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その名の証明


 ゴットエンド・フォーカスという存在は異常な幸運に恵まれている。

 これは生まれつき持っていた因果律『絶対勝利』の影響であり、彼の人生において『足りない』という言葉は存在しなかった。


 金も服も、家も食料も粒子も才能も、いやありとあらゆるものを彼は生まれながら手に入れる定めであったと言っていいだろう。


 だがそれは、決して幸せに繋がるわけではない。

 『幸運』と『幸福』は別のものであるのだ。


 その証拠に彼は生まれ育った雪国では忌み子として嫌われ、避けられていた。

 多くの人らが生活に困窮する中、いつだって物に溢れ、苦も無く日々を過ごせる少年を、憎しみの視線で見つめていたのだ。

 もしも親がいたのならば話は違ってきていたのだろうが、彼の親は彼が赤子の時に死んでいた。ゆえにそれからしばらくの間、彼は一人での生活を強いられることになるのだ。

 にもかかわらず一般的な人らよりも裕福な生活を送れるのが続いた結果、いちゃもんをつけてくる人らが現れ、それを退け続けると、人々は少年を恐れ始め、更なる孤独に襲われる事になる。


 いわば不幸の螺旋が出来上がってしまったのだ。


『貴方が――――ですか』

『………………誰?』


 そんなある日のこと。

 その国にしては珍しい雲一つない晴天の中、少年の前に突如現れ声をかけたのが神の座イグドラシル・フォーカスである。

 様々な力で溢れてるこの世界においても極めて摩訶不思議な力を持った少年の噂を聞いた彼女は、千年待ち望んだ希望の種であることを期待。


 出会ったところで望みは果たされる。

 彼女のだけではない。彼にとってもだ。


 イグドラシル・フォーカスはずっと望み続けた『果て越え』となり得る際を見つけ、

 少年は幸運だけでは手に入れられなかった人の心。他者からの愛を手に入れた。


 そしてその愛をゴットエンド・フォーカスという名をつけられた彼は人生で一番大切であると捉え、彼女の想いに応えたい一心で日々を送った。少ないながらも親しい関係を築いた。世界を守った。

 ゲゼル・グレアとの親交が前者で、侵略者たちの撃退が後者だ。


 そこに至るまでの道のりは彼ほどの存在にしても生半可な物ではなく、その経験が今、彼を支える。

 ガーディア・ガルフが感じていた意気の正体。最前線で戦う戦士がみな抱えている自信となり、二人の優劣をつける大きな要因となったのだ。


(なぜだ。なぜ!)


 なったはずなのに………………差が縮まる。

 引き離したはずのガーディアの手が自分の背中に近寄っている。


「まずは一本だ。このままもう片方も貰うぞ」


 その証拠が今だ。

 これまで必ず己の期待に応えていた『戒の十手』。その強さの秘訣である先端部分が真横から襲ってきた斬撃に篭っていた熱により溶かされ弾き飛ばされが、彼はそれを現実であると受け入れられない。


(できるはずはない。僕は今、彼と同じ領域に立ったんだ。なのにこんな!)


 イグドラシルやゲゼル・グレアから飽きるほど聞いていたガーディア・ガルフの伝説。


 それに勝るための秘策にして切り札たる黄金の双掌をゴットエンド・フォーカスは発動した。


 耐え切れない負荷が襲い掛かるという事実を知っていてなお、勝つために彼の動きが見えるだけの動体視力を得て、他の誰もが真似できない量の肉体強化を己が身に施した、彼と同等のパフォーマンスを発揮できるようにした。


 最大の懸念点であった持久戦への移行に関しても、幸運なことにガーディア・ガルフから乗って来た。


 だから彼は勝てるはずなのだ。負ける要因などあるはずがないのだ。


「ぐぁ!?」


 その確信をかき消すように、ガーディア・ガルフの繰り出した蹴りが右肩を捉える。これにより崩れかけた態勢を急いで整え反撃に転ずるが、手にしていた『白皇の牙』が姿を変えた鞭によりあっさりと絡めとられ、壁に叩きつけられる。


「消え!」

「虎砲」

 

 回復を行いながら視線を上下左右に向ければ目で追うよりも早く声が聞こえ、慌ててそちらに視線を向けるが姿はなく、見当違いの方角から飛んできた防御力貫通効果を秘めた衝撃波による砲撃が体を貫く。


「まさか――――――貴様は」


 そうして下の階へと続く床を砕き、シュバルツ・シャークスとアデット・フランクの戦場となっていた第二階層に辿り着いた時、ゴットエンド・フォーカスは理解した。いや理解させられてしまった。


「今までよりも――――――――素早くなってる、のか?」


 あまりにも。そうあまりにも自分に不都合で認めたくない現実を。


「…………今の私はつい先ほどまでの私よりも明らかに速く動けている。だから君の意見は当たっているんだが、実のtころこの結果には私自身が一番驚いている」

「何だと?」

「限界ギリギリまでスピードを出したのは久しぶりだったんだが、絶対消滅で空気抵抗やらを刑した今の私はこんなにも速く走れるんだな。知らなかったよ」

「………………………………………………」

「どれだけでも加速できるというのかな。今ならさっきまで君がやってた銀河群の挟み込みも、地力で躱せる気がするよ」


 対するガーディア・ガルフの返答は自身に対して関心した様子のもので、これを聞きゴットエンド・フォーカスは鼻白んでしまう。


 要するにだ――――――――――ガーディア・ガルフはことここに至り真価を発揮したのだ。

 覚醒したわけでなければ、加減していたわけでもない。

 ただこれまでやってこなかったことを気になったから試し、その結果が今、明確な形としてこの戦場で発揮されただけなのだ。


「ふざ、けるな」

「?」

「ふざけるなぁぁぁぁ!! そんな、そんなことを素直に認められるかぁ!!!!」


 その事実を前にしてゴットエンド・フォーカスは吠える。

 自身が今日まで築き上げた努力の結果。それに自滅覚悟で行った無理やりな肉体強化と秘策を、あまりにも容易く突破した目の前の果て越えに対し、自身の想いと感情をそのままぶつける。


 その根底にあるのは全てを悟った故の悲観であり、


「なってしまったものは仕方がないだろう。諦めたまえ」


 それをあっさりと払い除け、ガーディア・ガルフが動き出す。

 これまでよりもさらに早く、攻撃の回数を増やし、対応策を必死に繰り出すゴットエンド・フォーカスを追い詰める。


「お、おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ………………………………!!」


 咆哮をあげながら打ち出した攻撃の全てが、彼が心の柱としている幸運の力によりしっかりとぶつかる。

 けれどそれが血肉に届くことは決してなく、気が付いた時には突破され、あらゆる障害を突き破ったガーディア・ガルフは前に出て攻勢に転じている。


 二つの巨大な黄金の掌も。残っていたもう片方の十手の先端部による防御も。果ては見えない壁や周囲を舞う破壊の球体さえあっさりと突破してゴットエンド・フォーカスの体に攻撃を叩き込む。


「もう一本もいただこう」


 その果てに残った一本の神器の先端部も熱と斬撃の合わせ技で吹き飛び、彼が最も信頼していた守りが瓦解。

 繰り出される直線と曲線の猛攻がゴットエンド・フォーカスの肉体に突き刺さる。


「まだ、だ! まだまだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 頭が沸騰し、体が今すぐにでも休みたいと悲鳴を上げる。目と鼻と口からは絶え間なく血が流れ、回復が間に合わない。

 そんな全ての苦痛を捻じ伏せるように声をあげ、ゴットエンド・フォーカスは自身にかける様々な能力や術式をより強力なものにしていく。

 さらに早くなった彼の速度に追いつき、不規則かつ唐突な変化を行う攻撃の数々を防ぎ、躱し、


「捕らえた!」


 四方八方を因果律『絶対勝利』を施した無限に近い球体で包み込み、


「逃げたら死ぬよ。その場に残っても死ぬけどなぁ!」


 口から血を吐き出しながら、自身の切り札足る二つの黄金の手。『金剛神・双掌』を前に持っていき、仕留めにかかる。これで勝負がつくと頬を歪めながら。


「早くなったのは速さだけではじゃない。思考速度もだ」

「………………………………な、にぃ!?」


 そんな彼の必死の抵抗さえもガーディア・ガルフは華麗に躱す。

 背後に設置された無数の球体の内、自分が通れる程度の穴を空けるために必要な最小限の物に攻撃を数えきれないほど叩き込み破壊。

 目の前の黄金の掌が触れた瞬間、自分の体を勢いよく引きダメージを受けずに脱出し、姿を消したかと思えばゴットエンド・フォーカスの背後に回り、肘打ちを脇腹に叩き込み壁にぶつける。


「認めない………………僕は! 認めないぞぉ!」


 その衝撃に屈しかけた彼は、けれど再び怒声をあげながら立ち上がると、自身の側にある黄金の掌にガーディア・ガルフを捻り潰すよう指示を。

 その際に目にしたのは己が立ち上がるのを待っていたガーディア・ガルフの姿で、彼は掲げた右腕に己が神器を装着。その形は馬上で掲げるような突撃槍の姿に変化し、


「――――――――」


 瞬間、彼の頭をよぎるのはかつて何度もイグドラシル・フォーカスが告げていた言葉。『果て越え』とは如何なるものであるかという話。


 それはそう。まさに今のような状況。

 すなわち努力も、思いも、いや敵対者の秘める全てを悉く潰す無情なる存在というもので、


「君と同じ、いや私と君以上の怪物を沈めた奥義だ」


 ゴットエンド・フォーカスは悟るのだ。


 敵対した全ての存在にこれまで自分が行ってきた不条理かつ不都合な結果。


 それが今、自分の身に襲い掛かった事を。


突撃槍ランス


 そうして繰り出されるのは、終末を告げる黒い太陽を刺し貫いた究極の一。

 それは迫る黄金の掌を瞬く間に貫き、不可視の守りも他様々な防御さえ突破し、


「――――――――」


 互いの視線が交錯した刹那、『果て越え』ゴットエンド・フォーカスの体を貫いた。

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


遅くなってしまい申し訳ありません。『果て越え』二人による超域の戦い。その完結編を投稿しました!

振り返ってみると十話以上彼らは戦っていたわけですが、一から十まで濃い内容の戦いができたのでは、などと思います。


規模やら技術。所有してる反則クラスの特徴も、個人的には他にはないレベルのものであるつもりで、『超越者』クラス最強格のシュバルツでもまだまだ敵わない。『さすが『果て越え』』などと言ってもらえるキャラクターを作ったつもりです。


なお第五階層の戦いのテーマは『最強対決』。そのまんまですね。

次回からは他の場所へ。中盤戦を乗り越え、ついに終盤へと向かいます。


それではまた次回、ぜひごらんください!

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