異変
真っ黒な鉄の塊が、蒸気をあげながら闘技場を離れていく。
予定通りであれば乗っているであろう同じ顔をした二人の少年の事を思い出したブドーは、二人に決しても見せてこなかった、真剣な表情を顔に浮かべながらそれを見送る。
「これで本当によかったのか、ヒュンレイ殿」
思いだすのはつい先日の会話。
電話越しに伝えられた二つの依頼。
頭の悪い自らに対し、仲違いした部下の仲を改善して欲しいという無茶ぶり。
そしてもう一つの、二人を一日間泊めてやって欲しいという依頼。
こちらについては二人のプロフィールを聞いた時点でやりようはいくらでもあると理解したのだが、
『それにしても、なぜヒュンレイ殿はこのような依頼を?』
『ある約束を果たすために少々手間がかかるものでして』
『約束?』
『ええ。善と私が交わした最初の約束です』
そうして語られた内容を聞き、ブドーは言葉を失った。
「頼んだぞ。蒼野君、ゼオス君」
待ち構える結末はとても厳しいものだ。
それを覆す未来への一手を、彼は切に願う。
馬鹿な自分ではどうすればいいか全くわからないが、彼らならば何か突破口を思いついてくれるのではと考え、彼らに知人の命を託した。
「……昨日から貴様が熱心に読んでいる本。それはなんだ?」
蒸気機関車に乗りだしてから一時間が経過した頃、腕を組み瞳を閉じたまま微動だにしなかったゼオスが、目を開き億劫気な様子で蒼野に尋ねる。
「これか? これはピースウッド冒険譚だ」
「……ピースウッド冒険譚?」
「世界中でプレミアがついてる昔のファンタジー小説だよ。粒子によって発展した世界ではなくて、科学による発展をした場合、人々はどんな風になっていただろうか、という事をテーマに話を進めてる」
「……絵空事だ」
そんな事はありえないとゼオスは即刻否定した。
何せ粒子を発見した事でこの世界が得たものはそれこそ那由他の数ほど存在する。
いかに科学が優れていようと、それほどの可能性はなかっただろうとゼオスは考える。
「そんな事は分かってるさ。そういう設定の物語ってだけだ。てかその時点で否定しちまったらこの本が読めなくなっちまうよ」
そんな様子のゼオスに対し、そんな事はわかっていると笑いながら語りかける蒼野だが、彼は自身の読んでいたページにしおりを挟むと、それをゼオスに渡そうとする。
「………………知ったことではない。元々読むつもりなどないのだからな」
「口が悪い奴だな。面白いから一度読んでみろって!」
「…………結構だ」
横に座るゼオスに勧めるため本を差し出すがそれは右手で押し返される。
「絶対読んでおいた方がいいと思うんだけどなぁ、面白いから」
すると蒼野はそれだけ呟き、視線は再び本に注がれる。
それから両者が話をすることはなく駅まで着いたが、ロッセニムに向かうまでにあった険悪な空気は霧散し、周囲の空気が重苦しいものに変化することもなかった。
「さーて、駅に到着したし一度電話しとくか」
懐から携帯電話を取りだし電話をかけようとロックを解除しようとする蒼野。
「あ、ボロボロに壊れちまってる」
そこで蒼野が見たのは、原形を残さない程ボロボロに砕けた自身の携帯だ。
いつから砕けたのかわからず小さくため息をつくが、すぐに気を取り直し能力で電話が壊れる前の状態まで戻し、
「さて、これでもう大丈夫だな。じゃあ善さんに……は?」
電話をかけようと着信履歴を確認し蒼野は動揺。
「え?」
連続で出てくる康太の名前に蒼野が声を震わせるが、すぐに気を取り直して電話。
『俺だ』
「もしもし康太か。何度も電話をかけてくれたみたいだったが、どうしたんだ。何かあったのか?」
『何かあったじゃねぇよ! お前今まで何してた!』
「な、何も知らせずに泊まったのは悪いと思ってるけど怒るなよ。いやまあ俺が全面的に悪いんだが」
返ってきた康太の怒声に思わず携帯を耳から離す蒼野だが、
『そうじゃねぇよ! それどころじゃねぇよ!』
「え?」
康太の返事に僅かばかり驚く。
康太は蒼野に対し必要以上に過保護である。
ジコンを離れる際、自分が絶対に自分を守るとシスターに約束したらしく、その言葉を今も必死にまもっろうとしているほどだ。
最近は少し前までと比べればやや落ち着いたように思えたが、それでも康太がどこに行ったのかもわからない自分の所在を確認もせず、『それどころではない』等というのは異常な事だ。
「それどころじゃないって、一体どうしたんだ?」
そう理解した蒼野の声に緊張が混じり、
『いいか冷静になって聞いてくれ』
「あ、ああ」
ほんの数秒して蒼野が持っていた携帯を落とす。
「…………」
液晶画面にヒビが入った携帯をゼオスが拾い、時間を戻させるために蒼野の目の前に差し出すが、彼は微動だにせず直立不動の状態から動かない。
「……何があった?」
蒼野の様子を不審に思ったゼオスが普段よりも一オクターブ低い声で声をかけると、それから少しして体の中に魂を戻した蒼野が慌てた様子でゼオスのいる方に振り向き、至近距離にいるゼオスに対し声をあげた。
「ギルドが乗っ取られた!」
「……なんだと?」
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
本日は短め
次の話に辿り着くまでの溜め回です。
内容に関しては本編通り
詳しい内容については明日以降で。
また明日もよろしくお願いします。




