追憶のギルガリエ
「まさか死んだ後で心残りが解消されるとはな。いやこうして喋れているとなると生きてる判定か? まぁなんにせよ、人生ってのはわからんもんだ」
突然。そう突然の事であった。
決して止まらぬと思っていたギルガリエがいきなり静止したかと思えば真っ黒な煙を噴き出し、ついさっきまで漂っていた濃密な殺気と戦いの空気が霧散する。
その上でいきなりあっけらかんとした様子で喋り出したとなればその場にいた面々が呆気にとられるのも当然の事で、誰もが言葉を紡げず押し黙る。
「ギルガリエ………………お前さん正気に戻ったのか!?」
その空気をいの一番に突き破ったのはナラストで、ギルガリエは最初眉を顰めていたが、数秒したところで目を見開くと破顔。若くなった状態でもなお見合わぬ、ものすごく幼げな笑顔を顔に浮かべた。
「誰かと思えばナラストか! いやぁ年を取ったな! 最初誰かと思ったぜ!」
「千年も生きればこうなる………………といいたいところだが、今のお前さんを見てると易々とそうも言えんな。若返りの秘訣でもあれば教えて欲しいもんだ。最近は腰が痛くて敵わねぇ」
「ほう。千年経って無駄に堅苦しい性格が柔らかくなったか! あ、エルドラも久しぶりだな。お前さんはなんも変わらん!」
「竜人族は長生きだからそりゃな」
彼等の間で行われる会話は旧知の仲であることをひしひしと感じさせるものであり、つい先ほどまで戦っていたというのに、見る者達を微笑ましい気持ちにする。
「っと。悪いな。もっといろいろと話していたいんだが時間がない。やる事だけはちゃっちゃとやらなくっちゃな」
しかしである。ギルガリエはそんな会話を早々に切り上げる。
己が肉体が一気に真っ白になったかと思えば無数の亀裂が入り、先端部から石のように崩れ出したゆえに。
「おい大丈夫かよ!」
「友の門出だ。用事があるってんだから静かにしてやろうぜエルドラ」
「うむむむむ………………」
その姿を前に腹部の傷を塞いだエルドラが取り乱し、なおも血を垂らすナラストが宥める。
ギルガリエはその様子を微笑ましく思いながら、今しがた自分を下した弟子の元へと一歩ずつ進んでいく。
「これを受けとれ」
「ま、待て待て! あんたこりゃ!」
既に左手はなく、ゆえに残っている右手を差し出し器用に乗せた物体。二つの魔槍を弟子に向けるギルガリエ。となれば勢いよく取り乱す鉄閃であるが、
「おわぁ!?」
「受け取ったな! ならそりゃお前のものだ!」
彼の両手は崩れ行く師の右手から零れ落ちる魔槍を掴み、それを見てギルガリエは無邪気に笑う。
「あんたなぁ。ちと狡すぎだろ!」
「悪い悪い。だがまぁ神器の継承は俺を倒したら渡そうって前々から決めてたことだ。ここはおとなしく受け取ってくれや!」
「仕方がねぇなぁ………………っておい!?」
その笑みは弟子である鉄閃が不平不満を告げても変わらず、かと思えば両腕を失い仰向けに倒れ、その場にいる者らが慌てて近寄る中、空を見上げ彼は語り出す。
「最初の死も、二度目の死も、結局夜明けは見れなかったか………………」
「夜明けだって?」
「あぁそうだ。俺は夜明けが見たかった。人生で唯一愛した女とな」
「ギルガリエ………………」
空を見上げ言葉を紡ぐ彼の様子は先ほどまでと大きく異なり、瞳にはうっすらとだが涙が溜まっている。
その様子は旧知の仲であった者達にしてもとても珍しかったのだろう。エルドラの口からは豪放な彼らしくもない声が零れ、それを聞きギルガリエは再び笑った。「自分を見送るのにそんな顔をしてほしくない」と言いながら。
「ま! 一度目の死と違って二度目は弟子と友人。未来を担う鬼人族の長に見守られてるんだ! これ以上文句は言わねぇさ! 千年前に戦った憎きあん畜生がいるのは気になるが、この後を考えたら役に立つからいいだろ!」
「この後ってどういう事かしら?」
ここで声をあげたのは「憎きあん畜生」と呼ばれたアイリーンで、その問いを聞き倒れたままの彼は首を左右に動かし周囲を見た。
「俺が倒れた瞬間に他の奴らは退いていっただろう? おかしいとは思わねぇか?」
「そういえばそうだね。何かするつもりかい?」
「連中の中に紛れてたからわかるんだが、俺は最終防衛ラインの一つだったんだ。それが破れたとなりゃ連中もやり方を変えてくる」
「やり方?」
「詳しいことは分からん。だが………………気張れよお前ら。多分こっからが最後の戦いだ!」
言われてみればこのようにのんびりと話していられるのは不思議な話で、周りを見てみれば先ほどまで群がっていた多数の狂戦士が荒波が引くかのように撤退していた。
「あと伝える事があるとすればそうだな。お前らはさ、そもそも『黒い海』ってのが何かはわかってるのか?」
「知らないが、あんたは………………何か知ってるのかい?」
その状況を不審に思う中、そのような事を口にするギルガリエ。するとすかさず壊鬼が真意を尋ねるが彼は答えない。
というよりも答えられなかった。
「師匠!」
いつの間にか髪の毛まで真っ白になっていた彼の肌は、石のような材質になったかと思えばボロボロと崩れ出し、喋るために必要な口が崩壊。
すかさず念話に切り替えようとするがそうする前に全身は崩れ、彼は事の真相を語ることなくこの世界から二度目の退去を果たした。
とはいえその旅立ちが酷く苦しいものではない事は最後まで顔に浮かんでいた笑みから見て取れて、それだけが彼に近しい者達の慰めになった。
「!」
「な、なんだ!」
「どでかい地震だな! 何が起きてる!」
大地を崩壊させるような地鳴りが始まり、『黒い海』が最後の攻勢に出始めたのはその時であった。
「クソ! こいつは本当に何なんだ!」
「三人がかりでなんの手ごたえもねぇ。こんな奴を最後の最後まで隠してるとはマジでクソだなイグドラシル!」
時を戻し『神の居城』最上階。
そこでは蒼野とゼオス。そして積の三人が猛攻を仕掛けていたが、その全てがいなされ、満足な成果を前にイグドラシルが歪んだ笑みを浮かべていた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
VSギルガリエ完結!
そして同時に謝罪を。見て貰えばわかるのですが、前回のタイトルを今回にもってきました。
これはどう考えても今回の話の方がふさわしいと思ったからです。
謝罪はこの辺にして今回の話の内容へ。
生前のギルガリエの様子は終始今回の話で出た通り。場を盛り上げるムードメーカーでした。そしてナラストは堅物クソマジメ。ちょうど死んだアランみたいな感じですね。
ここにエルドラやらゲゼルなどが加わったのが千年前のメインメンバーで、彼らは彼らで中々愉快な話ができると思います。
残念ながら早々語る場面はありませんが、どこかで少しでも描写を挟めればと思います。
それではまた次回、ぜひごらんください!




