アイビス・フォーカスVS原口積 二頁目
戦場では常に冷静でなければならない。
積はちゃんとその辺りに関してわかっており、いつだってそうするよう心掛けてきた。
今のようにギルド『ウォーグレン』の残る四人を率いる立場になった後だけではない。兄である善が死ぬ前の時点で、場の観察だけは怠らないようにしていた。
「………………だとしたら、なんだってんだ?」
だが今、アイビス・フォーカスの嘲るような声による発現を聞いた瞬間、全身に普段ではありえない勢いで炎が駆け巡った。
脳が沸騰するような感覚に襲われ、正常な判断能力が失われ、
「そこ。狙い目」
「!」
そんな積の反応を完璧に予知した上で、アイビス・フォーカスの攻撃は繰り出される。
指先から飛び出した屋内全域を覆うような竜巻。
「容赦が、いや余裕がねぇな姉御!」
それを咄嗟に躱せたのは、火照った頭の片隅に先ほどの彼女の態度が釣りの一種ではないかという疑念があったゆえで、真上にあった僅かな隙間に移動しながら積の口からは悪態が吐き出され、
「当然でしょ。さっきから言ってるけど、あたしはこれから五階に登った三人まで助けなくちゃいけないんだから、あんた一人にかける時間なんてないの」
「!」
返答は僅かに離れた位置から。
その方向に視線を向ければ五メートルほど離れた位置に彼女はおり、左手を自分にかざす姿を目にした積は、己が全身を硬化させながら歯を食いしばり、空中を蹴り未だ台風が残る真下へと移動。
自身の体が風の刃でズタズタに斬り裂かれていくのをしっかりと把握しながら頭上を眺め、先ほどまで自分のいた場所に、あらゆるものを抉るかのような虹色の閃光が通り過ぎたのを確認。
自分の選択が間違っていなかったことに積は安堵の息を吐く。
「で、返事を聞いてないんだけど。アンタは本当に善の奴になるつもりなの?」
「聞くか攻撃するかのどっちかにしろってんだ!」
息を吐くが、一呼吸する暇はない。
同じ問い掛けを行いながら繰り出される炎と雷を混ぜた絨毯爆撃が真下にいる積へと降り注ぎ、躱したところで繰り出された闇属性の弾丸は、積が射線から離れるよう動いてもしつこく追尾し、錬成された鋼鉄の盾に衝突すると静止。
かと思えば爆発し、積を壁に叩きつけた。
「死んだ善の夢は何だったかしら。世界を統一して、子供たちが泣かない世界にするだっけ?」
「泣いてるガキがいたら、助けられる世界だ!」
「………………わからないわね。綺麗な夢なのは認めるけど、そこに命を賭けるほどの価値があるの? そんなことせず今までみたいに好き勝手やって生きてればいいじゃないの?」
言葉を交わすあいだにもアイビス・フォーカスの攻撃は続いていく。
接近戦が苦手な彼女であるが、中・遠距離戦を保てればシュバルツさえ凌ぐ実力を持っているのだ。
他の者ならば延々と詠唱しければならない複雑な術式を詠唱無しで繰り出し続け、叩きつけられた壁から逃れ、走り続ける積へと迫っていく。
「そう言えないだけの魅力が馬鹿兄貴の夢にはあったんだ! 姉御。アンタは馬鹿兄貴が見てた夢が綺麗だったとは思ったんだろ。なら――――後を継ぎたいと思わないのか!?」
「………………………………うるさいっ!」
「少なくとも俺………………思ったんだ! 思っちまったんだ! 誰かが跡を継ぐべきだと思っちまったんだ。なら――――追いかけるしかないじゃないか!」
「あんた神器を!?」
積が攻勢に転じたのはそれから少しした時。
シュバルツから能力無効化の破片を渡されていることを知らない彼女が、積の吐き出す言葉を煩わしく思い意識剥奪の能力を付与した攻撃を撃ち出すのだが、それらは積に衝突する寸前に消滅。
ガラスが砕けるような音を背景に前に出た積の手には愛用の鉄斧が握られており、一切の躊躇なく目の前の神教最強へと向け振り下ろされ、
「斬殺結界!」
「っっっっ」
それを阻むようにアイビス・フォーカスを中心とした空間に無数の斬撃が出現。
前進と振り下ろしを試みる積の足を止め、後退させ、一メートルと少し離れた位置で二人の視線が再びぶつかる。
「アタシとあんたにはあまりにも大きな差がある………………そんなこと、とっくの昔にわかってるんじゃない?」
「………………っ」
「諦めなさい。抵抗に意味はないの」
とすればアイビス・フォーカスは再び攻勢に移行するようなそぶりを見せるが、ふらつく積を前にして静止。
『これ以上の戦いに意味はない』『不必要に手を汚させないでほしい』
そんな憐憫と懇願が込められた声で語りかけ、
「………………………………はっ!」
それを聞けば彼女が自分と戦う事ではない事ははっきりとわかり、顔をあげた積は――――笑う。
不敵に。自身のほどがうかがえる様子で。
「天地がひっくり返っても自分には勝てないってか?」
「そうよ。だからそこをどきなさい」
「馬鹿兄貴なら、そんな言葉で退かねぇだろ?」
「………………言っておくけどこれは最終通告よ。従わないのなら両手両足を貰っていくわ」
その様子にアイビス・フォーカスは不快感を覚えるが、それを感じさせない淡々とした口調で宣告。
遮蔽物が一つもなく、嵐のような攻撃の止んだ第四階層に響くが積が引く様子はやはりなく、
「どれだけ脅されようが殺されることはないってんのなら怖さに欠けるな。まぁいい。なら一つだけ約束しろ姉御」
「………………なによ」
己が本音を見抜かれた事で彼女は機嫌を悪くするが、積は構わず言の葉を紡ぎ続ける。
「もし俺があんたを動けなくしたら………………俺達の味方をしろ」
「積…………それがいろんな意味で不可能な提案ってことをわかって言ってる?」
「絶対に勝てるってんなら、どんな約束をしたところで問題ないはずだ。どんな約束をしようとも勝てばいいんだからな」
信じられない言葉を耳にしたという様子で目を見開き、驚愕に染まった声をあげる。
対する積は先ほどまでの劣勢が嘘のような余裕があり、その様子を前にアイビス・フォーカスは呟くのだ。
「これだけは言えるわ。あんたは間違いなく善の弟よ。そういう馬鹿な提案、大好きだったから」
懐かしむように。どこか嬉しそうに。
口角を僅かに持ち上げながら呟くのだ。
「………………喜んでいいのかわからねぇなそりゃ」
「ついでに言っておくと、百回以上提案されて通ったのは片手で数えられるくらいよ」
「そうかい」
応じる積の表情と声は苦々しく、それを見たアイビス・フォーカスは誰が聞いてもわかるほど楽しげな声をあげ、けれど一拍置いたところで両者の顔から表情が消え、
「何度も言うけど時間がないの。すぐに――――決める!」
再び攻撃が繰り出される。
今までと同じように、原口積という一個人を呑み込むにはあまりある密度を繰り出していく。
(チャンスは正真正銘ただ一度だけ!)
その全てを突破する覚悟を決めた積が脳裏に思い浮かべたビジョン。
それは自身が掲げた無理難題を突破できる可能性がある唯一無二の方法であり、万に一つの可能性すら存在しない事を理解した上で、彼は前へと踏み出した。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
引き続きアイビス・フォーカスVS原口積。
頭の中で最後までの具体的な道筋を建てていたのですが、おそらくあと三話くらいで終わる短期決戦になるかと思います。
その分話全体の密度は濃くなると思いますので、楽しみにしていただければと思います。
ただ同時並行で進む第五階層の話があるので、ここに一話か二話増えるくらいかと。
とはいえ次回は引き続きこの二人の戦い。
神教最強の一角。不死鳥の座アイビス・フォーカスの本気が積へと迫ります。
それではまた次回、ぜひごらんください!




