積の道 一頁目
ガーディア・ガルフの出現により第五階層における戦況は好転した。
がしかしそれは蒼野達が必死に足掻いた末に辿り着いた結果である。
ならばそれまでの間に絶望する者が現れたとしてもおかしな話ではなく、
「姉御?」
「なにもかも、これで終わり。あたしとあんたの戦いの意味もなくなったわ」
今回の場合、それは第四階層で蒼野達を助けるために足掻いていたアイビス・フォーカスが当てはまり、彼女は積が見ている前で全身から力を抜き、戦意を失う。
「おめでとう。汝は見事、この我を食い止める事に成功した」
直後に発せられる言葉の毛色はいつもとは全く違う。
明るく天真爛漫な様子でもなければ、戦士として振る舞う時のような勇ましさや優雅なものでもない。
神仏を連想させるその声には、彼女が生きてきた悠久の時を感じさせるものがあり、
「…………何馬鹿なこと言ってんだよ姉御」
「今更目が覚めたか? だがこれからどれだけ足掻こうともう意味がない。第五階層に潜んでいる魔は、我でさえ指一本触れる事が出来なかった超級の怪物。今から行ったところで間に合うわけが――――」
「そうじゃない。そうじゃないんだよ」
始めて晒す雰囲気の彼女を前にして、しかし積は一歩も引かない。
憤怒の表情を顔に張り付けながら彼女の言葉を阻み、
「まだ俺とアンタの戦いは終わっちゃいねぇ。まだ俺は動けるし、あんたも動けるだろうが!」
「――――――――は?」
ことこの状況において、彼女の思考が追い付かないことを口にする。
なおも戦おうと彼女に告げる。
「汝は………………正気なのか? この状況で戦う意味がどこにある?」
「…………俺の目的はアンタに勝つことだけじゃねぇ。その先にある」
「その先?」
予想だにしていない返答を前に普段の様子を取り戻し、真意を問いかけるアイビスであるが、その際に発せられる怒気は『超越者』クラスであろうと怯えさせるほどのものであり、積はそんな彼女をまっすぐに見据え開口。
「俺が勝ったら、その権利を使って一個頼みごとをするつもりだったからな。その前に勝手に戦士喪失されちゃ困るってんだ」
「お願い? あいつらを助けに行けっていうの? それならわざわざ戦う必要なんて………………」
「違うな。アンタには俺に負けた後、外に出て世界中で起きてる混乱の鎮圧をしてもらう。そうすれば犠牲者の数を最小でとどめる事が出来るからな」
堂々と言い切った答えを前にして彼女は眩暈を覚える。
ことここまで絶望的な状況に至り、なおも仲間達を助けに行かないと断言する積に、強烈な敵意と怒りを覚える。
「もう何度も行った事だけど、彼らは死ぬわ」
「………………………………っ」
「そうなるとギルド『ウォーグレン』で残るのはアンタと康太君だけ………………けどこれってすごく不幸だと思うの。大切な仲間と離れ離れになるわけだから」
ゆえにそれを遠慮することなく吐き出す。
今からやることが八つ当たりだとわかっていてなお、今の彼女はそうする事に躊躇はなく、
「だから――――二人共殺してあげる。そうすればあの世でギルド『ウォーグレン』がまた作れるわ。再興でしょ」
広げる。大量の粒子を込められた虹色の光を纏う黄金の翼を。
放つ。ブレーキを一切かけていない純粋な殺意を。
上にいる謎の青年ほどでは断じてない。
けれど彼を除けば比類なき量の粒子を込めた視界を奪うような勢いで翼が輝きだし、無数の破壊光線となり積へと放出。
積は躱すこともできずその中に体を埋め、
「!」
「ギアをあげたな姉御。ならこっちも、そろそろ全力で行かせてもらうぜ」
耐えきる。いやそれどころか反射する。
自分の体に向かっていた光は積が手にしたものに触れるとバラバラな方角へと飛び散り、その奥から現れた積は無傷であった。
「初めて見るわね………………それはいったいなにかしら?」
いやそれだけではない。反射していた光の一部はアイビス・フォーカスの頬を掠り、それにより皮膚が切り裂かれ血が流れ、かと思えば即座に自己再生。
それら一連の出来事を味わったことで、頭に昇っていた血が抜け、冷静さを取り戻した彼女は問うのだ。
積が手にしている、見たこともない鉄斧に関いて。
「長く生きてきたってのが理由だろうが、おそらくアンタ以上に術技と能力に関して詳しい奴はいないだろうよ。けどこいつに関しては違うはずだ。なにせこいは、その二つの先にあるものだ」
「先?」
「アルさんらが最先端の科学技術を。ガマバトラさんらが職人技の全てを込めた最高傑作! 千年前から今まで、日々培ってきた科学と技術の結晶! これで! アンタを! 超える!」
磨き抜かれた積の身の丈と同じサイズの鋼鉄の斧。
その柄には色とりどりの宝石が嵌められており、刃の裏側ではピストン運動が行われ、排熱機構を備えていることを察するような煙が吐き出され、
「これはその始まりを告げる号令だ! 受け取りなぁ!」
「!」
続けて一発の薬きょうが飛び出し、積の身の丈を超える黒鉄色の刃が、熱を宿し真っ赤に変色。
その威力を確かめるため、アイビス・フォーカスは逃げるのではなく幾多の盾や結界などの防御術式を展開し迎え撃つ構えを見せ、
「喰い尽くせ――――うわばみ!」
「!!」
その全てが、積の一振りと共に伸びた刃により切り裂かれる。
まるで数多の障壁はそこになかったかのように、あっさりと。
「ずいぶんと危ない代物を持っているのね! それなら!」
「!」
「こういうのはどうかしら!」
その奥にいたアイビス・フォーカスはしっかりと躱し、虹色の羽に付与するよう展開していた光線系の術式を解除。
先程一瞬見ただけで、鉄斧が持っている無効化の範囲がレーザーなどの光線系の力を拡散し威力を軽減した上で、明後日の方角へと逸らす力であると理解。その条件に当てはまらないミサイルなどの質量弾を生成すると、積の視界を埋める勢いで打ち込んでいく。
「一発でこっちの手札がわかるとは流石だな姉御! だがな!」
(妨害音波障壁!? さっきとは別の力!!)
「俺はさ、あんたに勝つために立ち塞がってるんだぜ。用意してる武器やら防具がこれだけなワケがねぇだろ!」
「っ!」
それを阻んだのはいつの間にか積の右手の指に嵌められていた指輪で、そこから発せられた音に触れた瞬間、数多のミサイルや弾丸が大きく震え、一斉に破裂。
着ている半纏の袖で吹き荒れる熱風を防いだアイビス・フォーカスが続けて目にしたのは、その場にいたはずの積の姿が既に存在しない光景で、
(………………透明化?)
すぐに思い浮かんだのは、かつてアル・スペンディオが作ったとされる発明品であり、真偽を確かめるために自身の瞳に透明化などを無効化し対象を可視化する事が出来る能力を付与。
しかし積の姿は見当たらず、
「もう一発だ!」
「!」
声のした方角に首を勢いよく傾け目にしたのは、左右の踵の辺りから炎の線を流し続ける亡き兄を真似た積の姿で、履いている真っ黒な靴の鋭利な先端部分がアイビス・フォーカスの脳天へと向け打ち込まれ、アイビス・フォーカスはそれを、鋼属性で硬化し土属性で膂力を増した右腕で阻止。
「今の俺がその程度で止まるか!」
しかし振り抜かれた蹴りはそんなアイビス・フォーカスの右腕を折り曲げ、奥にあるこめかみに直撃。
勢いよく吹き出る血潮はしかしすぐに止み、ふらついていた態勢もすぐに整えることができたのだが、ことここに至りアイビス・フォーカスは確信する。
信じられないという気持ちは未だにある。
けれど原口積は、本気で自分に勝つつもりなのだと。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
予告通りの積サイドのお話。
個人的に彼の戦いの面白いところは、他の面々以上に色々な力やアイテムを使うところにあると思います。
蒼野や優のような再生怪人ではありませんし、康太やゼオスほど圧倒的ではありませんので、積の場合それを補うような仕掛けを色々と施してるんですよね。
次回はそんな積がフルスロットル。終結までは一気に進んでいきましょう!
それではまた次回、ぜひごらんください!




