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前哨戦 始まり衝突


 ガーディア・ガルフの出現により第五階層における戦いの状況が大きく変化したのは間違いなく、蒼野達の中にこれまでとは桁違いの大きな希望が芽生えたことも嘘ではない。

 

「来てもらって早々悪いんですが、俺達を上まで送ってもらえますかガーディアさん?」


 だが安心することはできない。

 目下最大の問題、すなわちイグドラシルのもとに辿り着くという目的は未だ達成できておらず、蒼野が挙手しながら発言。ガーディア・ガルフは即座に眉を吊り上げた。


「ゼオス君の瞬間移動はダメなのかね?」

「……奴が何か仕出かしている。はたまたこのフロアの効果だろう。移動系の能力全般は極々狭い範囲しか発動できないようになっている」


 続けてゼオスが簡潔に説明すると彼は数度頷き、目の前に存在する蒼野達すら名も知らぬ存在を一瞥。


「彼に関して、知ってる限りのことを教えてくれ」

「あ、はい。えっとですね」


 一歩も動かずに敗北した事実。名前を知らない事。それに実力の底が一切把握できない事を優が簡潔に説明する中、立ち塞がる存在の一挙一動を見つめ続け、


「中々厄介なように聞こえるが問題ない」

「え?」


 全て聞き遂げたところで口を開く。

 いつもと変わらぬ様子で。あっさりと。


「どんな事があろうと、私が君達を上へ導こう。だから気負うことなく好きなように動きたまえ」

「本当に…………いいんですか」

「無論だ。あぁそれと、目の前の彼を片付けたら私も上に行くつもりだが、それでいいね?」

「はい!」


 迷いなく、躊躇もせず。

 蒼野と優、そしてゼオスの三人はその姿に心強さを覚え、一度だけ頷くと早速とでもいうように駆け出し、


「おい。誰が君たちが上に行くことを許可したんだ?」


 これにより事態が動き出す。

 自分を無視するように視線を外し駆け出す三人を前に、苛立たしげな声をあげるハーティスと名乗る青年。

 彼が三人を一瞥すると、その行く手を阻むように鋼鉄の壁が立ち塞がり、三人が上へと登ることを阻む。


「決まってるじゃないか。私だよ」


 これにより足踏みした彼らの頭上に現れたのは、巨大な球体。

 『マキシマムフォー』と名乗っていた滅死の脅威であるが それが生成されきり落下するよりも遥かに早く、ガーディアは腕を軽く振り、それだけで球体は消失。

 驚愕の色を浮かべている男の顔面に、彼の履いている黒い革靴が叩き込まれる。


「調子に乗るなよ。君が誰かなんぞ僕は知らないし興味もないが」

「!」

「何様のつもりだ。この階を仕切っているのはこの僕だ」


 その一撃はけれど思うように決まらない。

 蒼野達がやられたのと同じように持っていた十手の神器の先端部分に防がれると、殺人的な威力全てが吸収され、ガーディアが息を漏らすよりももう一本の十手の先端部から放出。ガーディアの全身を包み込んだ。


「これで君たちの希望は潰えた。呆気なかったね」


 その姿が目の前から跡形もなく消えたのを目にした瞬間、その腕が再び三人へと伸び、


「君たちの未来はここに来た時点で閉ざされたんだ」

「!」

「アクアウォール」

「あぁ!?」


 これにより繰り出された術式は複雑なものではない。

 あまりにも単純で簡単。誰もが最初に覚えるであろう基本的な水の壁であるのだが、その密度と規模に息を呑む。

 密度も規模も、蒼野達の知る一般的な物とは明らかに異なる。

 それこそ万物万象を阻むような異様な迫力を備えていた。


「僕は可能な限り譲歩したつもりだ。それにさえ従えないと言うならもういらない。死ね!」


 同時に繰り出された物にも目を見張る。

 なんの前ぶりないシングルアクションで錬成された鋼鉄の剣。その密度と数も、積は勿論アイビス・フォーカスさえ遥かに超えたものであり、音一つ立てることなく前進。

 それは立ち塞がる壁を前に足踏みしていた三人の首へとまっすぐに伸び、


「正直言うと心底驚いたよ」

「なにっ!?」

「私を前にして二度視線と意識を外したのは君が初めてだ」


 その一撃が溶け始め、蒼野達に刺さるよりも早く跡形もなく消え去るより早く、この階の主へと再度蹴りが繰り出される。


「む………………だぁ!?」

「そうでもない…………なんていうのは遅かったかな」


 違うのはその結果。

 先ほどは完璧に阻まれたガーディアの一撃は、けれど今回は異なる結果を迎える。

 ガーディア・ガルフの繰り出した蹴りは確かに神器『戒の十手』の先端部に引き寄せられるように進んでいった。

 がしかし当たる直前、触れるまであと数ミリというところで軌道を変更。側面を蹴りガードを外すと、ガラ空きになった胴体へと突き刺さる。


「すご!」

「あの男を………………動かした」

「させ、るかぁ!」


 その一撃を受け吹き飛ぶ姿。

 これを目にして蒼野達は思わず足を止め感嘆の声をあげるが、当の本人は痛みを覚えた様子もなく蒼野達を一瞥。

 それだけで彼等のいる場所からイグドラシルへと至る終点への階段の距離が延びる。

 決して届かないと理解してしまうほど遠くに。


「むん!」


 蒼野達を阻む手はそれだけではない。

 生まれた果てしない空間を埋めるように無数の彗星が降り注ぎ始めたのだ。


「どうやら君は相当運が悪いらしい」


 がしかし、当たらない。

 降り注ぐ彗星は不思議な事に一発たりとも彼らに触れることなく、あまりの衝撃から彼は石像のように固まり、そうしているうちに彼らが終点へと至る階段へと到達。

 ついに上へと登っていく。


「待て!」


 無論それを黙って見届けるほどガーディア・ガルフの前にいる存在は優しくない。先には進ませないという意思を示すように粒子を溜め始め、


「私も彼等に約束したんでね。誇りをもって仕事に励むことを咎めはしないが、さっさとどいてもらおうか」

「貴様!!」

「彼らが待っているんだ。わかってくれるね?」


 それが繰り出されるより早く、史上最速が動く。

 三度自分から視線を外す愚か者への距離を詰め、先の二回と同じく神速の蹴りを顔面へ。

 それを防ぐように十手は掲げられるが、やはり無意味である。


 他者とは隔絶した時を生きる彼の眼は再びその動きを完璧に見切り、蹴りの軌道は二度目同様途中で変更。


 後の先による回避不能の一撃は目標のこめかみを正確に捉えると吹き飛ばし、このフロアを生成する壁へとぶつけ、それにより生じた衝撃は床をめくりあがらせ天井を揺らし、彼を包み込むように強烈な砂埃を産み、


「……認識を改めよう。どうやら君は一筋縄ではいかない存在…………いやかつてない強敵なようだ」


 かと思えば攻撃を当てたガーディアが片膝をつき、土煙の奥に消えた男を称える。


 なぜならあらゆる攻撃を回避し、砂埃すら浴びない完璧な勝利こそ常であるガーディア・ガルフの脇腹の服が消え去り、その奥には真っ赤な痣が出現。

 つまり掠った程度ではあるが彼は攻撃を当てられ、見た目以上のダメージを受けたゆえに口の端から赤い液体を零し、


「それはこっちのセリフだ。僕の顔面に攻撃を当てれる輩がいるとはな。世界の、いや宇宙の広さを思い知らされたよ」


 砂埃の中から現れた男も、口の中を切った故か口の端から血を流しながら、苦々しい表情を浮かべ、嫌々ながらも賞賛。


「驚いたと言えばもう一つ。彼らを前に進めたのは意外だったな」

「貴様………………邪魔した奴の言葉じゃないとわかってるのか?」


 そんな中、立ち上がったガーディアが言葉を紡ぐ。

 その内容は上記のような物で、対峙する青年は当然のように苛立つのだが、ガーディアの態度は微塵も変わらず、


「それでもだよ。何せ人質を使えば、勝率を『無』から極小とはいえ『有』にできる。その手段を放り捨てるなんて愚の骨頂じゃないか」

「…………残念だが、僕が彼等の行く手を阻もうと思ったのは単純に上に雑事を放りたくなかったからだ。彼らの有無ごときで、僕の絶対的な勝利に影響はない」


 煽りともとれるガーディアの言葉に対し、名も告げぬ彼もまた大真面目な表情で返答。


「それを今から証明しよう」


 その言葉が嘘でないと示すように、人類史上最強と向かい合う青年の周囲に力が宿る。


 両陣営の最高戦力による一騎打ち。


 それは三人の子羊が去ったことで、ついに始まるのであった。


 

 

 

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


申し訳ありません。色々と書いていたらあまりにも遅くなったため朝一の更新です。

という事で始まりました最強対決。

最初は両者にとって様子見程度の動きなのですが、それでも九割九分の相手は倒せる実力があるのが恐ろしいところ。

ちなみに言うと、今回の時点では詳しくは描いていませんが、ほんの僅かな戦闘の間で、実は彼らは自分の持つ特性を発揮したりしています。


その辺りに関してはまた後日。

次回からは彼らによる本格的な戦いが始まります!


それではまた次回、ぜひごらんください!

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