがみあうことのない、平和で笑い合える世界だよ!」
発せられる火花だけでなく、飛び散る黒い飛沫全てを自動防御機能で防ぎながら、積は腹から声を出し応えていく。
「なるほど。善の夢を継ぐ、ですか。ならもう一つ聞きましょう」
「?」
黒い刃は時として槍に、斧に、果ては鞭となり積へと襲い掛かる。
その度に飛び散る飛沫を積は『輪廻巡鉄』で防ぎながら突き進み、イグドラシルの体に斧を叩きつけ、
溢れ出た黒い血潮も防御。
「貴方――――――――――本当に善になれると思ってるんですか?」
そのまま絶え間なく攻撃を繰り出す算段であった積はしかし、イグドラシルが告げた言葉を前に息を呑む。心臓が跳ね、足が止まる。
これまで何度も感じて来て、時には指摘されたその言葉を聞き、この土壇場で言葉に詰まる。
「お前にっ! 何がわかるってんだよっ!」
このタイミングで首元に迫った鎌を防げたのはこれまで彼が培ってきた経験値によるもので、劣勢を跳ね返すように声をあげる。
「わかりますよ。だって私は彼の元雇用主。その上で彼の旅路を神教から抜けた後も見守って来た者ですよ!」
だが、覆せない。
先ほどまで押していた状況はこの土壇場で完璧にひっくり返り、嘲笑が怒気を圧倒。
積の動きが重石をつけたように徐々に鈍くなり、対するイグドラシルが水を得た魚のようにその動きを加速。積の自動防御を勢いよく削っていく。
「貴方とてわかっているはずです! 声高に『善の夢を継ぐ』と言っても、それはどこまで行っても猿真似であると!」
「っ!」
「善の掲げた夢は彼の経験と背景があった故のものです! だから貴方は善にはなれない! 夢をかなえることが出来ない! 貴方には! 彼の辿った人生がないのだから!」
「貴様ぁ!」
「そんな者がなぜ善の後を告げると言えるのでしょう!」
黒い螺旋が鋼鉄の壁を突き破り、ほんの刹那前まで積がいた場所を通り過ぎる。
(まずい!)
未だ回避するだけの余裕がある積であるが、安堵することは一切できない。
なにせ『黒い海』は一滴でも触れれば対象を死へと誘う呪いの塊だ。
それを防ぐために積は極限まで神経を張り詰め、数多の攻撃を自動防御と鉄の盾で阻止。
「脆いですね積。やはり貴方に彼の跡を継ぐことはできない。私と同じ土俵に立つ資格はない」
その最中、魔の手が伸びる。
イグドラシルの背後から繰り出される『黒い海』とは別物。彼らを囲う繭の一部から噴き出した噴水のような勢いの『黒い海』が積の身へと襲い掛かる。
「しまっ!」
今の積は、真後ろから迫るそれに対応しきれない。
気づいた時には既に遅く、自動防御を見事に躱しながら積の身を覆い隠すように広がっていく。
「資格がないなんておかしなことを言うなイグドラシル」
「!」
「俺は善さんの夢を追うのは積しかいないと思ってるよ」
この危機的状況を覆したのは真っ赤な光。
二つの因果律を含めてなお最強の破壊力を持つ能力の粋であり、
「もしそれでも足りないっていうのなら、俺の夢を『協力』してくれ」
「貴方は…………!」
「それと、こっちの戦いには俺も追加だイグドラシルさん。誰も傷つかない平和な世界。それを胸を張って目指していると言える俺なら、この場に立つ資格があるだろ?」
『黒い海』で作られた繭を突き破り、古賀蒼野が参戦する。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
ラストバトルのカードはこれにて決定。
新たな世界を望む二人VS現世界の先を望む神の座
回復&肉壁な優。近接専門のゼオスとレオン。遠距離中心の康太。そしてこのメンバー内最強のヘルス
VSゲゼル・グレアとなります。
この続きは次回からなのですが、申し訳ないのですが、新人賞に投稿する関係で次回でいったん区切りとさせていただきたいと思います。詳しい日程に関しては次回で。
それではまた次回、ぜひごらんください!




