頂に立つ者 一頁目
「本がいっぱいあるってことは図書館なのかしら?」
「………………そう考えるのが自然だろうな。だが俺の知る限り、神の居城の中にこんな空間はなかったぞ」
「あら詳しいのね。アンタ神の居城内にある資料室やら図書館には行った事あったっけ?」
「…………幾度かある。文字の勉強をするための資料が、ここには溢れてるからな」
蒼野に優。それにゼオスの三人がたどり着いた第五階層は、第四階層までとは趣が異なっていた。
これまでの階層にいたフロアガーディアン達は、自分にとって有利な空間を作っていたのだが、この場所は違う。
周囲一帯を埋めている本棚は、他者を歓迎するような様子はなかったが、同時に戦場としても不適切な様子であった。
「………………罠の類はないようだな」
「そうね。でも見逃したのもあるかもしれないから、注意して進みましょ」
そんな場所に訪れてすぐ、ゼオスと優は探知系の技を使用してみたが何らかの仕掛けが施された様子は見られず、しかし門番らしき人物が奥に待ち受けていることは把握でき、うすぼんやりとした光に照らされた中、周りの警戒をしながら最奥へ。
「………………さっきから黙ってどうした蒼野」
「いやずっと引っかかっててな。この雰囲気を俺は知ってるんだよな。どこだった………………あ」
その途中延々と唸っていた蒼野は、ゼオスに質問をされたタイミングで思い出す。
この場所を訪れた、ある時の記憶を。
「そうだ………………そうだ! 覚えてるか二人共! ずいぶん前に俺がよくわからない場所に迷い込んだことを!」
「よくわからない場所?」
「……お前の場合はいつものこと過ぎてわからんぞ」
「あれはたしか………………そうだ! ガーディアさんの情報を集めてる時だ!」
「……あぁ。そういえばあったわねそんなこと」
それは今から数年前、ガーディア・ガルフらが現れてすぐの時の事で、思い返してみればそのとき出会った女性は言っていた。
いつかまた話す機会があると。
「こんなことになっちまったけど、その時が来たんだな」
彼女の正体がイグドラシルであることに関して蒼野は確信を抱いており、時が来ればもう一度語らうことになると信じていた。
だがその機会は、彼女の死と共に永遠に失われる………………。
「戦う事に異論はないけどさ、全部終わったらまた語り合いたいな。あの時みたいに」
「………………奥に出るぞ」
そのはずだったのだが、形はどうあれその機会が目の前にぶら下げられている。
そう思ったとたん蒼野の声に混じる湿度が増し、芽生えている想いを断ち切るようにゼオスが断言。
美しい月夜を連想させる青白い光が降り注ぐ最奥に足を踏み入れ、目にするのだ。
弧を描き円を作る本棚。その左端に設けられた一人用の木製の丸テーブルに一脚の椅子。
そして―――――そこに座るフロアガーディアンの姿を。
「やはり君達か。意志とは時に、酷な運命を生み出すものだ」
「貴方は………………」
彼の事を蒼野と優は知っていた。この場にいれば積も見たことがあっただろう。
だがゼオスは知らなかった。
紫色の髪の毛を丁寧に整えた、インテリ風の空気を醸し出すメガネをかけた、髪の毛と同じ色のスーツを着込んだ青年の事を。
「…………誰だ?」
「再誕祝祭が行われた際に会った人だ。ほら! くじ引きで俺の欲しい本を当ててくれた!」
「………………そんなことを話していたな。だがその男がなぜここにいる? お前の話では確か」
「他惑星との交渉役、とか伝えたんだったかな。まぁ嘘ではないさ。ただ正確に伝えるのなら、それに加えて問題解決にも奔走している」
「問題解決?」
「わかりやすくいってしまうと、荒事に関しても取り組んでいるということだ」
戦う事を避けられない事は嫌でもわかる。
だがそんな彼はいまだ闘気を纏っておらず、それゆえにゼオスが背後にいる蒼野に質問。その返答を行ったのは当の本人で、それを聞き蒼野と優は眉を持ち上げ、
「荒事担当?」
「面倒な奴らが来たときに、わが身を粉にして働く苦労人というわけなんだが………………一応聞いておくが本当に戦うのかい? 僕が背負っている役割を聞けば、戦うべき相手ではないことくらいわかるんじゃないか?」
それからされた説明を聞けば、蒼野達も納得するしかない。
行ってしまえば彼は、惑星『ウルアーデ』を守るため、日夜星の外で迫る侵略者を蹴散らしているのだ。それほどの役目を背負った人物の強さなど、考えるまでもない。
もしかすると、神教最強の戦力足るアイビス・フォーカスさえ凌いでいるかもしれないものだ。
「…………それでも、俺達は退けないんです」
だが、下がらない。
目の前に立ち塞がる相手がどれほどの難敵であろうと、乗り越える覚悟を胸に秘める。
これまで進んできた道のりを無意味にしないために、これまでと同じように一歩前に踏み出す。
「そうか………………君たちの事は嫌いじゃなかったんだが残念だ。前に進むと言うならせめて、僕に楽しい思い出を残してくれ」
その光景を目にすれば、立ち塞がる最後の障害もそれ以上問う事はない。
持っていた本にしおりを挟んで机の上に置くと、立ちあがり指を鳴らす。
そうすれば無数の本棚は霧散し、何もない白い空間が出現。
「――――ミニマムワン」
静かに呟いた言葉に呼応するように、七色の光を放つ球体が彼を囲うように多数出現。
「戒の十手」
続けて言葉を綴れば、一メートル近くの長さを誇る鋼色の十手が二本現れ、左右の手に一本ずつ握り、
「先手は譲ろう。来るといい」
そう告げるのを聞くや否や蒼野達は疾走。イグドラシルへといたる唯一の道。
その前に立ち塞がる最後の関門へと向け瞬く間に距離を詰め、
「一気に決めるぞ!」
「単調だな。当てる気があるのかい?」
前から迫った蒼野の切れ味を極限まで削った一太刀が百二百と十手に防がれ、返すように打ち出された虹色の球体を前に攻撃を制止し一歩後退。
「そこ!」
「くだらないな」
蒼野の跡を引き継ぐよう視界外から繰り出された優の回し蹴りは、しかし僅かに屈む事であっさり躱され、そのまま行われた二人の挟撃も当然のように十手で阻止。
(ゼオス!)
(決めて!)
だがそれは十分に想定していた事であり、彼らにとって好機であった。
それを示すように両手を使わせたタイミングでゼオスが瞬間移動で彼の頭上に移動し、早々に勝敗を決するべく手にした神器を振り出した時、知ることになるのだ。
「!」
「ゼオス?」
「…………あの光球に阻まれた」
「それがどうしたのよ。そんなもん切って終わりじゃない!」
「………………見ろ」
「神器が!」
「削れ、てる………………!」
「………………あの丸い球に触れた結果だ。おそらくあのまま突き出していれば、粉々に砕かれていた」
「「!!」」
「気をつけろ。あの光球は見た目からは考えられない代物だぞ」
目の前に立ち塞がる存在。その恐ろしさを。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
ついにやってきました第五階層!
そして現れました最後の敵!
これまで現れた障害が既存のキャラクターだったり狂化していたりしていましたが、彼に至っては正真正銘正気の新キャラクターです。
といってもこれまでにちょこちょこッと出番はあったのですが、新キャラ扱いでも問題ないと思います。
そんな彼は皆さんの期待やら困惑を一心に受ける身となるわけですが、たぶん答えられるのではないかな、などと思っています。
次回は引き続き第五階層の戦い。その後に第四階層戦の終結となります。
それではまた次回、ぜひごらんください!




