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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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武の境地が抱くもの 四頁目

遅くなってしまい申し訳ありません。

ウルアーデ見聞録、本日分を更新します


「いやはや、まさか一太刀貰ってしまうとは! 某もまだまだ脇が甘い!」


 未だ戦いの熱気が冷めず闘技場内で歓声が続く中、二人を連れ元いた控室に戻ったブドーは、これ以上愉快なことはないとでも言いたげな様子で笑う。


「あの結果でそのコメントって……やっぱり闘技王っていうのはすごいですね」


 それを聞いていた蒼野が、目を覚ましたベットの上で穏やかに笑う。

 そんな蒼野とは対照的にゼオスは両腕を組んだまま静かに佇んでいるが、


「なんだよ。実力差は歴然だってのはわかってたことだろ。そう怖い顔するなって」


 その表情の真意に気が付いた蒼野がそう語り、楽観的な表情をする彼とは反比例するようにゼオスの顔が渋い物に変化する。


「どうしたんだよ渋い顔して?」

「……貴様の考えが気にいらんだけだ」

「そうか、まあいいさ。殺すつもり、とかそういう気持ちではないんだろ?」


 へそを曲げた様子の彼の様子を見て蒼野がそう告げるが、それを耳にしてゼオスは心外だとでも言いたげな様子で息を吐いた。


「……ロッセニムは四大勢力全てが密接に関与している場所だ。そんな場所で無法を働くほど、俺は愚かではない」

「ならいいさ。そうじゃないなら問題ない」

「……ちっ」


 その答えを見透かしていたかのように蒼野が穏やかな笑みを蒼野が浮かべ、その様子を見てゼオスが顔を背け舌打ち。

 そんな光景を目にしてブドーは安堵する。

 任された依頼をある程度はしっかり果たすことができたと理解したのだ。


「二人とも礼を言わせてくれ。お主たちの協力のおかげで闘技場は大いに盛り上がった」


 とはいえ、それをここでわざわざ口にすることは害はあれど益はない。

 なので二人が再び喧嘩をしないように割り込み、頭を下げて個人的な事情の礼をする。


「ま、待ってください。わざわざ闘技場の主が俺達なんかに頭を下げなくても!?」

「いや、おかげで場が盛り上がったのだ、しっかりと礼は言わせてくれ」


 戸惑う蒼野に、言葉を失うゼオス。

 そんな彼ら二人の前で彼は数秒ほどその姿勢を保ち、その後ゆっくりと顔を上げると、そこに張りついていたのは改まった様子の表情ではなく豪快な笑顔だ。


「これからの事だが、今日はゆっくり休むといい。ヒュンレイ殿から戦ったあとは中々動けぬようになっているだろうから、泊まらせるように伝えられている」

「いやそこまでしてもらわなくても大丈夫……てあれ?」


 ブドーの好意を断ろうと蒼野がベットから降り立ち上がろうとするが、足に力が入らず、力なく地面に崩れ落ちた。


「傷は治ってるのに力が入らない……なんでだ?」


 能力が発揮できる制限時間を超えていたゆえに時間回帰を使う事はできなかったのだが、それにしても疲労の溜まり方が異様である。

 なので疑問をそのまま口にすると、


「体の傷ではなく、心が傷を負ったという奴だ」

「こ、心?」


 ブドーの返した答えを聞き、蒼野が声を裏返らせる。

 何せ目の前の人物は体育会系のノリの人物だ。

 そんな人物が心に傷を負うなどという感想を口にするとは到底思えなかったのだ。


「うむ、心……というより魂が疲弊している状態だ。未熟なものが格上を相手にした場合、戦いの最中ならば無意識で動けるが後になって動けなくなった、というのはよくある事だ。某の場合はそれだけではないが、それを兼ねての提案だったのだが、いかがかな?」

「そうですね……ならそうさせて……もらい、ます」


 ゼオスの能力を使って移動をできないかと考えて視線を向けるが、それを拒否する強烈な視線が返ってきた事で蒼野はその日のうちの帰宅を諦めブドーの言葉に頷いた。


「ヒュンレイさんに…………連絡しなく、ちゃな」

「いやその必要はない。ヒュンレイ殿は今回の事態も見越していたようでな。もしも今回のような事になった時は泊まらせるように言われていたのだ。ゆっくり休むといい」

「そう、ですか……」


 そこまで話しを聞き、一段落したところで蒼野の瞼が急激に重くなっていく。

 その抗いがたい誘惑に蒼野は身を任せると、ものの数秒で彼は再び意識を手放した。




 夢を見ていた。


 もう何年も前の出来事――――夢で見る必要もないほど鮮明に覚えているあの日の体験。

 その一幕を、最近では毎日見せられている。


 その事実にうんざりするが、なぜこの夢を何度も見るのか、私はその理由を知っている。


「いよいよですか」


 素早く懐に入っていた電子機器を取り出し、このギルドに入って以来かけていなかった相手に電話をかける。


「私だ。時がきた。力を貸して欲しい」

「了解しました」


 すると電話先の相手はなに一つ聞かずに了承し、直で見たわけではないとはいえ、子気味がいい即答を返してくれ、返ってきた声を聞き、思わず顔を綻ばせてしまった。


 残された時間は少ない。時が止まってほしいとさえ思う。


 だがそんな事はありえないと私は知っている。


 それでも、たとえ全てを敵に回したとしてもこれだけはやり遂げなければならない。


 あの日交わした約束だけは、何があっても果たしてもらわなければ困るのだ。。




「ん……結構寝てたな。…………今何時だ?」


 目を覚ました蒼野が、上体を起こす。

 辺りを見渡し最初に気が付いたのは、そこが見知らぬ天井であるという事。

 次に気がついたのが、ベットの横に置いてあった食事が冷え切っている事だ。それを見て思ったよりも時間が経ったことを理解した蒼野は、正確な時間を知るために首をそこら中に向けていった。。


「……朝の七時だ」

「うおびっくりした」


 時計を探しても見つからずどうしようかと考えていた蒼野であったが、ふと口にした言葉の答えが真っ暗な暗闇から帰ってきて僅かに動揺し、、その正体がゼオスである事を確認して息を吐く。


「七時、か。てことは丸一日ずっと眠っていたのか。お前はどうしてたんだ?」

「……適当に飯を食って後はそこらを散策していた。貴様が気にすることではない」


 実際には昼に正体不明のチケットを渡してきた少年を探していたゼオスだが、その部分を話せば目の前の存在は面倒な感想を口にすると考え、隠したまま話を進める。


「ふーん、そうか。でも気付かない内に一日が過ぎてるとは。せっかくの観光チャンスが無駄にしたのはもったいないな」


 そんなゼオスの思惑に気が付かず感想を口にする蒼野。


「ん、蒼野君が無事に起きたようだな」


 ブドーが部屋の中に入ってきたのはそんな時であった。


「昨日の夕食は食べなかったのかね? ロッセニム自慢の骨つき肉はお気に召さなかったかな?」

「あ、今起きたばかりでして。残してしまってすいません」

「そうだったのか。いやはや、これは某の配慮が足らなかった。申し訳ない」


 右手の上に乗せたモーニングプレートを、冷え切った夕食と取り換える。

 さほどおかしくもない動作ではあるのだが、それをやっているのがこのロッセニムの主なのは、奇妙な違和感を覚えてしまう。


「さあ食べるといい! 肉も温めよう、元気が出るぞ!」


 プレートの上に乗っていたのはこんがりと焼けたフランスパンに、人参とキャベツ、それに厚切りのベーコンが具材のコンソメスープ。それにカットされたトマトときゅうり、輪切りにされた茹で卵のサラダと、メインとして夕食にもあった骨付き肉が乗っていた。


「それとこれだな」


 そう言って置かれたのはガラスのお皿に入ったヨーグルトだ。それに黄色い柑橘系のにおいがするソースがかけられ、モーニングプレートの空いた空間に置かれた。


「牛乳は部屋の冷蔵庫の中に置いてあるからそこから飲むといい。足はもう動くかね」

「そうですね……はい動きます」


 崩れ落ちないかと不安そうな様子で地面に足を付けると、無事に立ち上がれ蒼野は安堵する。


「さて、では某とゼオス君も食事を始めようか」


 牛乳を取り出し戻ってきたとき、蒼野の眠っていたベットの横に円形の机とそれに合ったサイズの椅子が置かれ、蒼野の分に加え二人の食事が置かれていた。


「では! いただきます!」

「いただきます」

「…………いただきます」


 両手を合わせ、挨拶をする。

 それから各々が好きな順番で食べていき、ほんの数分後には三人とも全ての料理を平らげていた。


「そう言えば気になってたんですけど、心が負けている状態って言うのはどういう事だったんですか? 心当たりがないのに一日眠り続けたのがちょっと不思議で」


 最も速く食べ終わりおかわりのヨーグルトを一心不乱に食べていたゼオスを少々眺めながら、蒼野がふと気になった事を尋ねてみる。


「ふむ、蒼野君は『練気』をご存知かな?」

「れ、れんき?」


 するとブドーが口にした言葉に対し、蒼野は見たこともない生物を見たとでも言いたげな表情で彼を見つめた。


「『気を練る』という言葉を聞いたことがないかな。練気とはそれの事を指しているのだ」

「…………あんまり聞いたことがない話ですね。その練気をできるようになると、俺みたいに相手を動けなくすることができるってことですか?」


 過去の記憶をほじくり返しても答えは出ず、聞き返す蒼野。それに対しブドーは腕を組み少々考えると、少々困ったような表情をした。


「それも効果の一つだが、必ずできるようになるというわけではない。だが習得すれば『属性』や『能力』にも負けない、とても強い力だ。少し見ていてくれ」


 立ち上がったブドーが深く呼吸をして掲げた右手に力を籠める。すると掌の上に茶色い塊が作りだされそれを壁に当てる。

 すると強力な攻撃を受けたのと同様に壁が大きくへこみ砕け散った。


「『気を練る』とは十の属性や能力とは全く違う力だ。粒子を使った攻撃ではなく、武人が自身の纏う闘気を、各々が最も適した形にしている。

 固体として操った場合の威力については、まあ見ての通りだ」


 ブドーの説明を聞き蒼野が理解し頷くが、そんな彼の肩にそっと腕が添えられる。


「それに加えて某の操る練気には触れた相手の体力を奪う効果が付いている。君のその疲労はそれが原因だな」

「なるほど……てかゼオスがあんまり疲れてないのが意外だ。うまく立ち回ったのかお前」

「いや彼の場合はある程度気を操れる事が理由だろう」

「…………え」


 返された言葉に間を置いて蒼野が答える。ブドーの発言はそれほどショックなものだった。


「まあ初期段階の気を放出して纏うという段階、様々な効果を得る前だな。それでもそれができるかできないかの差は大きい。それに加えて粒子を用いていないため、この力は神器の対象に入らない」

「それは便利っすね!」

「そうだ」


 と、そこまで話した所でブドーが手を合わせる。

 それが食事を終えた合図だと理解した蒼野は、残った朝食を平らげ手を合わせる。


「まあそう深く考える必要はあるまい。実戦投入できるほど使いこなせるものはごく一部だ。君たちのギルドのリーダーでさえ、気を纏う事ところを見たことはあるが、練るところを見たことはない。気を練るという事はそれほど難しいことなのだ」

「善さんでさえ……てことはブドーさんは善さんよりも強いってことですか!」


 闘技王という存在の大きさに感嘆の声を上げる蒼野であるが、それに対するブドーの返事は耳をつんざく大声だ。


「いや流石に某でも原口善には勝てん。あれは粒子を使わぬ体術だけで見れば、まさに世界最強。某では一まだ勝てん」

「善さんは……そんなにすごいんですか」

「そう、すごいのだ。もしあれに勝てるとするならば……」


 蒼野の言葉を聞き、ブドーは視線を窓の方へと向け、そこから見える一体の銅像を凝視する。


「先代闘技王・レオン・マクドウェル。存命の者の中で純粋な体術で叶うとすれば、あの方くらいだ」


 そう言って銅像を眺める彼の視線には強い尊敬の念が籠められている。

 蒼野とゼオスも神妙な顔でそれを眺める。


「すごい人だったんですね」

「ああ。すごい人だった。それこそ彼がいた頃の席取りの抽選会は今の百倍以上であった。人気も強さも、某ではまだまだ敵わん」


 外の銅像を見る彼の視線に込められるのは純粋な尊敬の念。

 勝って取った闘技王の座ではなく突如理由も告げずいなくなったため得た彼とは違う、『闘技王』を名乗る資格を持つ真の猛者。


「ところでお主らはいつ頃帰る予定なのだ?」

「急な事態で一日休んでしまいましたし、次の電車に乗って帰る予定です。いきなり泊まることになって、康太も心配してると思いますし」

「ふむ、そうか。ならば急ぐといい。あと五分もすれば君たちが乗ってきたものと同じ駅に止まる電車が出る。それを逃すと、次は一時間後だぞ」

「それは困る。早くいかなくちゃいけないんですけど……」


 蒼野が視線を向けた物を見てブドーが思わず吹き出してしまう。


「急いでいるという時に食器の片付けなんて気にしなくてよい。某が全てやっておこう」

「な、ならせめてブドーさんのサインを!」

「……おい、貴様その調子でどれだけ時間を無駄にするつもりだ」

「いやでもよぅ……」


 駄々をこねる子供と化した蒼野を見て今度は大笑いをするブドー。

「そんなに某の事を気にいってくれているとは思わなかったな。話によると蒼野殿は極度の緊張しやすい人物と聞いていたから、某を見ても動じない様子を見て、さして興味を示していないと思っていたのだが」

「いえいえいえいえ!! テレビで何度も見てましたし大ファンですよ! 極度の緊張については最近やっと心臓に毛が生えてきたところで」

「ほう。という事は凄まじい大物にでも出会ったのかね?」

「いやそれが実は」

「……おい。これ以上は本当に時間がないぞ!」

「いやでもせめてサインを!」

「…………」


 このままでは埒が明かない。かといって自分ではこの状況を打開する術を持ち合わせていない。口下手なゼオスがそう思い今代の闘技王に視線を向ければ、その意図を察したブドーが頷き蒼野の肩を叩く。


「サインについては某が郵便で送っておこう。今日は早く帰って仲間を安心させるといい」

「そ、そうですね。ダダこねてすいません」


 そう言った蒼野が頭を下げ、わかれのあいさつを行い、二人の戦士は楽園を後にした。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


というわけで遅くなってしまいましたが本日分を更新。

そして今回の話をもって、この物語全体における力関係の基本が完成しました。


神器は能力に一方的に強く

能力は属性と練気に強い

属性と能力は神器に強い


という感じです。

まあ実際には本当に上の存在は二つ以上所持している事が結構多いですが、

この形が基本で、後は諸々の相性です。


異能に関しては物によって違うので、一括りでは言えないです


という事で今回の物語はこれにて終了。


次回は準備回で、その次から眺めの物語です。


それではまた明日、よろしくお願いします

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