アイビス・フォーカスの選択
(この瞬間に! 全てを!)
待ちわびた好機を前に、積が真っ白な床を強く踏み突き進む。
ガーディア・ガルフ出現という現象により起きた千載一遇の好機。
頭上を見上げ呆けた様子のアイビス・フォーカスへと向け駆けていく。
「っ!」
距離を詰められている当の本人がそのことに気が付いたのは積が駆け出してから数歩経ったところで、その時には既に彼我の距離は二メートルのところまで迫っており、
「まだやるつもりなのあんた! 本格的に、無意味な戦いじゃないの!」
非難の叫びと共に、必要もない戦いを挑む積を屈服させるため、アイビス・フォーカスが風の刃を繰り出していく。
「あと………………一メートルと少し!」
とはいえその密度は先ほどまでの攻撃と比べればはるかに薄い。
彼女からすればガーディア・ガルフが来た時点でこの戦いの価値は完全になくなっており、後はただ事の成り行きに身を任せればよかったかゆえに、これ以上戦いを続ける意義がなかったのだ。
「もう、少し!」
しかし、積はそうは思っていなかった。
ゆえに持っていた装備で攻撃を防御。
そのタイミングでアイビス・フォーカスの背に生えた虹色の羽が動き出し、数多の装備が反応するよりも早く硬化した積の体を易々と切り裂き、全身の至る所から血が吹き出してくるのだが、彼は歯を食いしばりながら腕を伸ばす。
「円環を描け! ほうき星!」
「お、おぉぉぉぉ!?」
そんな状況も、アイビス・フォーカスが叫ぶだけで変わってしまう。
つい先ほどのような手を抜いた風の斬撃でなければ、愛用の翼による自動迎撃でもない。
完璧に仕留めるために生み出された無数の土の流星がアイビス・フォーカスの周囲を回り、積の行く手に最後の関門として立ち塞がったのだ。
「どうしてそこまで頑張るのよ! ここで勝ったところで、あんたに意味なんてあるの!?」
「あるさ! 大きな意味がな!」
体を包めるほどの大きさの流星群は積の持つ幾多の防御手段さえ食い破り、最初の数発を避けたところで降下を失い、その後に襲い掛かった一発が積の体を真横から叩く。
その結果吹き飛んでしまえば、掲げていた目的の達成は当然遠のいていき、
(これは………………賭けだ!)
もはや臨んだ好機は訪れないと判断した瞬間、次の一手に全てを賭ける事を即断し、その覚悟を示すように積の右腕が形を変える。
機械と筋肉の歪な融合。天使のように美しい羽を備えた右肩から伸びる灰色の砲身。
数多の武器を手に入れてなお、積の手持ちにおいて最大火力を誇る必殺の一撃。
すなわち黄金錬成による砲撃である。
「この期に及んでまだ戦うのね。なら来なさい。完膚無きにまで叩き潰してあげる!」
これに対しアイビス・フォーカスも真正面から迎撃する姿勢を披露。
黄金錬成ではないものの、積と同じく砲撃するような構えを見せ、
(ここだ!)
その瞬間、積が左袖に隠れた暗器を起動。
撃ちだされた弾丸はあまりにも小さいためすぐにはアイビス・フォーカスの目に留まらず、ギリギリまで迫ったところで知覚。
(いえ。今は目の前に集中ね!)
何らかの対応をすべきか迷った彼女は、しかし撃ち出された物体に自分を倒せるだけの威力や効果がないことを優れた観察眼で見抜くと無視を決め込み、強烈な光を溜める目の前の砲撃に合わせチャージを行い始め、
「………………………………………………俺の、勝ちだ」
「どういうこと? 私はまだ負けてないわよ」
そんな彼女の見ている前で、積が黄金錬成を解除。
膝をつき心底安心した様子で息を吐くと、困惑したアイビス・フォーカスも錬成を解きその意味を知るよう尋ねかけると積は不敵に笑った。
「いや勝ったさ。だって姉御、もう動けないだろ?」
「あんたなに言ってっ!?」
すると積は自信ありげな様子で彼女を指さしながらそう言い切り、それを受けたアイビス・フォーカスが否定するようなそぶりを見せるが………………彼女の体が思うように動かない。
指程度ならば自由に動かせるのだが、歩くことはもちろん、腕を自由に動かす事さえできなくなってるのだ。
「これ、って!?」
「今回の戦いの俺の勝利条件は姉御を『倒すこと』じゃない。『動かなくさせること』だったはずだ。ならこれで、俺の勝ちのはずだな」
「はぁっ!」
詭弁である。卑怯で汚い。恥を知れ。
今の積に対する文句をアイビス・フォーカスはいくらでも考えることが出来た。
しかしである。事実として彼女は動くことが出来ずにいた。
どのような条件を突きつけられようと、絶対に負けることなどないという自信がある積を相手に、どのような形であれ一本取られてしまったのだ。
加えて言えば、こうなった理由が先ほどの暗器による攻撃であることまでは分かるが、仕組みがわからないことも文句を言えない理由になっていた。
ゆえに歯噛みだけで留まる。罵詈雑言の嵐は吐き出さず、ただ睨みつけるだけで終わってしまう。
「………………骨だよ。それが姉御を動けなくさせてる正体だ」
「ほ、ね?」
その姿を降伏宣言であると見定めた積が口を開き、信じられない様子でアイビス・フォーカスは反芻。
「そうだ。膝やら肘。肩や足首。他にも体中の可動域に、さっきの一瞬で余分な骨を埋め込んだ。その影響で、姉御は動けないんだ」
「冗談でしょ? 異物が入ったなら、あたしの体は勝手に浄化するようにできてるわ。それがだめなら、強制的に吐き出すようになってるし」
頷いた積の返答を聞き彼女は鼻で笑うが、積の様子は変わず、
「まあ姉御ならそれくらいのことはしてるだろうな。けどそれが、正真正銘自分自身の体内にる骨と同じものだったらどうだ?」
「あんた何を言って……まさか………………………………!」
「そうだ。俺がさっき錬成したのは、あんたの体の中に入ってる骨と完全に一致する物。いわば完全再現品だ」
「………………あり得ない事をいうのね。私が吐き出さないものっていうのは、代用の効かないオーダーメイドの品よ。そんなもの私以外が作れるわけがないじゃない」
その真意を最後まで聞いたところで彼女は反論するが、積は首を左右に。
「ありえないだと? そりゃおかしな話だ。俺達メイカーは武器や防具も作るが、その本質は多種多様な物を製作するところにあるはずだ。その中には人の骨だって含まれてるはずだ」
「…………否定はしないわ。でも一個人の骨を完全に再現するのなんてどれほど難しいか。あたしの個人情報が足りないはずよ」
「足りない分に関してはこの戦いの最中に姉御が流した血で調べさせてもらったよ。難易度に関しては黄金錬成が出来たんだからいけるだろ」
「それ、は」
続く発言を聞き、アイビス・フォーカス天を仰いだ。
言われてみればその通りであり、積が自分の想像を超える成果を叩き出したことを認めるしかなく、
「約束は約束だ。姉御にはこれから、世界中の人らを助けるために動いてもらう」
「………………あんた本気でそれだけのために戦ったの? そんなのガーディア・ガルフが来た時点で了承して…………」
「当然それだけじゃねぇ。俺はこれから上にあがるが、それを黙って見送って欲しいんだよ」
「………………………………なるほど。そのお願いを聞いて、ようやく全部把握できたわ」
続く発言を受け、彼女は積がどんな心配をしていたのかを本当の意味で理解した。
「臆病ね」
「うるせぇ」
要するに彼は信じていなかったのだ。最後の最後、こうして結果を叩き出すまで。
アイビス・フォーカスは何があっても、自分まで上にあがることを許可しないと思っていたのだ。
「善の奴を目指してるみたいだけど………………やっぱり別人よ。あいつとあんたは」
「………………………………」
その点に拘ることは、目の前の青年が目指す男がまず考えない事である。
彼ならばきっと、有無を言わさず前に進むはずだ。
だが………………積の行った選択をアイビス・フォーカスは嫌っていなかった。
真面目で真摯なその態度を前に苦笑とは言えない笑みを浮かべ、
「上に行きなさい。そして――――必ずイグちゃんを止めるのよ」
「わかってるさ」
その表情を完全降伏の証であると認めた積が彼女の体の中に埋め込んだ余分な骨を抜くと彼女は立ち上がり、虹色の羽を羽ばたかせながら『神の居城』から出ていき、それを最後まで見届けたところで積は上へあがる。
こうして立ち塞がるものと前に進む者が真逆になった戦いは終わりを迎える。
そして戦いは第五階層へと移るのだ。
両陣営が持っていた切り札。
彼らによる頂上決戦が始まりを告げる。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸福です。
積VSアイビス・フォーカスはこれにて終了。
短いながらも納得のいっていただく戦いを心掛けたのですがいかがだったでしょうか?
結果だけを見てみれば屁理屈による勝利なのですが、色々と考えた故のものなので、納得していただけるものであれば幸いです。
さて次回からは本編で語られた通りの頂上決戦!
イグドラシルのもとで戦いが起こることを考えればこれが最後というわけではありませんが、強さだけで考えれば、この第五階層が四章後半におけるラスボス戦です。
これまでとはずいぶんと異なった話になると思うので、少しでも期待していただければと思います。
それではまた次回、ぜひごらんください!




