兆し
ゴットエンド・フォーカスの繰り出した一撃は確かにガーディア・ガルフを捉えたが、それがそのまま勝敗に繋がることはなかった。
己が体を浸食し、塵一つ残さず消滅するよりも早くガーディアが身を引き、致命傷から逃れた故に。
「もういいでしょう先輩。無駄な抵抗は止めて大人しく僕に殺されてください」
「…………何?」
とすれば反撃を行おうと身構え目標を見据えるため視線を向けるが、思ったよりも遥かに近い、声が聞こえる距離で行われた提案に僅かに顔を曇らせる。
「貴方は確かに速い。間違いなく人類、いや文物万象において最速だ。それは認めよう」
「………………」
「けれどね、貴方は僕にだけは勝てないんだ。あらゆる法則を『僕の勝利』に書き換える因果律『絶対勝利』が。宇宙の創生と破壊を無限に繰り返せる量の粒子が。なによりこの身を包む幸運が、貴方の勝利を遠ざけかき消しているんだ」
「………………………………………………」
「まぁ、ここまで僕の幸運が作用したのは初めてのことだけどね。ひょっとして先輩は運が悪い人ですか?」
続くゴットエンド・フォーカスの告白であるが、他の要素に関しては別として、運に関してだけはなんの反論もできなかった。
それほどまでにガーディア・ガルフは運とは無縁なのだ。
くじ引きでハズレ以外を引いたことがなく、運が絡む賭け事やゲームは全戦全敗。
あまりにも悔しく、つい最近になり因果律『全体消滅』で結末を捻じ曲げた際には、シュバルツに『お前いま絶対能力を使っただろ』と指摘されたほどだ。
「君は…………ただめんどくさいだけだろう?」
ただ人の感情に関しては理解する事が完全にはできない彼でさえ、ゴットエンド・フォーカスの本音は簡単に見抜けるほど明白で、
「痛い思いをせずに一瞬で殺して差し上げると言っているんだ。むしろ感謝してほしいくらいだよ僕は」
「………………」
尊敬の念を感じさせる態度を捨て去りながら肩をすくめ、尊大な態度でそう発言。
無言を貫くガーディアを見つめ意地の悪い笑みを浮かべた。
「実際のところどうするつもりですか先輩! ここまでの戦いを振り返ればわかるはずだ! 貴方に! 勝ち目なんて微塵もないことが!」
続けて行われる攻撃は『熾烈』という言葉がふさわしい。
これまでのような銀河をぶつけるような大技一発というわけではない。
太陽と同等か僅かに大きなものを無数に作り出し、手足の延長であるように振り回し始める。
「最強の炎属性粒子の使い手らしいが、全ての粒子を極めている僕からすればあまりに脆弱! 自慢の技術は使えたところで役に立たず! 貴方を象徴する速さは! 僕を構成する全てによって無意味なものとなった!」
その勢いは発せられる言葉と共に増していき、ゴットエンド・フォーカス自身はさほど意識していないにも関わらず、圧倒的な幸運の暴力によりガーディアの逃げ場を奪い尽くす。
「――――貫け!」
「無駄だぁ!」
僅かな隙を縫い、一瞬でも攻め手を奪うために打ち出された炎属性を極限まで圧縮して作った投擲槍は、直線状に並べられた五つの惑星を貫き切れず消滅。
「粒子の圧縮とは――――こうするんだ!」
返答と共に返されたのはガーディアが繰り出したものと類似した炎属性の投擲槍。
しかしそこに込められた粒子の量は、瞬く間に行われた圧縮は、炎属性使いとしては最強という自負があったガーディアの誇りを粉々に砕くほどのものであった。
「これほどとは!」
時間はほとんどかけなかったのは確かだ。
けれどガーディアがいくつかの動作を踏んだうえで行った渾身の一投を、ゴットエンド・フォーカスは指先を向けただけでなんの前準備もせず、さほど力を込めずに行使できるのだ。
「時間がもったいないので首を差し出す事を勧めたんですがね。拒否されたのなら仕方がない。そのプライドをズタズタに切り刻んだうえで殺して差し上げよう!」
そこから行使された攻撃は更なるもの。夢でも見ているようなものであった。
「数百万光年の重みを知れ!」
なにせ銀河を二つ引き寄せて挟み込むというスケールを更に巨大化させたもの。
いくつもの銀河を連ねた銀河群を、引き寄せたのではなく自らの内蔵する粒子で作り上げたのだ。
しかも二つ。
「――――――!」
それを意のままに操り襲い掛かる姿を目にすればさすがのガーディア・ガルフとて認めざるえない。
「そして! 大人しく後輩に道を譲れ!」
ゴットエンド・フォーカスは己よりも強いと。
一生命体が持つには許されないだけの粒子を持つ彼は、まさにイグドラシル・フォーカスが隠し持っていた秘密兵器であると。
しかしそれが、ガーディア・ガルフが大人しく降伏する事に繋がるわけではない。
「………………なんだと?」
直後にゴットエンド・フォーカスが目にしたのは、これほどの攻撃を行使したというのにまだガーディアが生きているという異様な光景。
いや正直に言えば、如何なる破壊力と範囲を伴っていようと動かすのは彼自身であるため、躱すだけの猶予は存在するのだ。
けれどそういう隙や猶予を無理やり潰すのが彼の持つ幸運のはずで、眼鏡の奥にある片方の眉を吊り上げながら不可解な感情を覚え、
「前に出るか。当然だな。遠距離戦で勝てる道理はまずないし、貴方の得意な距離なのだからね」
何かを考えるよりも早く、ガーディアが動く。
一刻すら無駄にする暇はないとでも言うように雄々しく勢いよく。
「こと接近戦においてはっ、流石と言っておこうかっ!」
繰り出される攻撃の勢いと鋭さは更に増し、数多の妨害や反撃をすり抜けゴットエンド・フォーカスの指先に攻撃が当たる。
無論彼は全身を鋼属性と土属性で固めているのだ。
それが意味を成すはずもない――――――――はずなのに、血が流れていた。
爪は剥がれ皮膚は失せ、その先にある肉と骨が僅かではあるが抉られていた。
「なっ!?」
この事実に驚いたゴットエンド・フォーカスは即座に回復を行い傷跡一つ残さない状態まで復元したのだが、その直後に真正面を見つめ目にするのだ。
己に傷をつけた存在。
すなわちガーディア・ガルフの姿を。顔を。
無表情が常日頃。そうでなくとも僅かな表情の変化しか見せない彼が――――童のように笑っている姿を。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸福です。
絶対勝利の内役は本編で語られましたが、ちょっと補足しますとこの因果律はあらゆる物事に『上下』という要素を付け加えるというもの。
その上で『下は上に勝てない』という法則が働き一方的に蹂躙するというものです。
蒼野や優の全力全開がただ投げた砂に敗れたのは彼が握った砂に『触れるもの全ての『上』に立つ』というルールが、因果律の優先権により『蒼野達の攻撃が効果を発揮するより前』に早く効果を発揮した故です。
そう評するとガーディアの持つ絶対消滅ほどの応用性はありませんが、単純にかつだけならば勝っているという感じです。
この能力ならウェルダのアポロ・D・エンドも一方的に蹂躙できますからね。
ガーディア殿が笑った件に関しましては次回で
それではまた次回、ぜひごらんください!




