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最後の壁 五頁目


 亜麻色の髪の毛をした生気を感じさせない目を板師と、青色の髪の毛をした猛る獣のような瞳をした弟子。

 二人が行う舞を連想させる最後の衝突。その立ち上がりは実に静かなものであった。

 両者ともに弧を描くように動き出すのだが木の枝を踏んでも物音一つ立てないほど静かな足取りで、師・ギルガリエは手にした二本の槍の切っ先に怪しい白と黒の光を纏わせ、応じる弟子・鉄閃は掌に鋼属性と木属性を固めた槍を生成する。


 そんな彼らはエルドラ達が見守る中、五歩十歩と同じ波長で歩き続け、


「シッッッッ」


 その果てに攻勢に出たのは鉄閃だ。

 短い呼吸を歯と歯の間から漏らしたかと思えば、先ほどのナラストを連想させる、音だけでなく光さえ置き去りにするような一歩で距離を詰め、手にした木製の槍を突き出す。


「我が槍は――――――――無敵の守りなり」


 その動作は実に単純だ。まっすぐに迫るだけのものだ。

 それを前にしたギルガリエはというと黒い魔槍を掲げて易々と防ぎ、


「緑の迷宮!」


 そのタイミングで鉄閃が厳かな声で唱える。

 木属性で生成した槍に秘められた力。切っ先を変幻自在に変えられるその真価を発揮し、触れる直前に槍は変形。当たるはずであった黒い魔槍を躱し、


「当ておったわ!」


 ナラストのような決死の一撃ではなく、エルドラのように広範囲を自慢とするわけでもなく、鍛え上げた基礎技を昇華させた結果としてギルガリエの体に突き刺す。

 一度や二度ではない。引き抜く度に形を変え、百二百と師の体に小さな穴を作り続ける。


「――――――!」


 とはいえそれがしっかりした成果を挙げる事が出来るかといえば否である。

 仮面の狂軍に所属する者達はみな、傷を自動修復する機能を備えており、今も鉄閃らが見ている前でその効果を発揮。空いた穴は急速に塞がっていき、数秒するとそれまでの攻撃に意味など無かったかのようにギルガリエはその絶技を披露する構えを見せる。


(防い――――いや躱した。にしても今のは可笑しくないかい!?)


 繰り出されるのは壊鬼を沈めた突きの嵐。これを鉄閃は完璧に攻略したのだが、ここでこの戦いを観戦していた者達は気が付く。


 今、鉄閃は攻撃をギルガリエが繰り出す攻撃を見ていなかった。

 つまり信じられないことであるが、全盛期の技と肉体を持つギルガリエの繰り出す絶技を、百パーセント当たる予知夢でも見たかのように察知して躱したのだ。


「驚く必要はねぇよ。この人の技は、それこそ百億回見たからな」


 凄まじく異常なその事実の答えを、鉄閃は当然のように言ってのける。


 今しがた繰り出したギルガリエの技、いや再会してから今までの間に繰り出してきた動きは、全て既知のものであった。


 生前に弟子として側にいた彼が何度も目にして、何度も食らい、何度も挑んだ動きであった。


 つまり目の前の存在は全盛期の技と肉体を持つが、その実あたらしい動きは何もしていない。体が覚えている動きをその場の状況に合わせて繰り返しているだけであると鉄閃は判断し、ならば負けないと彼は言いきれた。


 既存の動きを超える何かをしてこない師が相手ならば、こちらから次の動きを誘導し、自分に都合がいいように状況を動かせる自信があったのだ。


「我が槍は――――――世界を変える」

「マズイ! 黒い魔槍の能力は躱すことも守ることもできん!」


 だがここに一つ、覆せない事実がある。

 ギルガリエが繰り出す攻撃全てを知り、誘導した上で完璧に対処する事が出来ると思っている鉄閃は、しかし今回の戦いで幾度となく生死の境界線を彷徨っているのだ。


 つまりそれは彼でも捌き切れない攻撃があるという事で、その主な原因の一つ。

 黒い魔槍『カオクロフィー』が秘めた能力『空間削除』が発動。完璧に躱せるはずであった動きは削り取られ、二本の槍の射線に鉄閃の頭部が設置される。


「そりゃもう意味ねぇよ!」


 はずの結果が覆される。

 ここにいる誰もが耳にしたことのあるガラスが派手に砕ける音。それが今まさに二人の間で鳴り響き、これまで彼を苦しめ続けてきた最大の要因が消え去った。


「神器が起こす能力無効化の音!?」

「だが待て。あの若造は神器を持っちゃいねぇだろ。どういうこった!?」


 この事態を前にしてエルドラとナラストは取り乱すが、自身の武器を見つめ、次いで鉄閃を見た壊鬼は理解した。


「なーるほど。流石は『十怪』の一角だ。随分と手癖が悪い」

 

 彼の履いているベージュのズボンの後ろポケットから除く黒鉄。それは大穴を開けられた彼女の神器の破片で、これにより能力『一極集中』は得られずとも能力無効化耐性を得た彼は、これまで苦しめられた『空間削除』を無効化。

 槍を繰る手の動きを更に早めていく。


「ちっ!」


 が、その勢いに手にした二本の槍が耐え切れなかった。

 鋼鉄の槍は数多の衝突により穂先が弾け飛び、木の槍は中ほどのところで折れてしまった。

 当然ながらギルガリエがこの隙を逃すようなことはなく、新たな槍を生成するギルガリエの両手を蹴り上げ、ガラ空きになった鍛え上げられた胴体へと白と黒の二本の魔槍を突き進ませ、


「先に言っておくが、ここにきて一対一に拘ってるとか言い出したら、問答無用で首を切るぞ若造!」


 それを防ぐようにナラスト=マクダラスの持つ刀が弧を描き、跳ね飛んだ両腕を見届けるよりも早く後退。鉄閃は窮地から抜け出す。


「その段階はダチの言葉で通り過ぎたよ!」


 このタイミングで炎属性の槍と雷属性の槍を急いで生成するとすぐさま投擲し、強烈な炎と雷をギルガリエの全身に浴びさせる。


「だがどうするってんだ若造? どれだけ攻撃を叩き込んでも再生するなら、意味なんてねぇんじゃねぇのか?」


 これにより足を止めたところでエルドラが追撃をかける最中、鉄閃の隣に立ったナラストはやや息を荒げながら問いかけるが、鉄閃はかぶりを振る。


「その事なんだが、仮面を外してからだいぶ再生速度が落ち始めてやがる。若々しくなってからは更にだ。つまり」

「文字通り不死身ってわけでもないと。なるほど。終わりがあるってだけ心が楽だな!」

「ま、それを待つ必要もねぇよ。鍛錬の一環で封印術も一通り使えるからな。デカい隙ができりゃ、それで捕まえることもできる」


 続けて自身の考察を述べるとナラストの顔に年に見合わぬ獰猛な笑みが浮かび、エルドラの巨体へと上陸。

 肩から腕へと滑るように移動すると、鉄閃の攻撃に初見とは思えぬ動きで合わせていく。


「馬糞馬婆!!」

「負府不!」

「援軍だとぉ!?」

「こんな時によぉ!」

「安心しなお前ら! 雑魚は全部俺が蹴散らしてやる!」


 ここで割り込んできたのは鉄閃が幾度となく致命傷を負うに至ったもう一つの原因。すなわち第三者の介入で、鬼人族との戦いから抜け出した、ないし勝利した十数体が彼等と合流。


「あいつらが止められなかったってんなら、そりゃ族長のアタシが尻ぬぐいしなくちゃいけない案件だ。こっちは任せてお前らはそっちに集中しな!」


 これを迎え撃つのはエルドラではなく壊鬼であり、傷口を塞いだだけの体を持ち上げると、ど真ん中に穴が開いた金棒を構え臨戦態勢へ。


「いいえ。貴方はあっちに向かいなさい」

「アンタ………………!」

「私の事なら心配する必要はないわ。だって、敵を食い止めるのは得意分野なんだもん」


 ここで新たな影、強力過ぎる味方が現れる。

 純白のスーツと手袋をはめ、美しい金の長髪をたなびかせる彼女こそは親友によりこの場所に派遣された聖女アイリーン・プリンセスであり、瞬く間に生成し打ち出した光のナイフ数万発が、迫る仮面らの体に突き刺さり、行く手を阻む。


「行くぞ行くぞ行くぞぉ!」


 斯くして憂いは断ち切られ、ギルガリエに縁深い三人による猛攻が佳境を迎える。

 無限に行われ続ける再生の速度は徐々にだが落ちており、鉄閃の想像した勝利の図式が嘘偽りではない事を残る二人が理解する。


「白き槍は捻じれ狂い――――黒き槍は万物万象を貫き殺す」

「「!!」」

「来るぞぉ! 師匠のとっておきだぁ!」


 そんな彼らを終わらせるため、最大最強の一手が放たれる。

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


VSギルガリエは佳境へ。

おそらく次回で終わるかと思います。

そっからは更に状況が動き最終決戦。神の居城最後の戦いになると思います。

長く続いた物語の大きな区切りがつくとなると、なんか奇妙な感覚ですね


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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