到達者
「先手は貰うぞ! 先輩!」
これまでにない荒々しい口調が眼鏡をかけた青年の口から発せられ、繰り出される攻撃の質が大きく変わる。
球体や壁といった具合の、一定の形を持ったものではない。
雷や炎の属性粒子を、不定形のまま巨大な津波のように駆使し、ガーディアへと向け伸ばしていく。
(これだけ範囲を広げ、水のように動かしても威力は据え置きか。恐ろしいな)
未だ名も告げぬ青年の恐ろしい点は、そんな広範囲を埋めるような攻撃であろうとアイビス・フォーカスが行う最大級の攻撃を遥かに凌駕する威力を秘めていること。
そしてそれだけの事をしているのにも関わらず息切れ一つしない事である。
「………………ふむ」
「因果律か! だが無駄だ! 因果律同士の衝突の結果は! 目にしたばかりだろう!」
戦場を埋めるように粒子の波が広がり、ガーディアが駆けられる範囲が急速に縮まっていき、とどめとばかりに三百六十度全てを包囲する。
とすれば突破口を開くため彼は足を止め右腕をかざすが、対峙する青年は彼のその動きをせせら笑う。
二人の持つ最強の能力『因果律』の効果は異なるものであるが、神器を含め、『因果律』と呼ばれる能力には同様の特徴がある。
それらを最強たらしめる特権。『あらゆる事柄より先に発動する』という優先権である。
これがあるからこそガーディアの『絶対消滅』は後に続く『ある』はずのあらゆる事柄を『なかったこと』に書き換える事が出来るのだが、因果律同士がぶつかった場合、正常な効果を発揮しない。
両方が『あらゆる事柄より先に発動する』という優先権を発揮しようと躍起になり、効果を発揮できず不発に終わるのだ。
つまりその先に待っているのは純粋な威力勝負であり、ガーディアが対峙する青年はその点に関しては誰にも負けない自負があった。
「あれほどの威力の攻撃を操りながら、息切れ一つ起こさないとは。正気じゃないな。いったいどういう仕組みだ?」
「むっ!」
がしかし、ガーディアが素直に彼の土俵に上がる道理はない。
粒子をそのまま波にしたような猛威が己を包囲し圧殺するよりも遥かに早く、彼を彼たらしめん要素。
人類史上においてならぶ者のいない『速度』を駆使して危機から脱出。
名も知らぬ青年が視認する暇なく背後に回り込むと手刀による突きを放ち、目前に迫った神器の先端部を回避。
そこから更に球体による守りなどを三つほど食い破り、
「対処が早いな」
そのまま喉仏を突き刺そうとしたところで先ほど躱した雷と炎の粒子の波が襲い掛かり後退。
指先には首の皮一枚貫いたことを示すように赤い点が出来ており、受けた側の青年は鼻を鳴らすと、苛立った表情を浮かべながら喉仏の真上から流れる血を止めた。
「いや全く、噂に聞いた通りの反則レベルの速さだ。正直感心するよ。やはり全力を発揮できない状況では相手にならないか」
ただ彼の顔に浮かんでいた苛立ちの表情はすぐに掻き消え、顔に余裕の笑みを浮かべると、賞賛の言葉を発しながら惜しみない拍手をガーディアへ。
「負け惜しみかい?」
そこに込められている真意がどのようなものか。ガーディアは正確に把握し煽る。
けれど青年の顔に浮かぶ表情は変わらず、
「そんなことはない。もっと広い場所なら僕は貴方に勝てるよ先輩」
「広い場所とはどういうことかね?」
「この世界はあまりにも狭い。そして脆い。そう思ったことはないかい?」
拍手の締めとして両の掌を重ね、子気味いい音が場を支配する。
と同時に世界が変わった。
様々な色で彩られた世界が、白と黒のグラデーションだけで形成された物へと瞬く間に変貌したのだ。
「夢双領域『偽世界』。本当の世界をそっくりそのまま模倣しただけの世界なんだが、この世界ならさっき言ったことを気にする必要がない。なぜだかわかるかい?」
「周りへの危険を顧みず、好き勝手できるということだろう?」
「その通りだ。そしてそれは言い換えるなら、『星の破壊に気に掛ける』なんていうくだらない制約を気にする必要なく、全力を発揮できるってことだ!」
続けて紡がれる言葉。
それは最初は冷静沈着に、しかし末尾へと続くにつれ激情に彩られた荒々しいものへと変化し、
「来い、禍星!」
「!」
呟かれた呪文と共に空を切り裂き、紫色の炎で包まれた巨大な隕石が落下。
それは偽りの世界において彼らが戦場としている神の居城を易々と砕いていき、ガーディアと青年は真逆の方角へと跳躍。
建物を全壊させるだけに留まらず、地面を砕き、星の核を捉え、惑星『ウルアーデ』を粉々に粉砕。
二人を偽りの星々が漂う真っ黒な世界へと放り投げた。
「アイビス・フォーカスも! シャロウズ・フォンデュも! いや世界中の猛者たちが皆、戦闘の際にいちいち自分たちが住んでいる世界の心配をしなくちゃならないんだ。壊さないように! 周りの被害を最小限に! なんて考えながら力を出し渋っている! そんな状況が煩わしいと思わないかい!?」
青年の言っている言葉は真実である。
狂気に呑まれたアデット・フランクのように、自分らを形成している世界がどうなってもいいと考える物はごく少数だ。
誰もが心の奥底に、無意識で『世界を壊さないように』というブレーキをかけている。
(この星を壊すというのは言うほど簡単にできることではないんだがな)
しかしである、大前提としてそのような心配をするのはこの宇宙において最も強固な地盤を持つ惑星『ウルアーデ』を破壊できるだけの力を持つごく少数に限った話であり、更に言えばそれをなんの前準備も溜めもなしに行える目の前の存在は間違いなく異常であり、
「さあ、続きと行こうか」
「………………なんだと」
ガーディアがそのように色々な事に考えを巡らせる中、信じられない事態は続いていく。
目の前の存在は今度は掌を合わせるなどといったシングルアクションさえ用いず、つい先ほどと同じ、惑星『ウルアーデ』を粉砕できる威力と規模の巨大な隕石を生成。
その数ざっと千発。
全てがガーディアへと照準を合わせており、
「まずは先輩のお手並み拝見といかせてもらおう。久々に全力を発揮できる機会なんだ。簡単に潰れないでくれよ?」
青年が掲げた腕の動きに合わせ真下へと落下。
全てが因果律『絶対勝利』を纏っているそれは、『絶対消滅』による事象の上書きさえ許さず、
「――――――そこか」
しかしガーディア・ガルフは恐れない。何らかの力を使う必要性さえ覚えない。
彼の極めて優秀な判断能力は迫る隕石の隙間を完璧に把握。
万物万象を置き去りにする脚力で瞬く間に隙間を縫うように駆け抜けると青年まで距離を詰め、
「既に移動していた、か」
がしかし、目標の姿はすでにそこにはなく、
「素晴らしい! 流石は人類史上最速! 正直舐めてたが………………これはどうだい?」
「………………………………………………馬鹿な」
直後、ガーディア・ガルフは目にすることになる。
自分を挟むように迫る新たな脅威。
無限に近い星々を内包し、白と黒と灰の光で渦を作るそれは、まさしく彼方に浮かぶ『銀河』であり、
「銀河相殺」
青年の言葉に合わせ、ガーディア・ガルフを挟む。否、両者のあいだに飲み込んでいく。
「そういえば自己紹介がまだだったね」
それにより生まれる極限の光を僅かに目を細めながら見つめ、彼は告げるのだ。
「我が名はフォーカス――――ゴットエンド・フォーカス。義母イグドラシル・フォーカスが千年という時を経て見つけた君の後継者。つまり――――――現代に生まれた新たなる『果て越え』だ」
これほど大規模な事をしたにもかかわらず、息切れ一つせず。粒子の枯渇など全く感じさせず。
己が真名を。
至った領域に名を。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
メンテナンスに引っかかってしまったので、本日は朝投稿です。
さてついにお披露目となるクソメガネことゴットエンドの真価が発揮される回。
そして作者がクソメガネと呼ぶ理由の片鱗が見えたりもします。
今回の話を見て『そりゃ蒼野達でも勝てないわな』とでも思っていただければ幸いです。
次回で詳しい説明がありますが、今回やったような事を顔色変えず連発できるというのが彼の強さなので、基本的にダメージレースをしてはいけないです。
他にも存在する彼の強い点。対するガーディアの対応策など、まだまだ見どころ目白押しな最強決戦。最後までぜひお付き合いください!
それではまた次回、ぜひごらんください!




