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RE:アデット・フランクの遺産


 黒い液体が宙を舞う。

 アデット・フランクの体が崩れかける。


「――――まだだ!」


 それらを察しながらもシュバルツ・シャークスは止まらない。

 神器を掴んでいる腕を切り飛ばしていないからではない。

 ここからが本番。勝敗を決する最後の衝突であると知っているゆえに。


「私は! 私は!! 私はぁっっ!!!!」


 崩れるはずだったアデット・フランクの体が制止し、背中を突き破り黒い液体が吹き上がる。

 一対の翼にも似たそれを、シュバルツは見届けることなく駆け出し人切り包丁のような大剣を振り抜き――――間に合わない。


「ッ!」


 刃は空を切り、瞬間移動のような速度で虚空へと跳ねていたアデット・フランクが大地に着地。

 その瞬間襲い掛かった揺れはシュバルツが行う足踏みと同等かそれ以上の被害を出すのだが、無論彼の変化したのはそれだけではない。


 周囲を平伏せさせるような重圧はより強く。

 全身に滾る膂力はつい先ほどを遥かに超え。

 全身を包む黒い結晶は頭部まで到達し、体の至る所に空洞を作った歪な鎧へと変貌。


 先ほどまでの姿が児戯の類に思えるほどの力が宿っていることは明白であり、


「―――――――――!!!!!!」


 声にならない叫びと共に、彼は前に出る。

 光属性無しで光速を超えるその動きは、二人のガーディアを連想させる域に至っており、敵対者を屠る事を約束しているはずであった。


「…………ずいぶんと無茶をさせてしまったな」

「!?」

「もういいんだ――――――眠れ友よ」


 それほどの強さを得たにも関わらず、今のシュバルツは揺れない。慌てない。

 悲しみに暮れた声をあげながら振り抜いた一撃は、普段とは比べ物にならないほど緩慢なものであった。


 だというのにそれは、アデット・フランクを完璧に捉え、その一撃を契機に二人は再びぶつかり合う。


(俺の体に回復に使えるだけの粒子は残っていない。体力の残りを考えれば、もう一撃も喰らえないな……………………ならば!)

「――――!?」


 その衝突は誰の目で見てもわかるほど一方的なもの。

 すなわちシュバルツは今、あれほど苦しめられていた己が友を圧倒していた。


 秒ごとに力が増していこうと、


 攻撃を放つ速度が光速を遥かに超えようと、


 完璧な予知を行うシュバルツには意味を成さず、攻撃の合間合間に振り抜かれる一撃はアデット・フランクを包む黒鎧を易々と砕き、その奥にある肉体から黒い液体を延々と吐き出させる。


「諦めろ」


 つい先ほどまで必死に防いでいた攻撃に対する対応も大きく変化しており、全てを弾くような真似はせず、ごく一部を左手で上手く弾き、自分へとぶつかるはずだった刀剣全てを連鎖的に潰していく。

 生物のような動きをする黄金の鎖の群れも体を僅かに逸らすだけで躱し、どうしても無理な物だけをマントで弾いていた。


「もう――――当たらんよ」


 この絡繰りは実に単純。意識の集中による周囲の状況察知。

 今のシュバルツはこれを、練気の力として扱う事が出来るようになっていた。

 つまりあらゆる攻撃を防ぐないし躱す際は薄く広げ攻撃の察知と回避・迎撃に重点を置き、攻勢に移る際は練気を対象だけに絞り、未来予知に使うようになっていた。


 無論これは簡単な事ではない。


 完全な自動操作では決してできない。

 オンオフの切り替えが可能であり初めて行える神業である。


 如何に並外れた実力を持つシュバルツ・シャークスといえど、相手が今のアデット・フランクならば不可能な領域であったはずなのだ。


(全能感………………いや強くなったという実感をここまで感じるのは久しぶりだな)

 

 だがそれは『つい先ほどまでの彼であれば』という大前提を敷いた上の話で、今の彼は大きく異なる。


 千年以上の時を経て、それまで固く閉ざされていた『更なる成長を示す扉』を開いた彼は違うのだ。


「終わらせるぞ――――アデット・フランク!!!!」


 前動作など存在せず、その上で光速を遥かに超える速度で繰り出されるアデット・フランクの攻撃の数々。

 それが繰り出されるより一歩以上早く、筋肉の収縮や空気の変化を読み取ったシュバルツの剣が動き出すと阻止していき、四方八方から飛んでくる黄金の鎖は目にすることなく回避。

 黒い鎧の隙間から突き出す刀剣の類は空いている左手の甲で簡単に弾き、他にも存在する数多の抵抗は、全て繰り出されるよりも早く対処を終え、そうして余らせた手数を用い、友の肉体に巨大な神器を通していく。


 その精度は秒単位で増していく。


 アデット・フランク(死者)の急激な力の増幅を、シュバルツ・シャークス(生者)の進化が上回る。

 どちらも秒単位で強くなり、徐々に差が広がっていく。

 シュバルツ・シャークスがアデット・フランクを引き離していっているのだ。


「世界を埋めろ! 我が手足!」

「………………来るか」


 そんな中、シュバルツの前に最後の試練が訪れる。

 彼らのいる戦場を、故郷を、いや世界を埋めるように黄金の鎖が虚空から溢れ出し、それに合わせアデット・フランクの肉体が宙に浮かび十字を描く。


 とくれば待ち受ける展開は先ほどと同じである。

 虚空を破って現れた無限に近い黄金の鎖は目標を捉えるべく迫っていき、残った鎖がアデット・フランクの背後に集まっていく。


 それはつい十分ほど前にシュバルツを追い込んだ一撃。星を穿つ黄金の螺旋への道筋である。


「――――――来い!」


 その姿を目にしても、今のシュバルツは何もしない。

 迫りくる黄金の猛威がただ己を包囲するために迫っていること。つまり自身の体を傷つける意図がないことを察知すると、剣を構えたまま硬直。

 黄金の体は彼の肉体を雁字搦めにしていき、その光景を前にしたアデット・フランクが完成した黄金の螺旋を撃ち込み、


「チェック――――――」


 直後、黄金の包囲が解けていく。


 中からの重圧に耐えきれず、周囲一帯に吹き飛んでいく。


 シュバルツが己が体内に宿した青い練気を一気に膨れ上がらせることで弾き返したのだ。

 と同時に口ずさまれるのは彼が所有する最強の一。

 友にして果て越えであるガーディア・ガルフを下すために作り上げた全身全霊の一撃の解号であり、


「エンド!!」


 黄金の螺旋と真正面からぶつかり、粉砕する。


 己が命脈を断つはずであった一撃は衝撃の勢いに耐え切れなかったのか粉々に砕け散り、闇夜を照らす灯りとなった。


 と同時にシュバルツの目が捉えたのは、ほんの一瞬前に見た物が自分にもう一度迫ってきているという光景。

 すなわちアデット・フランクが放った、黄金の螺旋のおかわりである。


「ツイン―――――」


 しかしそれを見てもシュバルツは微塵も動じない。


 既にその一撃が迫っていることさえ把握していたゆえに。


 今の自分ならば、必ず砕くことが出来るという確信を抱いていたゆえに。


「ブレイク!」


 その自信は現実のものとなる。

 初撃を撃ち込めば続けて打ち込めなかった全力全開の第二打であったが、新たな扉を開いたシュバルツはその壁さえ打ち破り、態勢を刹那の瞬間に整え再び神器を振り抜くと、もう一度恐ろしい威力を秘めた黄金の螺旋を粉砕。

 それでもシュバルツ・シャークスは足を止めずさらに先へ。


「サード!」

「――――――――!!」


 最後の足掻きである数多の刀剣と黄金の鎖による猛攻を完璧に躱し、全てを決するべく声を張り上げ、


「クロス!!」


 この戦いを終わらせるという決意のもと、新たな領域に至った証として、神器の刃が十字を描く。


「――――――――――」


 それによりアデット・フランクを包む鎧が砕け、


「終わり………………だ!?」


 両腕を切断し封印するため、なおも動こうとするシュバルツ。

 だが己が肉体を限界まで酷使した反動がこのタイミングで彼を襲い、不意に力が抜け、黄金の塵が積もった大地に片膝をつく。


「………………………………まだだぁ!!」


 無論すぐに立ち上がろうとした彼は力を振り絞り、震え続ける体を必死に持ち上げ、


「いやもういい。お前は本当に――――よくやってくれたよ。シュバルツ」


 瞬間、声が聞こえてくる。

 月が出ていない闇の中で、はっきりと聞こえてくる、


 つい先ほどまで耳にしていた。

 けれど先ほどまでとはまるで違った、労わりの念を込められた声がシュバルツの耳に届き、呆気にとられた彼の様子を見ることなく、アデット・フランクは背を向けたまま開口。


「死者は黙する。それが正しい在り方だ。千年経ってまで………………色々と迷惑をかけたな」

「俺とお前の仲だ。細かい事を気にするな」

「そうか。なぁシュバルツ。俺はあの日あの瞬間………………君が生き残ってくれて本当によかったと思ってるよ」


 シュバルツ・シャークスが今、一番言ってほしい事をしっかりと伝える。


「友よ! おれは!!」


 そうだ。

 シュバルツ・シャークスはこの戦いが始まり敵の正体が無二の親友であるアデット・フランクだと知った瞬間から、ずっと気にかけていたのだ。


 延々と自分の声を叫び続けるのは、己を恨んでいるからではないかと。


 だからこそ自身に敵意をまき散らしているのではないかと、彼はずっと悩んでいたのだが、そんな不安が今、払拭される。ずっと彼の心を支配していた靄が消えていく。


「………………黒海研究所へ行け。あそこが、この戦いの終着点だ」

「!」


 語りたいことがたくさんあった。

 アイリーン・プリンセスにエヴァ・フォーネス。なによりガーディア・ガルフがどうなったかを伝えたかった。

 今の時代を楽しんでいることを。

 鎬を削れるライバルが増えたことも言いたかった。


 だけどアデット・フランクはそうさせない。

 整然と同じように、今、一番必要な情報を語っていく。

 己が全身を勢いよく真っ白な塵にしながら語っていく。

 それこそが彼がアデット・フランクである証であり、


「さあもう行け! 二度も友の死を見届けたところで、お前に得なんてなにもないぞ!」


 最後に数多ある武器の中から傷の修復と粒子の回復をできる液体を投げつけ、優しげな声で伝える。


 『この結末に満足している』と。

 『お前が気に病むことなどなにもない』と彼は言外に告げ、


「………………今度こそお別れだが一つだけ言わせてくれ。俺は――――お前に会えてよかったよ友と」

「私もだよ友よ。達者でな」


 別れを告げた勝者は空を駆け、


「アデット―――――」


 しかし後ろ髪惹かれるような思いに襲われると、振り返るべきではないと知りながら豆粒ほどの大きさとなった故郷を見つめ、


「………………本当にありがとうアデット。後は任せてくれ」


 彼は目にするのだ。

 自分が進むべき道とは真逆の方角へと進んでいく真っ白な塵を。


『ああ。頼んだぞシュバルツ』


 そして耳にするのだ。


 普通に考えれば幻聴としか思えない。


 けれどはっきりと聞こえた、友の返答を。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


長かった二人の戦いがここに終結!

最期の最後は一気に書いたのですが、読んで下さる読者の皆様が少しでも満足いただけるできなら幸いです。


さて今回の話でついにメインターゲットが出現。神の居城内部で未だ残っている戦いとは別に、外での戦いもクライマックスへと向け進んでいきます。


さて次回はその転換点に当たる話なのですが………………今回がうまく一区切りついたので、年内最後の更新としようと思います。

次回の更新は一日遅れの一月一日。

各所での制圧に留まらない、逆転に向けた話を年始に届けられればと思います。


それではまた次回、ぜひご覧ください!!


そして皆さま、よいお年を!!!!

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