最後の壁 八頁目
あらゆる物事が起きるのにはきっかけ、言い換えれば動機がある。
些細であれ巨大であれ、裏には何らかの『理由』ないし『意図』があるのが常で、これは今世界中を脅かしている『黒い海』による進軍にも当てはまる。
『実に残念な事なんだがな、どうやら私ら研究者一同の予想は当たっていたらしい」
「どういう事ですかアルさん」
「こいつらは人が持つ負の念を糧に成長していたという事だよ聖野君』
ただ多くの人を殺すのならば『黒い海』にはもっと別の手段があった。
わざわざ一個人が対処できる個体の形など取ることなく、常日頃から行っている液体を基礎とした自然の驚異を模した形で攻めた方が効率がいいのだ。
「どういう事? それが一体何になるっていうの?」
『…………外の映像を繋ぐ。時間は惜しいが少しだけ見てくれ』
そうすることなく、個々人の抵抗による邪魔だてさえ考慮した上で個体で攻めたわけ。
そしてその姿形が不快感を与える黒い光沢と頭部のない化物の形にした理由が今、彼らの前に示される。
「これって!」
「凄まじい光景だな」
「何億、何兆という時を過ごしてきたあたしだけど、これ以上に不快感を感じさせる光景は一度もなかったって言いきれるわ」
地面から空へと向け生存者一人一人につき一本ずつ伸びているのは、黒い粉末が作り出した黒い帯で、それらは近くにある水場に飛び込むと、水を真っ黒に染めながら源流、もしくは海へと向かい突き進み始める。
つまり世界中にいるわざと殺さず生かされ、強い負の感情をため込んだ多くの人が、『黒い海』が今しがた行っている最終攻撃の手助けをしてしまっているのだ。
「水没するって言ったって一分後というわけではないんだろう? 猶予はどれくらいある?」
『計算した限りあと一時間あるかどうかというところ。夜明けを見れるかどうかといった感じだな」
「み、短すぎる! 短すぎますよアルさん!」
シュバルツの問いに対するアルの返事を聞き、聖野が涙声に近い声をあげる。
「なら別の質問。ここまでの展開を考えるに『黒い海』を手足のように操作する核があると思うんだけどそれはどこ? 優秀なあなた達なら、既に目星は付いてるんじゃないの?」
とすれば次に声をあげたのはアイビスであり、その質問を聞くとアルは押し黙る。『わからない』からではない。危険だと思ったからでもない。
『…………お前たちの足元。つまり黒海研究所の最下層の更に下だ』
もっと単純に、あまりにも胡散臭過ぎたのだ。
自分たちが目的地としていた場所が、偶然にも敵側の本拠地にして心臓部分である場所など、出来過ぎていると思ったのだ。
「なるほどな。だから師匠も他の奴らを大勢連れてここまでやって来たってわけか。わかりやすくていいじゃねぇか」
「そうだな。俺もこいつらを守るために、腹にどでかい穴を開けられたかいがあったってワケだ」
ただ現場にいる面々の反応は研究者一同とは大きく異なる。
アルの猜疑心などまるで気にしない様子で嬉々として会話を行い、全員が示された希望へと向け意識を向け、かつて蒼野とミレニアムが戦った最下層へと向け降りていく。
『おい待て! 本当に行くのか!?』
「触れたら即死の『黒い海』とはいえ、あたし達はその対策をずっと積んできた。あたしなんかは生身でも活動できるように特殊な防護術を張れて、しかも人数分できると来た。これで迷う必要がどこにあるのよ?」
『我々が気にしているのはそうではない! あからさま過ぎるこの状況をなぜ受け入れられるのかということだ!』
これに対してアルは声をあげるが、現場にいる者達は微塵も揺らがない。
「我が友アデットが口にしたこの世界の希望なんだ。俺はそれを信じるよ」
「黒海研究所に関してはイグちゃんは異常なほど隠していて、研究内容に関しては死んだメヴィアス以外には詳しい内容を共有していなかった。つまりあたしさえ何も知らなかったのよ。そんな秘密の場所に全ての鍵を握る物があるのは不自然じゃないわ」
「さっきも言ったがな、ここには残ってた仮面共の半分以上がつぎ込まれたんだ。そりゃ『大切なものがありますよ』と告白してるのも同然じゃねぇか!」
「ついでに言えば、タイミングもドンピシャだ。連中に意志があるとすりゃ、ギルガリエがやられた今、明らかに警戒されようが最終手段を取らざる得なかったんだろう」
『む。むぅぅぅぅ………………!」
シュバルツが。アイビスが。鉄閃が。ナラストが。
自分たちが信じる柱を告げる。
そしてそれらには一定以上の価値があると通信機越しの研究者たちは悟るのだが、それでもここで全てを賭ける事に対しては頭を痛め、
「面倒だねお前達」
『その声は壊鬼さんか。いったい何が面倒だと?」
「いちいち難癖、いや理由付けやら確証を得なくちゃ動けないお前らだよ。単刀直入に聞くけどね、じゃあアンタらはここ以外の候補地を言えるのかい。今から一時間以内に見つけて、解決までの糸口を他に構築できるってのかい?」
トドメを指したのは鬼人族の長・壊鬼であり、通信機越しでアルは天を仰いだ。
『これ以上心配をしたところで意味なんてない』と認めたのだ。
『………………可能な限りの援護はするが、状況の変化に対する判断は現場に任せる。皆、気を付けてくれ』
とすれば発せられる内容も先ほどまでとは大きく変化し、この一手に全てを賭けるというような勢いでシュバルツが真下の空間を一突き。同時にアイビスが全員の体を包む術技を発動。
「おお。すごく便利だな!」
「ちょっと待てなアイビス・フォーカス。上の奴らに念話を飛ばして――――よし、地上に関しては竜人族とアタシの部下の鬼人族がやってくれるみたいだ」
「おう。助かるぜ壊鬼」
真下から噴き出した『黒い海』を浴びても誰一人として浸食されることはなく、
「突入よ!」
嬉々とした声をあげアイビス・フォーカスは先陣を切る。
その先に何が待っているかなど微塵も考えてもせずに。
「我が刃――――剣帝を超える!」
「剣帝ってつまり!」
「シュバルツ・シャークスを仕留めるための技か! 全員意識を極限まで研ぎ澄ませ! 対処を失敗すればおそらく死ぬぞ!」
「崩鮫――――」
一方の神の居城最上階では、更に若返ったゲゼル・グレアによる神域の技が迫りつつあった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
黒海研究所側、最後のアタックへと向けた準備回。そしてゲゼルが更なる強さを発揮します。
この最終決戦もついに中盤戦へ突入………………なのですが、ここでちょっと重要なお話を。
というのも毎年の事になりましたが新人賞に応募する時期になりまして、その影響でもうちょっとしたら少し長く更新が止まると思います。
詳しくはまた次回以降で。
それではまた次回、ぜひごらんください!




