頂に立つ者 三頁目
驚くべきことに目の前にある球体は先ほどまで見ていた小さな球体をそのまま大きくしたものであった。
つまり粒子の圧縮率に違いはなく、数と規模が増している。
神器を持っているゼオスでさえ喰らえば即死の恐怖が、部屋一面に転がっている状態なのである。
「ハーティスさん。貴方は一体………………何者なんだ?」
宇宙創成に関わっているビックバンにさえ耐えられる硬度と謳われている神器。
それを壊せるだけの攻撃が屋内の至る所に広がっているという事実に蒼野は息を呑み、その口からは戦闘中に発せられるにはふさわしくない疑問が零れ、
「………………………………ああすまない。僕の事か」
「え?」
しばらくしたと事炉で思っても見なかった反応が返される。
というのも彼はしばらくのあいだ意味の分からぬ間を置き、かと思えばふと思い出したような反応をしたのだ。
「ハーティス、さん?」
「いやすまない。色々な場所で乱雑に偽名を使っているせいで、自分の名前を呼ばれたと認識できてなくてね。で、なんだい?」
その理由はすぐさま明らかになるのだが、蒼野と優は疑問を覚える。無論それは彼本来の名についてであり、
「本名が別にあるのね? なんとおっしゃるのかしら? 気になるわ」
この状況に対処するための策を思いつく思いが半分。興味本位が半分の質問が優の口から飛び出す。
「気になるのかい。なら力づくで聞くといい。それが、この星の大原則のはずだ」
「!」
それに応じる彼の答えは当然のような口ぶりで。
惑星『ウルアーデ』における大原則。勝者選択の自由を告げ、それが戦いの始まりを告げるゴングへと変貌。
宙を舞う百近い数の人一人を飲み込める大きさの光る球体が、三人の命を奪うべく踊り出す。
あるものは緩慢な動作で。あるものは光の勢いで、時間差をつけて三人へと迫る。
「まだまだ分からないことだらけだけどよぉ! ここまで来たら!」
「やるしかないわよね!」
「真正面からやって来るか。なら見事突破してみせてくれ!」
周囲を漂う球体の圧は凄まじい。
明確な死がそこら中に漂っていると考えるならば、これまでの戦いを振り返ってみても最大規模の恐怖である。
だがそれで竦むほどここまで登って来た三人はヤワな神経をしておらず、踊るように言葉を跳ねさせる未知の存在へと向け動き出す。
探知系の術技など使うことなく、持ち前の危機察知能力と歴戦の勘を頼りに、遅いものと早いものをかぎ分け、僅かな隙間を見抜くと前へ前へ進んでいき、
「そこ!」
最初に目標へと迫った優が、手にした鎌を勢いよく振り抜く。
「なるほど。刃の位置の自在に変化できるのか。そういう小細工、僕は嫌いじゃない」
「うっそ!? 初見で防ぐの!?」
その際に行った仕掛けも容易く見切られ、彼が手にしている十手の先端部に触れた事で、生ずるはずのエネルギーは全て吸収。
苦い顔をする優の顎下から、いつの間にかもう一方の十手の先端部が覗きこんでおり、
「あぶなっ!」
その一撃を優は顎を引きしっかりと躱す。
「いいね。だが甘い。それじゃ生き残れない」
「――――――」
けれどそこまでである。
真横から音を置き去りにする速さで迫っていた巨大な光る球体までは躱しきれず、彼女の下半身は球体に触れると跡形もなく消え去った。
「コノヤロウ!」
「敵討ちはいいのだけどね。頭に血が上った状態で敵うなんて思うべきじゃない」
このタイミングで偽名を名乗る彼の背後に蒼野が接近。荒々しい声と共に振り抜かれた一撃は、しかしまたも十手の先端部で防がれた。
「はぁ!」
「なに!?」
「ナイスだ優!」
だがそれでもかまわないと蒼野は思っていた。なぜなら本命たる優は既に下半身を再生し終えており、手にした大鎌は振り抜かれていたのだから。
「ハハッ! 自己再生持ちか!」
「後ろに目でも生えてるんじゃないコイツ! なんで今のを先端部分で正確に防げるのよ!」
「泣き言を言っている暇はないって! ここで一気に決めるぞ!」
「いいね。もっと躍ってくれ!」
が、それさえも彼は完璧に防いで見せ、一瞬後には両方の十手の先端部を二人の胴体へ。
蒼野と優は打ち出された砲撃をしっかりと躱すが、そんな二人を追うように青年は巨大な球体達に指示を出す。
「?」
「悪いがもうあんたご自慢のデカブツはほとんど残ってないぜ! 俺が消し去っちまったからな!」
だがそれは無意味に終わる。先ほど優が交戦していた一瞬の隙に、蒼野が原点回帰で消し去るよう動いていたために。
「………………あの球体がなければ神器は壊せん」
「!」
これにより大きな障害は消え、ゼオスも参戦。三人の攻撃が目前の強敵に叩き込まれ、
「思ったよりもやるじゃないか」
「ゼオスっ!」
「………………ちっ!」
「ミニマムワン」
「そりゃ無詠唱で出していいもんじゃないだろ!」
けれどまたしても届かない。
上手く位置取りをして優とゼオスの攻撃をぶつけて僅かな隙を作り上げると、最初に出した最小サイズの凶器をいくつも生み出し、蒼野達三人を振り払うよう自身の周囲で回転。蒼野が悪態を吐く中、十手を持ったまま右手人差し指を頭上にあげ、
「マキシマムフォー」
告げる。これまでとは明らかに規模の違う、部屋の頭上を覆うような球体を生み出す解号。
それはまごうことなき極大の絶望であり、
「ゼオス!」
「!」
そして彼らにとって千載一遇の好機でもあり、それを示すよう蒼野が声をあげ、目を丸くする青年を前にゼオスが跳躍。その手が落下前の巨大な球体に触れ、
「何!?」
蒼野と優が後退するのに合わせるように青年の頭上一センチの位置にまで瞬間移動。
そのまま勢いよく落下し、担い手を呑み込んでいく。
「無詠唱で発動できる瞬間移動とはね。完全に予想外だったよ」
「あれを………………」
「吸収するの? そんなのあり?」
はずが、またも十手の先端部が阻み、吸収していく。
それはつい先ほど目にした極大の絶望が吸収されたことで、いつでも吐き出されるようになったという意味。極大の絶望がなおも残っているという事なのだが、それでも彼等は物怖じず、なおも戦う気概を見せ、
「ここらへんでいいか。ここまで耐えきったご褒美だ。君たちは帰っていい」
「………………え?」
「………………どういう、ことだ?」
彼ら三人の意に反するように青年が闘気を沈める。
直後にいつの間にか彼らを逃さぬ為に貼ってあった結界が解け、この場から去るよう命令。
無論彼らは思わぬ展開に呆気にとられ、
「実は僕には待ちわびてる相手がいてね。君達との戦いは来たるその決戦へと向けたウォーミングアップだったんだ。それも満足できた上に楽しめた。だから帰っていいよ」
「っ!」
ひと汗かいたような充実感を得たとばかりに彼は説明。
だがそれで帰れるほど彼らが抱えている事情は浅くなく、声を荒げこそしなかったものの、蒼野が己が意志を示すように闘気を纏ったまま一歩前に。
「…………………………遠まわしすぎたかな? 楽しませてくれた報酬に命だけは勘弁してやると言ったんだが?」
その姿を見た瞬間、彼の声が急激に冷たいものに。
「速攻だ!」
三人の脳裏には怜悧な刃で全身が突き刺されたビジョンがよぎり、それを振り払うよう蒼野が声をあげ、同調するように優とゼオスも前に。
まずは視界を奪わなければ始まらない。
そのように彼等の意思は同調し、なんの示し合わせもなく広範囲を包むような属性術を繰り出しながら前進。
十手に吸収されるよりも早く、彼我の距離を詰め切ろうと画策し、
「――――――――」
声が聞こえる。轟音に混ざるように、目の前の底知れぬ存在の声が聞こえる。
「………………え?」
直後に目にした光景に、彼らは思わず心を奪われた。
「嘘でしょ………………」
視界が自分らの放った攻撃で埋められる直前目にしたもの。
それは男が懐から取り出した何の変哲もない三枚の硬貨であったのだが、それ等は親指ではじかれると三つの巨大な攻撃へと迫っていき、触れたかと思えば一切拮抗することなく三つの攻撃を粉々に破壊。
三人は呆気にとられ
「終わりだ」
続けて彼が人差し指を軽く動かすと同時に繰り出された無限の鎌鼬。それが三人の全身を襲い、四肢や胴体を切り離す凄惨な結果を生み出す。
「君も自己再生持ちか。しつこいな。だが同じ顔をした君は違うようだ」
後に残ったのは失った部位を取り戻すために再生し始めた蒼野と優。そして両足を瞬く間に切り取られ逃げ道を失った、再生能力を持っていないゼオスであり、青年は面倒な再生能力持ちの二人を消し飛ばすため、強烈なエネルギーを込められた二本の十手を彼らに向ける。
「………………運動不足だったな。少しくらい動くべきだった」
「!」
その際に発せられた小さな呟き。
それは彼にとってさほど重要ではない発言だったのだが、この時になり三人は気が付いた。
目の前の男が、この戦いが始まって以降一歩たりとも動いていないことを。
「ば、ばけもの………………」
数多の戦場を潜り抜けた事で、彼らは強くなった。
蒼野と優の二人は『超越者』の門を超えるに至り、ゼオスに至っては各勢力のトップクラスとも鎬を削れるほどのものとなった。
そんな自分らが一歩動かす事さえできなかった。
名前すら知れず、実力に関して底を見る事すら敵わなかった。
「つ、強すぎる。貴方は………………一体」
上記三つの事実が彼等の心を折る。
第五階層に潜む魔。
ハーティスと名乗ったこの青年こそ、此度の戦いにおける最大最強の障害であると理解する。
「っ!」
「………………………………なに?」
直後、優の懐から光が溢れ、青い円柱となって猛進。
神の居城の壁さえ突き抜けるそれを、彼らが名も知らぬ青年は信号弾の類であると理解するが、気にする素振りを見せない。
彼らの底が既に見えたからではない。
今更応援を呼んだところで、間に合うはずがないと踏んでいるのだ。
「最後の最後に無意味な事をしたものだ」
ここまで来るには仮面の狂軍の妨害をくぐり抜け、その上で神の居城の堅牢な壁を破壊し、自分の攻撃を阻止しなければならない。
いやそもそもの話として、彼はこの惑星『ウルアーデ』を包む規模の探知術を行使できるのだ。
そんな彼は、上記で描いた奇跡を起こせるだけの力をここ数日で一度たりとも感じたことがなく、考慮する必要がないと鼻で嗤う。
もしいるとしても、今すぐ力を開放し、先に述べた無理難題をこなさなければならないことを思えば、考えるだけ無駄であると思えた。
「無駄なあがきだ」
だからこそ彼はさして意識を割くことなく攻撃を行うのだが知らなかった。
この世には、彼の知らない埒外の『速さ』が存在する事を。
「………………なんだと?」
攻撃を打ち出した直後に彼が目にしたのは、転がっていたはずの優の姿が消えたという結果。
そして蒼野へと向けていた十手の角度が僅かにそれ、攻撃が外れたという展開。
つまり二人が生き延びたという事実で、予想外の展開を目にして思わず眉を顰めるのだが、続いて驚愕の表情を浮かべる事になる。
「事前に聞いていた応援要請があがったゆえにやって来たが」
「!」
「問題なかったかね?」
自分の真横から、感情の起伏を感じさせない声が聞こえたため。
つまりそれは先に述べた無理難題を涼しい顔で乗り越えた存在がいるという事で、
「はい。ありがとうございます………………ガーディアさん」
「気にするな。この程度、何の苦にもならない」
彼の前で告げられる。
千年前に生まれ現代に蘇った最強。
『果て越え』ガーディア・ガルフの名が告げられる。
「貴様!」
とすれば青年の攻撃の目標は突如現れた彼へと注がれ、
「君たちは先へ行きたまえ。彼の相手は私がしよう」
「!!!!?」
十手が振り抜かれるよりも遥かに早く繰り出されたガーディアの蹴りが敵対者を襲う。
それは三人がこれまで一度たりとも崩せなかった先端部の守りをすり抜け十手の側面に当たり、青年の体が始めて強烈な衝撃を覚え、その場で踏ん張ることが出来ず背後へと吹き飛ぶ。
積がここまで秘め続けた味方側最大最強の切り札。
人類史どころか生物という枠組みにおける最高到達点にして唯一無二の男が、ついに世界の明日を決めるこの戦いに参戦する。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
Q.得体のしれない最強の敵が現れました。どうしますか
A.こっちも最強をぶつけましょう
という内容を一気に描きたかったので長くなったのですが、今回の話はいかがだったでしょうか?
まぁ最終決戦で味方陣営の最強戦力を出さないわけがないよね、という内容で、ここから最強VS最強の始まりです。
さて、第五階層の戦いは最大規模かつ飽きる事のない最強対決になればと思いますが、先に第四階層サイドの終結へ。
積の成長の集大成となる戦闘を一気に描いていこうと思います!
それではまた次回、ぜひごらんください!




