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最後の壁 四頁目


 溢れ出る蒸気とも煙ともとれる物体と共に、ここ千年間において最強の槍使いの姿が変わっていく。


 死に絶える直前、千年という時を刻んだ皴が消えていき、色素の抜けた髪の毛に鮮やかな亜麻色が蘇り、肌に張りと生気が満ちていく。

 骨と皮膚だけに近かった肉体にはたくましい筋肉が盛り付けられ、『黒い海』が姿を変えた黒衣と包帯で身を包んでいるその姿は、得物こそ鎌とは違うが死神を連想させるものになっていた。


「へぇ。随分といい男じゃないか。一応聞いておくけどこいつはあんたの師匠の昔の姿って事でいいんだよね?」

「信じられねぇが間違いねぇよ。昔写真で見たものとそっくりだからな」


 彫りの深い顔に宿る眼光は鷹のように鋭く、見た者を視線だけで殺せる凄味さえ感じられ、その姿を目にした壊鬼は、体中に空いた傷をものともせず顔に笑みを浮かべ質問。鉄閃は警戒色の強い声を発し、


「ま、どっちだっていいんだけどね。重要なのは見た目に相応しい強さがあるかどうかだ。そこら辺に関してはこれから吟味すりゃ問題――――」


 彼らの前でギルガリエは、これまでとは異次元の領域に達した動きを披露する。


「コヒュ!?」


 光を遥かに超えた速度での接近に合わせ繰り出された刺突は、極限まで集中していなかった壊鬼の胴体に新たな風穴を作り、槍が引き抜かれたのと同時に彼女の口から奇妙な音が零れる。


「意識を集中させろ! まだ終わってねぇ!」


 そのまま意識を手放しかけた彼女を支えたのは隣に立つ鉄閃の怒声であり、攻撃を防ぐように金棒を構える。


(しまったねぇ。こりゃ悪手だ)


 しかし直後に、自身が構えた金棒を見て彼女は思い出す。

 目の前にいる男の放つ突きが、神器さえ貫けるほどの威力を秘めていることに。


 そしてそんな彼女の予想は現実となり、金棒に白い魔槍がめり込んでいき、


「あぶねぇあぶねぇ。あと一歩遅れてたら、うら若き乙女が世界から一人いなくなってるところだったぜ」


 それが棍棒を貫くより早く、ギルガリエが跳躍する。

 自身の顎に奔った赤い線。それが顔を真っ二つにする現実から逃げるために。


「あんたは………………誰だい?」

「お初目にかかるな鬼人族の長。死んだ旧友が蘇って悪さしてるって聞いたんでな。老骨に鞭打ってやってきた」


 彼女と鉄閃の前に現れたのは白髪をオールバックにまとめ、黒いスーツに身を包み刀を手にした老人なのだが、彼の事を壊鬼は知らない。鉄閃も知らない。

 しかし地下にあるもう一つの世界、すなわち『裏世界』に足を運んだ積達ギルド『ウォーグレン』の者ならばわかるだろう。


 若頭である息子を亡くした老兵にして千年前の戦争を生き抜いた豪傑。

 なによりここで今立ち塞がるギルガリエと同じ千年前の戦争の経験者ナラスト=マクダラスであると。


「邪魔だどけ!」

「!」


 加えて言えばこの場に馳せ参じた援軍は彼だけではなかった。

 深紅の鱗で全身を包み、この場にいる誰よりも大きな体をしている彼は、ナラスト=マクダラスと同じくギルガリエの旧友。

 今やギルドを束ねる長となっている竜人王エルドラであり、炎を纏った拳を隕石のような勢いで振り下ろし、再び周囲の地盤を持ち上げた。


「………………死ぬ直前のこいつなら真正面からは受け止めれなかった。となるとマジで昔の力を取り戻したのか」


 とはいえ目標であるギルガリエには届かない。

 彼は真上に掲げた左手で振り下ろされた一撃をしっかりと防ぐと、右手に掴んだ槍の切っ先をエルドラへ。エルドラが何らかの対応をするよりも早く繰り出した万を超える薙ぎ払いが、彼の全身に線を走らせ、


「クッソみてぇに痛ぇな! 壮年期の技に青年期の肉体! 最強と最強の合わせ技か! だがな! ダブルガーディアやらシュバルツの野郎ほどの威力はねぇし数もねぇ!」


 それを受けてもなお、エルドラは壊鬼のように崩れない。

 体を覆う深紅の鱗は攻撃の威力を大きく削ぎ、その奥に控えている筋肉にさえ届かせない。となれば反撃に移るのに躊躇はなく、周囲に生えている木々を遥かに超える巨躯を、千年間磨き抜いた技術を駆使して操作。

 拳を撃ち込むかと思えば尾で叩き、ブレスを吐くように思わせて噛みつき、平手でたたくように思わせて爪による斬撃を繰り出す。


「お嬢ちゃんはエルドラの奴からよく聞いてた壊鬼だな。お前さんは?」

「鉄閃だ」

「………………ギルガリエの野郎がよく話してた弟子だな。そいつがこの状況で師と向かい合い、戦う事になるか。不幸なんてもんじゃねぇな」


 それ等に対しギルガリエが対応していく中、先に戦っていた二人を守るように前に出たナラスト=マクダラスであるが、鉄閃の名前を聞いた瞬間、彼の運命を呪った。

 死に分かれた師匠とこのような状況で殺し合う事になる事を嘆いたゆえに。


「不幸? 何言ってやがる爺さん。こりゃまたとない機会だぜ」


 がしかし、鉄閃は彼の嘆きを否定。


「なんだと?」

「師匠が俺に託した最後の願いは弟子に超えられることで、回ってくるはずのない機会がこうして訪れたんだ。これを喜ばずしてどうするよ」


 言いながら不敵な笑みを浮かべる彼に対しナラストは眉を顰めるが、やや間を置き溜息を吐く。


「偉そうなことを豪語するのはいいがな若造。そのナリを見りゃ万策尽きたのはすぐにわかるぜ。おっちぬ前に下がったほうがいいだろうよ」

「何言ってやがる爺さん。もう少し。もう少しなんだよ………………」

「お前さん………………まさか」


 ナラスト=マクダラスがそのような態度を取ったのは最低限の応急処置を済ませただけであろう鉄閃の体が今にも崩れそうであったからであり、けれど目の前にいる男の獣が上げるような恐ろしい笑い声と纏う闘気の姿を目にして考えを改める。


「正直な事言っちまうとな、バリバリ全盛期のエルドラの野郎はともかく老い先短い俺がこの戦いで活躍できる時間はそう長くはねぇ」

「……どうしたんだよいきなり?」

「だからお前さんは今のうちに体を休めて、体に空いてる傷を塞げ。その上で回復もしておけ。俺とアイツで倒せなかったとしたら、次にお鉢が回ってくるのはお前さんなんだからな」


 この青年にならば後を託してもいいのかもしれないと。

 もしエルドラや自分がダメであったとしても、友を止めてくれるにではないかと考える。


「爺さん。あんた何言って」

「話はお互いが生きてたらしようや!」


 その意図は正確には伝わらず、しかしナラスト=マクダラスは詳しく説明するよりも早く前に出る。

 徐々に形成が覆されているエルドラが敗北し、死に絶えるのを防ぐために。


「久々に受けるかギルガリエ。俺が放つ神速の居合を!」

「!」


 直後の一歩は光を超える。

 『果て越え』ガーディア・ガルフにさえ迫る一撃は、万物万象を凌駕する。


「――――絶刃!」


 これこそは千年前、彼が最強の敵ガーディア・ガルフを超えるために会得した神業。

 たった一撃当てるため。一度の好機で勝敗を決する致命打を撃ち込むために鍛え上げたそれは、後に大きな隙を晒すというリスクはあるが、こと速度においてガーディア・ガルフの域に達していた。


「サンキューナラスト! 一気に決めるぜおい!」


 それほどの一撃は全盛期の肉体と技術を兼ね備えたギルガリエでも防ぎきれず、右腕が血をまき散らしながら虚空に。

 これを打ち出す時点で察知していたエルドラの顔には猛り狂った胸中を表すような笑みが張り付いており、地属性の肉体強化を帯びた上で炎を両手に。


「蘇ってまで人様に迷惑かけるってんならよぉ! 容赦しねぇからなぁ!」


 そのままギルガリエ同様秒間一万回を超える勢いで拳を振り下ろし、周囲一帯は地面がひっくり返るだけに留まらず火の海へと変化。


「蘇って来て早々に悪いが、おとなしく墓の中に戻ってくれや友よ」


 この光景を作り上げた竜人族の王エルドラは堂々とした口ぶりでそう言い切り、


「そうはならんみたいだぞ」

「自己再生能力か。面倒なもんやがるな持ってやがるな」

「格好つけるのが早すぎたな」

「うるせぇ」

 

 けれど彼の思い通りには進まない。

 消し炭になったはずのギルガリエの肉体が見る見るうちに再生していったゆえに。


「我が槍――――――――果てに至る!」

「っっっっっっ!!」


 その直後に呪文のように言葉を発し繰り出された突きの嵐が、自慢の赤い鱗さえ貫いたゆえに。


「待たせたな………………師匠」

「お前………………」


 そしてそのまま駆逐される運命だった自分を救ったのが、今の今まで死にかけだった青年であったゆえに。


「今度こそ、あんたに勝つよ」

 

 そしてつい先ほどまで守られる立場であった弟子は再び告げるのだ。

 尊敬する師に、幸福な最期を送ることを。

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


ギルガリエサイドに新たな援軍が登場。と同時に佳境へ。

個人的にはこちらサイドはもう一方では絶対にできないお祭り騒ぎの戦いを。そして師と弟子の戦いを数話で描き切れればと思っています。


一気に駆け抜ける予定ですので次回か次々回には終わるかも、です。


それではまた次回、ぜひごらんください!


追記:前二話の『最後』の表記が間違っていたので直しておきます。申し訳ありません

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