積の道 二頁目
金槌が鉄を打つ音と、人々の活気に満ちた声で埋まる人工島ナーザイム。その奥の巨大な攻防で話す人影があった。
一つはその場所の主のもの。もう一方はこの場所を訪れた原口積である。
「なぁにぃ? 出来るだけ早く俺に、お前に合う最高の武器を作ってもらいたいだと?」
「正確にはアルさんらとの共同制作だ。最高の鍛冶師達が作った業物に、最高の科学者が作り上げた技術の粋を注ぎ込みたい」
積がその提案を行ったのは再誕祝祭が始まる前後のこと。
電話などによる遠距離からの連絡ではなく、礼儀として実際に顔を出した積はそのような事を口にしたのだが、木の幹のように分厚い両腕を組んだ、髭で顔の半分以上を隠した背の小さな老人。
すなわち鍛冶師達の長であるガマバトラは、その問いを聞き眉を顰めながら僅かに首を傾け、
「お前らには借りがある。馬鹿みたいにデカい奴がな。それにはできるだけ報いたいとは思ってるんだがな、仕事の依頼となりゃ話は別だ。持ち主がどんな奴か、何に使うかを問う必要がある。鼻水垂らした餓鬼に凶器を持たせるわけにはいかんだろ?」
その体制で投げかけられる言葉の真意が『用途を教えろ』という意味であると把握し積は僅かに俯き、
「俺はギルド『ウォーグレン』を背負う立場の人間だ。なのに弱すぎる。あいつらを背負うためには、もっと力がいるんだ。それに」
「それにぃ?」
「本当に馬鹿兄貴に……いや原口善になるつもりなら、こんなもんじゃダメなんだ。ゼオスや康太には絶対に勝てなくて、蒼野や優みたいに自己再生能力や特殊な力を持ってない今の俺じゃダメなんだ」
胸の辺りまで持ち上げた己の握り拳を見つめながら吐き出すのだ。
他の者には語っていなかった切実な思いを。
「もっと、もっと強くなる必要があるんだ………………」
そうだ。積は一人でアラン=マクダラスを倒せるようになった今でも、兄である善にはあらゆる意味で届かないと思っていたのだ。
だからこそ手始めに強い力を欲した。理由にすればそんな簡単なものである。
「…………仮想敵はいるのか? それがあるとないじゃ、話は変わってくるだろーが」
その思いの本質は『憧れ』であり、むやみやたらに振りまくものではなく、危険性は薄い。
それがガマバトラの下した判断であった。
であれば気になる点はあと一つで、彼は気になっている点を真っ向から尋ね、
「俺の強みは手札の多さで、今回の件に関してもその点を伸ばしたいと思ってる。その上で目標を立てるってのなら………………姉御。神教最強アイビス・フォーカスだな」
「………………最高だよお前さんは」
傲岸不遜にではなく淡々と、夢見がちではなく冷静に、しっかりと足をつけた上で語られた途方もない目標。
自分らが目指すシュバルツ・シャークスの打倒に並ぶであろう難題を積が口にした瞬間、ガマバトラは己が胸中でくすぶり続ける焔を燃やし、野蛮な表情とギラついた声で応答。
「いいだろう! 以前お前ら五人に送った籠手。あれを遥かに超える物をできるだけ多く作ってやる! だからお前の求めてる物を全部言いな!」
「…………マジか」
「マジだマジ! なにせあの女を打倒するためなら、俺だけじゃなくこのナーザイム総出で動く必要があるからな!」
踵を返し腕を掲げた瞬間、声が上がる。
ガマバトラと志を同じくする者達が『我らもその栄誉にあずかるのだ』と動き出す。
それは善を継ぐと決めた今の積でさえ奇声をあげてしまう、大地が揺れてしまうほどの規模であり、結果彼は手に入れるのだ。
アイビス・フォーカスを倒すための兵器の数々を。
「ずいぶんと物騒な物を持ってるのね。しかも一つどころかたくさん! 貴方がそんなにお金持ちだなんて知らなかったわ!」
「姉御を倒すために激安価格で作ってもらったんだ! 光栄に思ってくれよなぁ!」
そして今、その数々の武器が積の想定した通りの相手を前にして牙を剥く。
積が今両手でしっかりと掴んでいるのは、普段使っているような片手用の斧に非ず。
重厚感を感じさせる黒鉄色の分厚い刃を携えた巨大な斧で、それを手足のように扱いながら、アイビス・フォーカスへと迫っていく。
「ほんと! 生意気な武器ね! 神器に片足くらい突っ込んでるんじゃない?」
繰り出す斬撃の威力はゼオスの繰り出す一撃に近く、アイビス・フォーカスが放つ無詠唱の呪文の数々をものともせず叩き切る。
そうして距離を詰めていくことになるのだが、その役割を果たすのはこれまたガマバトラらに作ってもらった新兵器。
履いている黒鉄色の靴であり、積が雷速に近い速度で動く中で時折火を噴き、急な上昇や方向転換を可能に。
結果、積の動きを予測しにくいものへと変化させ、アイビス・フォーカスの刻むリズムを幾度も乱れさせていた。
「もういっぱぁつ!」
(またさっきの薬莢を吐き出した!)
他にも積の周りを漂う小型の球体や、服の袖から覗いている暗器に類する小型銃などもあるのだが、アイビス・フォーカスが最も意識を割いているのは時折斧や靴から吐き出される黄金製の薬莢で、これが出てきた後に、積は必ず一際強力な攻撃を放出。
その威力は凄まじく、自分が繰り出す攻撃にも遜色ない物であると彼女はおもっていた。
(こいつの鼻っ面を折るのなら、その一撃を叩き壊すのが一番よねぇ!)
だがアイビス・フォーカスが怖れを抱くようなことはなかった。
むしろ好機と考えた。
「危ないわねぇ。女の子の柔肌を傷つけちゃダメよ積」
「………………女の『子』なんて年齢じゃねぇだろアンタ」
「まぁひどい! 傷ついたから………………弾幕を濃くするわ」
五分十分と戦っている間にジャブにあたる簡単な攻撃への対処はでき始めており、このまま長期戦を続ければ全て対処できるようになるのは目に見えた。
とすれば積が最後に頼るのが薬莢を用いた超威力の必殺技によるゴリ押しなのは目に見えており、それさえ折れば彼の希望は潰え、この無意味な戦いが終わると思ったのだ。
(崩せねぇ! わかっちゃいたがこれまでで一番厄介な相手だな!)
無論積も、自分が既に苦境に立たされていることに気づいていた。
ガマバトラやアルに頼み、彼はアイビス・フォーカスに倒すための武器や防具を受け取り、それ等は積の望むような効果を確かに発揮していた。
アイビス・フォーカスが繰り出す、部屋全体を埋めるような鋼属性の銃弾による弾幕は己が身に届くよりも早く全て破裂させ無効化させていたし、レーザーに類するものは最初同様拡散させ防いでいた。
接近戦に持ち込めば有利な立ち回りをすることが出来たし、遠距離戦においても袖に仕込んでいた小型銃による不意打ちで二度三度とダメージを与えてきた。
「そろそろ諦めたらどう? アンタじゃ私には勝てない。そんなの、自分が一番わかってるんじゃなくて?」
だが無意味だ。その全てが瞬く間に癒えていく。
蒼野や優のような粒子や能力を使った手段ではない。
惑星『ウルアーデ』そのものからエネルギーの補充を受ける彼女は、どれだけ傷ついても再生する。たとえ死んでも蘇る。
何より、彼女には粒子の使用による限界がない。
ルイン・アラモードさえ上回る速度で、使った分が補充されていく。
「攻撃にさっきまでの勢いがないわね。もう限界かしら?」
「…………俺がもう動けないように見えるってのなら、姉御の目は節穴だな」
「言うじゃない。ならその言葉が真実であると、示してもらいましょうか」
それは避けようのない差として二人の前に現れる。
積が駆使する無数のアイテムは確かに彼女と戦える段階まで積を引き上げたが、内蔵している粒子には当然限界があった。
しかしアイビス・フォーカスにはそれがない。延々と最大威力や最大範囲の大技を溜めなど無しで打ち出せるのだ。
(わかっちゃいたが、ジャイアントキリングが難しいなこの人は!)
思い浮かぶのはただ一つ。
アイビス・フォーカスは格下相手にとことん強いという事実である。
なにせ彼女には一発逆転が通用しない。
シュバルツやガーディア相手に行ったような僅かな好機を手繰り寄せ、たった一撃で盤面をひっくり返すような戦い方が、完全な不死ゆえにまったく意味を成さないのだから。
「クソ! まだ来ないのか!」
だが積は、それを承知の上でこの戦いを挑んだ。
どれほど武装しようと勝機が一つなのは最初から変わりなく、たった一度のチャンスを待ち続ける。
そして訪れるのだ。望んでいた瞬間が。
「こ、の! 空気って!」
それは立ちはだかるであろうと予期していた『超えられぬ障害』に対するカウンター。
秘していた最大最強の切り札ガーディア・ガルフの到着である。
「これなら――――!」
それは頭上に視線を向けるアイビス・フォーカスにとって福音であった。
なぜなら上に登った原口善の遺産が助かる可能性が出てきたのだから。
「――――決める!」
そして積にとっても福音であった。
なぜなら待ちわびた瞬間、アイビス・フォーカスが確実に自分から意識を外すタイミングが訪れたのだから。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
かつての敵であろうと縁ができれば良好な関係を築き直せるのって、こういう話では必須ですよね。
それが武器防具っていうのは書いてて実に鍛冶師らしいと思ったりしました。
さて積VS アイビス・フォーカスは次回でクライマックス。積が伏せていた最大最強の切り札が炸裂します。
その正体とは果たして………………
それではまた次回、ぜひごらんください!




