アイビス・フォーカスVS原口積 一頁目
『神の居城』四階における戦い。その形はアイビス・フォーカスと原口積による一騎打ちである。
「姉御にも事情があることは分かったがな、だからといって俺達が止まる理由にはならねぇんだよ」
「!」
「俺達は絶対にイグドラシルを仕留め、世界を正常な形に戻す。その邪魔をする障害があるってんのなら――――――命を賭けて押し通る!」
だが戦いを繰り広げる者の心境は、当初とは異なるものに変化していた。
といっても、積に関しては何の変わりもない。どのような過程を経たとしても、最終的には神の座イグドラシルを打倒する。そしてこの混乱を終わらせるという至極当たり前なものである。
「ばっかじゃないのアンタ! 命を賭けていいのはねぇ! 勝算がある時だけなの! 勝てる可能性が皆無の戦いに命を使うのは『賭け』じゃない! 『自爆特攻』いえ………………『無駄死』っていうのよ!」
対するアイビス・フォーカスであるが、彼女の胸中に原口積を下すという意思は全くない。
彼女に今しがた存在するのは年長者としての『守護の念』で、既に彼女はイグドラシルの陣営から外れ反乱軍側に就いており、その上で対話を試みていた。
この戦争に勝つためでは決してない。
超えれない障害に無謀にも突っ込んでいった若者たちを助けるため、先に行かせないと立ち塞がる積を打倒するためであり、その過程で力を発揮する。
つまりこの戦いの構図はこれまでとは逆なのだ。
フロアマスターとして立ち塞がるはずのアイビス・フォーカスが説得を中心として場を動かそうと足掻き、挑戦者であるはずの積がそんな彼女を止めている。
「上に誰がいようと死にやしない。俺達は、必ずイグドラシルのもとにまでたどり着く!」
「根拠のない自信を――――」
上にあがった蒼野達の生死を気にしているのは、本来上へあがる者達の前に立ち塞がるはずであったアイビス・フォーカスであり、この場に一人残った積は先へ進んだ仲間に全幅の信頼を置き、上へ進もうとする彼女を迎え撃つ姿勢を見せる。
全てが逆。
あべこべな衝突がこの戦いの形なのである。
「口にするのはやめなさい!」
「信頼している以上の根拠が必要か! 色々考えてご苦労なこったな!」
アイビス・フォーカスが繰り出した光の剣による弾幕を、積は足元から滴らせた液体状の鋼鉄を広げ・固めて防御。
しかしそれは数秒も持たず粉々に砕け、奥にいる積本体に光の刃が衝突。
「偽物!? なら本体はどこに!?」
「おらぁ!」
すると積と思っていた肉体は鋼の液体となり周囲に飛び散り、アイビス・フォーカスが困惑の声を漏らすのと同時に鉄斧が彼女の首へと向け振り抜かれる。
「小細工を!」
「っ!」
「するんじゃないわよ!」
その一撃をアイビス・フォーカスは体を捻って回避。その勢いを殺さず足を突き出し積の胴体へと蹴りを入れるが、積はそれを瞬時に生成した鉄の盾で弾くと一歩前へ。
彼女が苦手とする接近戦を試みる。
「か、たいな!」
「昔言った気がするけどもう一度言ってあげる。ゲゼルに渡すまでのあいだ、善の奴に武術の心得や接近戦を教えてたのは私よ!」
のだが崩れない。
接近戦が苦手という前評判が嘘のように彼女な機敏な動きで積が繰り出す百以上の連撃を躱し、最後の一撃とばかりに繰り出した一撃を肘打ちで明後日の方角に弾くと、反撃の裏拳を積の顎へ。
「結局のところ自分で面倒みきれなくなって他人に任せたんだろ? なら自慢げに言うもんじゃねぇだろ」
「うぁ!?」
その一撃を積は錬成もせず屈んで躱し、態勢を低くした状態のまま体を独楽のように動かし回し蹴り。
それは彼女の足首を見事に捉えると態勢を崩し、その状態から立ち直るため、アイビス・フォーカスは続けて積が繰り出す百以上の連続蹴りを腕で防ぎながら羽ばたき空中へ。
「逃がさねぇっての!」
だが逃げるアイビス・フォーカスの足首には既に鉄の鎖が嵌められており、それを引くことで彼女の飛翔を阻止。自分の手元まで引き寄せると、積は鋼属性でコーティングした拳で彼女の顔面を殴り抜く。
「んな簡単にっ! 当たるわけがないでしょっ!」
残念ながらそれはアイビス・フォーカスの履く草履の足裏で防がれるが、積の攻撃は終わらない。
「まだだ!」
「さっき粉々に吹き飛ばした分身!?」
先ほどアイビス・フォーカスが粉々に砕いた己の分身。液体となり地面に滞留させていた鋼鉄に指示を出し、小さな刃となったそれは彼女の背後から飛来。
なおも動ける積が距離を詰めたことで挟み撃ちの形となり、アイビス・フォーカスを追い詰めていく。
「垂れなさい――――炎の天幕!」
「くそっ!」
だが彼の快進撃はそこまでだ。
アイビス・フォーカスが厳かな声で唱えると、真上から現れた炎のカーテンが両者の間に挟まり積は後退。背後から迫っていた鉄の刃はというと、触れた瞬間に溶けて消え去った。
「………………仲間を信頼する。接近戦を挑む。私の事を姉御と呼ぶ………………それに加えて真っ黒な髪の毛にボロボロの学ラン」
「………………」
その奥にいたアイビス・フォーカスはなおも無傷であり、つい先ほどまで繰り広げていた接近戦など無かったかのような余裕の態度で一つずつ言葉を紡ぎ、それを聞いた積が僅かに肩を上下させ、
「貴方まさか………………本当に善に『なる』つもり?」
馬鹿にしたような笑みを浮かべながらそう告げた。
「見えてきた! この先にイグドラシルはいるはずだ!」
「………………気を抜くな。入った瞬間に不意打ちという可能性もありえるのだからな」
「わかってるって!」
一方の蒼野達三人は長く続いた螺旋階段の終点を見つめながらそう発言。
一刻も早くこの大災害を終わらせなければならないと考える彼らの足取りは慌ただしく、他の階に辿り着いた時動揺、最低限の確認と警戒をしたうえで登り切り、目にすることになるのだ。
第五階層の意外な形を。
「え?」
「…………これは」
「図書館、か?」
視界に飛び込んできたのは、見通すことのできない空の彼方まで伸びる無数の本棚。その全てにはぎっしりと年季の入った本が収納されており、入りきらなかった物はページが開いたような状態で空中で静止。
これまでとはまるで異なる空間に彼等は息を呑んだ。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
さてさて始まりました第四階層の戦い。
四章最終決戦編は前回までが前編で、こっからが後編部分となる感じでございます。
で、四階の決戦のテーマに関しては本編の中でも語られていた『あべこべ』、簡単に言うと立ち位置が定まらない中で、対話しながら答えを見つけていく感じになります。
とはいえ戦闘もここまでくるとクライマックスの連続なので、決して手を抜いた中途半端な物にはならないのでご安心を。
今回の話はいわば、原口積の戦いの総決算となります。
あと、前回までで語っていなかったのでこの場でお伝えしますと、三階のシュバルツVSアデットは『因縁』というものがテーマでした。
逆に言うと同じテーマを二度使うつもりはないので、第五階層以降に因縁はありません。
もっと別の大変な事はありますが………………
とりあえずは第四階層。そして同時に進んでいく第五階層を楽しんでいただければと思います。
それではまた次回、ぜひごらんください!




