最後の壁 二頁目
惑星『ウルアーデ』全域を戦場とした今回の災厄は佳境に突入した。
これは神の居城内における熾烈な戦いが最上階のみになったこと。加えて黒い海に対する対抗案が提示され、その場にアイビス・フォーカスやシュバルツ・シャークスを筆頭とした多くの者らが集結し始めたことから明白であるが、訪れた変化はもう一つある。
「おいアル。この反応は」
「まさかこいつら………………まだ強くなるのか!?」
それがこの状況で起きた黒い海から生まれた生物の進化。更なる成長による公正である。
「こいつら! まだ数は少ないが『超越者』クラスに届く域まで育ってきたか!」
「く、クロバ様ぁ! こちら! もう限界です!」
全身の筋肉が膨張し、音を置き去りにする速度で動けるようになった二足歩行型。同じく四肢の筋肉が発達し、全身を結晶化させ刃の塊へと変貌した動物型。それに邪魔な障害を砕くために両腕を棍棒やハンマーに変えた破壊型に巨体を生かし大勢の人間を殺す殲滅型など、多種多様な形で人々を追い詰めるそれらは、クロバが苦々しい口調で語った通り、この世界における最高戦力に比肩する力を発揮できるようになっていた。
不幸にもこの進化のトリガーとなった原因の一つはウェルダの登場であり、当の本人はさして苦労することなく退けられたのだが、他の大勢に被害を与える事態になっていた。
「耐えろ! そうすれば俺が助ける!」
幸いまだ『超越者』クラスの者達を凌駕しきっていないため敗北に至る事はなかったが、これらの個体が大量生産される結果になった場合の未来は暗い。
「アルさんビンゴです! あいつらが学習する要因は、やはり結界維持装置にあったようです!」
「聞いたかガーディア=ウェルダ! このまま全ての結界維持装置を破壊するんだ! そうすれば奴らがこちらの動きに対する対策を練ることはなくなる!」
『わかったから叫ぶな。うるせぇんだよ」
「そ、それともう一つ。エネルギーの出所に関してお話が」
「出所だと? なんだそれは」
その暗い未来を晴らす情報をアルが大声で伝えるとウェルダが苛立った声で返答。他の者らが安堵から息を吐く中、キーボードに何かを叩き込み続けていた研究員が遠慮がちに話し始め、ジグマが先を要求すると語り出す。
「その…………自分、気になったんですよ。『粒子術を使った形跡もないのに、どうやって延々と成長を続けているのだろう』って。それで調べてみたら、どうやらこいつら………………感情を食べているようなんです」
「感情?」
「ええ。彼らは人が持つ負の感情をエネルギーとして成長しているようなんです」
「君、ちょっと待つんだ。つまりなんだ。君の言う通りなら、奴らは我々が恐れ続ける限り無限に成長するという事じゃないかね?」
「しかも今世界中で起きた成長によって実力は拮抗した。なら次の成長は!」
「は、はい。おそらく、それほどまで時間をかけずに………………」
その内容は喜ばしいものではない。むしろ明るくなった先の未来を黒く塗りつぶすもので、その場にいた研究員の大勢が、彼らを育てるエネルギーになると言われながらも嫌な未来を思い浮かべ、負の感情を抱いてしまう。
「………………………………いやちょっと待て。それならなんであいつらで溢れかえっていないんだ?」
「え?」
とここで、疑問を覚えたのは三賢人の一人ジグマ・ダーク・ドルソーレであり、『異議あり』と言った様子で口を開く彼に対し、大勢の視線が突き刺さる。
「極々単純な疑問だがね。我々の絶望を養分として進化するというのなら、成長して強くなるたびにその速度は増すはずだ。人々が苦しめられる割合が多くなるわけだからな。しかしだとするなら先ほど行われた進化の速度は、もっと早くてもよかったはずだ」
「確かに」
「言われてみれ、ば?」
「今だってそうだ。進化した個体がもっと一気に湧き出てもいいはずなのに、各地に一匹ずつあてがわれた程度じゃないか。この事実は君の口にした内容と明らかに矛盾しているぞ」
「作るためのコストが大量にかかるとかではないか?」
「あり得る話ではあるがそれにしても少なすぎると私は思うな。あれでは木偶の棒と変わらん。そんなのは学習機能を持っている奴ららしくない」
彼が指摘したのは今の状況。進化の速度に関してであり、この異変に関する答えとしてまず初めにアルが一般的な意見を。けれどジグマはそれを易々と切り返し、
「「「あ。まさか」」」」
続いて幾人かが同じものを思い浮かべる。
『それこそが結界維持装置の本当の役割ではないか』と。
つまり壊せば壊すだけ学習能力を奪え、更には負の感情を集める効果も鈍化させられる。加えて今まで見せて来たような戦術を敷くようなこともできなくなるのではないかと思ったのだ。
「ウェルダさん! もっと急いで結界維持装置を破壊してください! もしかしたら貴方の活躍が、世界の明日を分かつ分岐点かもしれない!」
『ずいぶん大きく出たじゃねぇか。まぁいいがな。さっさと終わらせるから待ってろ。あとうるせぇ! 数を増やすな!』
とすれば通信先のウェルダに対する研究者たちの声に更なる熱が宿り、悪態を吐きながらもウェルダの動きがより機敏なものに変化。
周辺の人らを全て助けながら、結界維持装置を壊す速度は上がっていく。
「メインコンピューターはこれね。さて………………あたしの手でハッキングできる程度の仕掛けならいいんだけど」
一方の黒海研究所サイドでは上へと登ったアイビス・フォーカスが明かりをつけた部屋で目的の物体を発見。掌を実体のあるものから無数のデータの集合体へと変化させると、目の前のモニターの中へと文字通り挿入。内部の情報を読み取る際に邪魔なファイアウォールやパスワード入力を、力技で破壊していく。
「………………黒い海経過観察プロジェクト。まぁこの場所の目的そのものなわけだからあって当然なんだけど、口にするだけでおぞましい気分になるわね」
それを十数秒続けて見つけ出したのは目的の代物で、嫌そうな顔をしながらモニターに突っ込んだ掌を操作。
数百年という長い年月のあいだ行われた研究の成果。神の座イグドラシルが人に知らせることのなかった裏側の始まりである目次に辿り着き、
「いえ冷静になりなさい私。まずはこのデータをアルたちの方に送る事を――――」
中を見るよりも早く、やるべきことに着手していく。
「中を見渡しやすいよう明かりをつけたのは失敗だったわね!!」
仮面の狂軍が黒海研究所に到着し彼女に襲い掛かったのはそのタイミングであり、先頭を歩くギルガリエの右手には神器の槍ではなく意識を失った弟子の姿があった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
本筋である二ヶ所から離れた科学者サイドへ。このタイミングで出すのは空気が読めていないと言われてしまう気もしますが、この話の最後に関わる事なのでご了承いただければ。
こういう行間の話はこれでほぼ終わり。次回からは最終決戦へと移行します。
ただ申し訳ありません。賞に出す予定の小説の進みが芳しくなく、次回投稿は少し先の2月24日月曜日とさせていただきますので、よろしくお願いいたします。
それではまた次回、ぜひごらんください!




