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最後の壁 七頁目


 『より強くなる』という願望は惑星『ウルアーデ』において、いやあらゆる星に住む戦士が持つ当然の願望であろう。

 その思いを胸に抱き、宇宙で一番成長した存在。それがゲゼル・グレアであるが、そうなった理由は偏に目指していた目標の高さゆえ。


 すなわち具体的な目標として人類史上最強の背中を見続けたためである。


 一日たりとも忘れることなく目標である『果て越え』を目指し、行う一つ一つの鍛錬に明確な目的を抱き、いつだって最適かつ最良の結果を出せる努力をした。

 遥か遠くにそびえる壁を超えるため、短所を減らし長所を伸ばした。それでも足りないとわかれば手札を増やし、戦術の拡張を図った。


 その成果こそが千年経った現代。


 老齢により体力や膂力の衰えが激しいものになり、それにより前線を退いてなお技術のみで世界最強の一角であった彼という存在であるが、生前の彼が築き上げた全てが今、世界を破滅させるための牙となる。

 技術はそのままで。肉体は全盛期を取り戻し、神器こそなくしたものの元々持っていた能力はイグドラシルに付与され、この神の座を守る最後の壁として立ち塞がる。


「我が剣技――――――剣帝を凌駕する」

「来るぞ! 構えろ!」

「っ」


 かつて戦った千年前最強の剣士シュバルツ・シャークス。

 彼を超えたことを堂々と宣言したゲゼル・グレアの肉体が消え、瞬く間に蒼野ら三人の剣士の前にまで肉薄。

 息を呑む蒼野の前で刀と剣を手足の延長の如く使いこなし、瞬く間に三万回の斬撃を重ねる。


「………………神器との差が出たな」


 それら全てが襲い掛かれば、たとえ強くなった蒼野でもひとたまりもなかったであろう。

 だがここで一歩前に出たゼオスが会心の一手を繰り出す。

 

「剣が!」


 最初の一手を全神経を集中させ見切ると自身の持つ漆黒の神器で対応。

 結果、ゲゼル・グレアの持つ武器は神器でなかったため叩き折れ、行われるはずであった攻撃は途中で静止。


「よくやったぞゼオス君!」

「この好機を最大限に生かす! 後で回復頼むな優!」

「今度ケーキを奢ってね!」


 この隙をレオンと蒼野は逃さない。

 これから行われる代わりの攻撃。それによる損傷を容認し、この一瞬で全てを決めようと前に出て剣を振る。


「なに!?」

「さっき二本の指で止められた時も思ったんだけどよぉ、徒手空拳もこなせるのかよ!」


 だが彼らの覚悟はゲゼル・グレアには通用しない。

 彼らが強くなる過程で磨き抜いた様々な剣術は、『剣を取られた時の対処法』として鍛えたゲゼルの拳を超えられない。


「っっっっ」

「ゼオス…………うぉ!?」


 繰り出す多種多様な斬撃は手の甲で全て弾かれ、慣れた手つきで流れるような動作で打ち出された裏拳がゼオスの胴体を捉え壁にぶつかるように吹き飛び、続けて繰り出した一撃は蒼野の頬を掠り、切り傷と見紛う線を刻む。


「――――むん」

「またか。面倒だな!」


 最後に残ったレオンに対してはなおもその場に残っている蒼野の首を掴むと放り投げ、見捨てることが出来ずキャッチしたところで蹴りを入れて蒼野共々吹き飛ばした。


「ああもう! 早く戻って来てよね!」

「我が拳――――万人を退ける物なり」


 三人が態勢を整えるために前に出た優に対してはなおも徒手空拳で応えるのだが、その最中に優は感じ取る。

 繰り出される拳の数々に、死んだ上司にして師である善と同じものがあることを。

 これまで自分が鍛え上げた近接戦の源流。それが目の前の男にあるという事実を。


「うぐぁ!?」


 二人が繰り出す動きは似通ったものであったのだが、三秒ほど続いたところで優が押し負け両方の掌が粉砕。顔を歪めた彼女の脇腹を蹴り、神の居城の壁に叩きつけた。


「時間回帰!」


 このタイミングで復帰した蒼野が繰り出した時間回帰の目的は、強化されたゲゼルの肉体を元の老人状態に戻す事であるが、これも阻まれる。

 積やアイビスが行う以上の速度で行われた錬成。これによって生み出した剣が飛来する半透明の丸時計の行く手を阻み蒼野の思惑を退ける。


「また………………」


 そうしてあらゆる手段が無に帰す中、ゲゼル・グレアの肉体からまたも白い煙が噴き出し始め、更に若々しい体になっていく。

 それはまさしく『絶望』という言葉をそのまま形にしたかのような現象であった。




『二人共朗報だ。これまで世界中を脅かしていた顔のない化物達が全員撤退し始めた。つまり――――我々の勝利だ!」

「おぉ。外はそんなことになっていたのか」

「あ、知らなかったのね。なんにせよ最高の情報をありがとアル。これで心配事が一つ解決したわ」


 一方の黒海研究所では、上に行っていたアイビスが下に降り、周囲にいた顔のない怪物達を退けたシュバルツと合流。

 そのタイミングでアルから流れてきた通信を聞き、二人は僅かながら顔を綻ばせる。


「アイビスさん! シュバルツさん!」

「あら聖野じゃない。どうしたの?」

「遅れながら、こっち側につくことを決めたんです。ただ………………もう全部終わった感じですか?」

「いやまだ中の探索は残ってるぞ。ただ世界中を襲う厄介ごとに関しては終わったな」

「ついでに言えば俺達の方も終わったぜ」


 状況は更に好転する。

 彼らの元に寝返る事を決めた聖野が現れ、それに続き師ギルガリエから二本の杖を継承した鉄閃が合流。その後ろにはエルドラやナラスト、それに壊鬼までいた。


「残ってる作業があるとしたら、我が親友アデットが警告したこの黒海研究所関連だろうな。アイツが言うにはこの場所にはまだ秘密があるらしいからな」

「そりゃいいな。俺の師匠も死ぬ寸前に気になることを話してたんだが、そりゃ『黒い海』に関して何だよ」

「なら手分けして探しましょ。ねぇアル。貴方達の方の研究員数人を貸してくれない? あたし達でわからない事に関して調べて欲しいんだけど?」

『現場に来いというのなら無理だが、データさえ送ってもらえれば解析をするぞ。幸い目下の危険が去った影響で手が空いた物が多いからな』


 こうして一通りの戦力が合流し、しかも目前の危機が去ったという事で彼らは張り詰めていた緊張感を解きそのように会話。

 アイビスが周囲一帯の探索を粒子術で行い始め、先ほどまで死闘を演じていた鉄閃らは休憩。

 シュバルツは聖野を引き連れ粒子術による結果を待つよりも早く動き出し、


「「!!」」

「地震か!」

「かなりデカいぞ! 近くで大規模な戦いでも始まったのか!?」


 その途中で彼らを包む世界が揺れる。となれば当然のように臨戦態勢へと移行するが、この地震は彼らを狙ったものに非ず。


『大変だ!』

「どうしたんですかアルさん!?」

『世界中の水が黒く染まった! しかも水位を増してやがる! このままいけば全世界が飲み込まれるぞ!」


 すなわち対象は全世界であり、ここにもう一つの最終決戦が始まりを告げた。




ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


VSゲゼル・グレア

そして外側の戦いにおける最終段階の始まりです。

その形は最も原始的な水没死! もちろん触れただけで発狂のデストラップも健在です。

これらを解決する鍵は二人の死人が残した警告のみと厳しいですが、彼らには頑張ってもらいたい所存です。


それではまた次回、ぜひごらんください!

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