最後の壁 三頁目
「一目見ただけでこれが重要なものなのはあたしだってわかるんだけどね………………そこまで取られたくない情報なのね」
壁を突き破りアイビス・フォーカスの前に現れたギルガリエ率いる仮面の狂軍。彼らの数は優に百を超えていたのだが、その様子はこれまでとは異なっていた。
「そんな熱烈な視線で見られると、意地悪したくなっちゃうじゃない」
視線、そう視線である。
集まった狂戦士たちはみな一言も発さずに、仮面の奥にあるもはや機能するかも怪しい双眸をアイビス・フォーカスの右腕。つまりモニターの中に突っ込んだ掌が持っているデータに意識を注いでいるのだ。
『少しでも余計な事をすれば殺す』と言うような迫力を纏った状態でだ。
「「!?!?!?!?」」
「あら? 援護は必要なかったわよ。何をされようがこのデータは科学者連中にまで送るつもりだったし、負けるつもりはなかったんだから」
「そう言うなって神教最強。アタシも同族たちも、頭のない雑兵の掃除ばかりで飽き飽きしてたんだ。ここらで一つ、骨のある奴らと戦いたかったところなんだからさ!」
「やりがい求めて三千里ってことね。まぁそれなら止めはしないわ。お好きにどうぞ」
壊鬼を筆頭とした鬼人族の面々がこの決戦に参戦したのはこのタイミングで、全神経をデータの行く末に向けていた仮面の軍団は、正気ならば対応できるはずであった不意打ちを完璧に喰らい瓦解。半数以上が壁に叩きつけられ床に転がり、残る面々の九割が深手を負いながらも数歩の後退でとどまった。
「ギャァァァァ!!」
「………………一人だけ仮面を被ってないね。しかも見覚えのある顔をしてると来た」
「ギルガリエさんね。どうする? あたしが相手しましょうか? いくら貴女でもあれはキツイでしょ?」
「メインディッシュを目の前にして退くような馬鹿じゃないよアタシは。アンタは手にしてるブツでも眺めときな」
ただ一人。アデット・フランクと同じタイミングで仮面をはぎ取ったギルガリエだけは先の不意打ちに完璧に対処。仕掛けた鬼人族の青年の腕が吹き飛び、彼のあげる悲鳴を耳にしながら二人の女傑が会話を行い、
「我が槍に――――貫けぬものはなし」
「「!!」」
静かな呟きと共に繰り出された一撃を前に、今度はアイビス・フォーカスと壊鬼の二人が驚く事になる。
「マジ、か!」
「これが彼の本気なのかしら? ちょっと、不味いかも」
あまりにも、そうあまりにも極まっていた。
手にしていた槍をただ突き出すだけの刺突。口にすればごく単純。槍術という一分野で見てみても何の変哲もない基本的な所作である。
ただそれを極めた場合の結果を彼女らは初めて見たのだ。
肉を骨を、空気を空間を裂き、あまつさえ壊鬼の持っている金棒。すなわち神器『大黒天』さえ抉り抜いた。
それは一呼吸の間に六度繰り出され、アイビス・フォーカスの四肢と頭部を、壊鬼の脇腹を、あっさりと無くし、
「っ!」
これを契機に火蓋は切って落とされる。
他の者らが我先にと他の狂戦士達へと向かい終えたタイミングで、頭を再生させたアイビスが空いていた左手の人差し指をまっすぐに伸ばして真横へ。これだけで十種の最上位属性術が発動したが、ギルガリエはものともしない。
手にした黒い魔槍『カオクロフィー』の能力で術技が存在する空間を削除すると、未だデータを握っているアイビス・フォーカスへと向け疾走。
「おうら!」
間に割って入った壊鬼はど真ん中を抉られた金棒を振り抜きギルガリエの顔面へ。もう一本の槍。白い魔槍『イールバング』で防がれるも、接触と同時に生じた巨大な火柱が彼の体を閉じ込めた。
「…………死人についてももうちょい詳しく知っとくべきだったね」
その代償が体の至る所に空いた穴ぼこであった。
防御と同時に繰り出された黒い魔槍の刺突は彼女の体に百個の穴を空け、倒れはしないものの千鳥足に近い足取りで二歩三歩と後退。
こうして接近戦が苦手分野なアイビス・フォーカスと情報不足と単純なスペック差に襲われた壊鬼は瞬く間に追い詰められ、
「我が槍は――――――」
「うるせぇっての」
このまま戦いが終わるタイミングで、またも横やりが入る。
今しがた百の穴を体にあけた壊鬼以上の傷を負い、前進から未だに血を流している存在。
つい先ほどまでこの化物と戦い、九死に一生ながらも生き抜いた鉄閃で、二人を仕留めるために繰り出された一撃を上に弾き、続く連撃も全て捌く。
「あんたらには悪いがこの人だけは俺がやらなくちゃいけないんでな。手伝いなら歓迎するが、俺無しで決めるのはダメだ」
「死にぞこないが偉そうな口を………………と言いたいところだが、ここはアンタを立ててやる。楽しみたい気持ちもあるが、それ以上に勝たなきゃならないからね。共同戦線を張ろうじゃないか」
「そうかい。なら――――俺達を吹き飛ばしなデカブツ!」
「俺様をデカブツなんて仇名で呼ぶなぁ!!」
直後にした提案に壊鬼は同意し、鉄閃は肺が一杯になるほど吸い込んだ息を吐き出し外部へと向け咆哮。
少々遅れてこの場に到着した新たな影。竜人族のデリシャラボラスの腕が壁を突き破り、部屋の明かりを点滅させながら彼等へと向け押し進み、鉄閃と壊鬼を捉え先へ。
「痛ぇなクソが!」
そのままギルガリエまで包み込もうとしたところで反撃に遭い腕を斬られるが、竜人族が備える分厚いウロコが威力を激減し、切り離されることはなく更に前へ。
「おら!」
「っ!!」
ギルガリエの体さえ飲み込むと、渾身の力で明後日の方角へと投げ飛ばした。
「じっくりと楽しみたいのが本音なんだけどね、傷も辛いし一気に行かせてもらうさね!」
ここで地面に着地するのを待つまでもなく壊鬼が攻める。
手にした金棒の神器『大黒天』を大きく振り上げると、狙いを真下にいるギルガリエへ。
当然理性が失われた状態であろうと、それをわざわざ受けるほど彼は愚かではない。振り抜かれるよりも遥かに早く槍を突き出し、
「?」
当たりはするが刺さらない。切っ先に集まった砂が血で固まり、鋭利な刃物としての機能を奪っていたのだ。
「技はいいけど細かな気配りが足りないね。本来のアンタなら、たぶん槍の僅かな重さの違いとて気づけただろうにねぇ!」
これにより痛みはあれど深手を負うことはなかった壊鬼が再始動。
神器『大黒天』が秘める能力『一極集中』により、全身の力を全て両腕に集めた彼女の一撃がギルガリエの体に突き刺さり、落下地点を中心とした半径三キロ以内の地面がひっくり返り、木々は四方八方へ。
「意外だね。『トドメくらい俺にさせろ!』くらい言うと思ったんだけどね」
「言う言う。絶対に言う。けどそりゃ、トドメを刺せた場合の話だ。あれくらいで終わるほど俺の師匠はヤワじゃねぇよ」
「全身全霊の一撃だったんだがマジかい。びっくりだよ」
遅れて砂埃舞い足の踏み場に困る地上に降り立った二人がそんな会話を行い、砂埃が晴れたところで目にするのだ。
体の損傷を煙をあげながら再生していくギルガリエの姿を。
「………………おい鉄閃。コリャ一体どういうこったい?」
「さぁな。ただ、俺達にとって不都合な事が起きてるってことは理解できるぜ」
皴や白髪が目立つ老年期の姿が、徐々にだが若返っている様子を。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
VSギルガリエ本格始動。この仮面が秘めている切り札がついに発揮されます。
ただ正直言うと書いてるうちにちょっと予定変更がありまして、全体の話数としては短めに終わらせる予定なんですが、ちょっと登場人物が増えるかもしれないです。
神の居城側のメンバーに大きな変化を与えられない以上、残った面々の最後の出番がこの戦いになる可能性が多いため、もちろん全員ではないのですが、出せる面々は大なり小なり活躍させることが出来れば、なんて思ったのが原因です。
勿論だれないようには気を遣うので、その辺りに関しては安心してもらえればと思います。
それではまた次回、ぜひごらんください!




