武の境地が抱くもの 二頁目
『レディースアンドジェントルマン! 皆さま突然申し訳ありません!』
『ほんの数十分前に巻き起こった戦いの熱が冷めぬ皆様方に、今回が初となる新イベントをお届けします!』
『その名も! ファン感謝戦! 我らが新たな闘技場の主と、皆さまが拳を交える事ができる、ファンの皆さまを交えた新たなイベントです!』
司会者であるアラタの大げさな身振り手振りと闘技場全体に響くナレーションを聞き、闘技場に集ったファン全体がそれ以上の歓声を上げ、先程の戦い同様に大地が大きく揺れる。
その熱狂的な叫びを聞くだけで蒼野の頭が真っ白になり明後日の方向へ意識が飛びかけるが、
「え?」
突如何もない背後から背中を叩かれた感覚が彼の身に襲い掛かり、意識が現実へと戻ってくる。
「…………どうした古賀蒼野」
「いや、なんでもない」
突然の出来事を前に困惑する蒼野であるが、意識が戻ればする事はただ一つ。
肺を満たす様に息を吸いこむと数秒かけて吐きだし、目の前にいる相手に全神経を向け得物を構える。
『ルールは簡単! この円形のフィールドで戦い、相手の意識を奪った方の勝ち! ハンデとしてミスターブドーは場外に出た瞬間敗北。挑戦者の仮面を被った二人は、どれだけ場外に吹き飛ばされてもよしとなります!』
観客の声援に舞えない勢いで円形闘技場の中心に立つアラタが声をあげ、ブドーと仮面を被った二人に交互に手を向け、ルールを説明。
「せっかくの機会だ。できるだけ戦えるように工夫しなくちゃな」
「……馬鹿が。最初から負ける気持ちで戦うな。勝つための努力をしろ」
観客の声援を受け、周囲の人々に手を振りながら顔に笑顔を張りつけ応えるブドー。
それを前にしたゼオスは腰にかざした自らの得物に手を置き、それを抜き取ると蒼野と同様の構えを取る。
『さあ! ここに役者は揃った! ではいざ尋常に!』
その後アラタが声を上げるとそれを聞いたブドーが構えるのだが、その構えを前にして蒼野は眉を吊り上げる。
左手を頭のてっぺんよりも高く、右手を股間の位置にまで下ろし、左足を前にして腰を低くした姿勢で待ち構えるその姿は、獲物に飛びかかる前の獣の如きものである。
『勝負!』
闘技場全域に響く程の大音量が司会者の口から吐きだされる。
それに合わせ蒼野とゼオスが風と炎の粒子を放出し、自身の体の周囲に漂わせ剣に集中。
「風刃・一閃!」
「……鬼火玉」
ブドーが何かをしでかすよりも早く、互いが所持している遠距離攻撃を用い、目前の障害を殲滅戦と動きだす。
この戦いにおける蒼野とゼオスの共通認識は、目前の人物に近づかれた場合、決して勝てないというものだ。
先程の闘技場内の戦い、開始して数分は均衡状態が続いた。
それはチャレンジャーである鋼士という男がブドーを近づかせないように彼の手が届かないリーチから攻撃を続けたからなのだが、ブドーが自身の手の届く距離にまで接近した瞬間、彼は頭部から勢いよく大地に沈められ敗北した。
その正体を二人の目では捉える事ができなかった。
しかしそれでも、それを目にすれば目の前の男を近づけてはならない事程度ならば理解できる。
だからこそ、繰り出すのは一面を覆う程の数による物量攻撃。
荒波を形成されるかの如く撃ちだされる、フィールドの約半分を埋める二人の全力だ。
「獅子怒涛!」
その大質量を前にしても一切怯まず、彼は真正面から迎え撃つ。
その手から撃ちだされるのは目にも止まらぬ速さで繰り出される無数の正拳突き。
一撃放つたびに獅子の頭を模した衝撃波が空を舞い、千を超える量の風の斬撃と炎の塊を一つ残さず撃ち落とす。
「……やはり一筋縄ではいかないか」
無論、蒼野もゼオスもそれを見て落胆する程落ちぶれてはいない。
目前に控えるは日夜戦いを繰り広げるこの戦場の主。
自分たちが僅かに全力を発した程度で、下せる相手ではない。
「んじゃ、打ち合わせ通りに行くぞ」
二人の質量攻撃を退けフィールドの中央付近にまでブドーが歩いてきたところで、蒼野が円形のフィールドの外枠を走り逆方向に回り込む。
「風刃・一閃!」
「……鬼火玉」
そうしてブドーを中心に対角線上に立ったところで先程同様質量攻撃を開始。
「むっ!」
物量は先程のほぼ半分。しかしその代わりに二方向から放たれたそれらは、時折ほかと比べ鋭い一撃が混ざっており、それに対応するためにブドーの動きが止まる。
「これは中々! が、その程度では一撃すら届かぬぞ!」
両腕を真逆の位置に構え二人の攻撃を先程同様に獅子の頭を模した一撃で凌ぎ続けていたブドーが、目に入る全ての風と炎を瞬時に退け、返す刀で放った一撃が二人を回避行動に移した瞬間ほんの一瞬静止。
「ふ!」
気合いの一声と共に放たれたこれまでと比べ数倍巨大な獅子の頭部が、回避行動に移っていたゼオスに狙いを定め、その体を捉えフィールド外の壁にまで一瞬で吹き飛ばした。
「……っっ!」
「ゼオス!」
太陽が照りつける戦場の一角から、向かい側で壁にめり込んだ自身と同じ顔の少年に声をかけ安否を確認する蒼野。
「そら、もう一発だ!」
そんな彼へと向け、全く同じ大きさの獅子の頭部が撃ちだされる。
「時間回帰っ!」
放たれた攻撃の速度に目が追い付かないが蒼野であるが、それでも自身に何か危険が迫っている事を反射的に理解した彼は能力を発動。
目前に迫った獅子の頭部の時間を戻し、自身に迫った危機を紙一重で回避した。
「時間回帰!」
そうしてある程度ゼオスとの距離を詰めたところで半透明の丸時計を撃ち出ししゼオスに当てると、彼の時間を僅かに戻し体に刻まれた衝撃の跡を修復。
「……おい、こんな大勢の人間が見ている場で能力を使うな」
「攻撃同士の衝突で起きた際の砂埃で隠れてるから心配すんな。てかお前、それが理由で攻撃を受けたのか?」
「……避けきれなかっただけだ。目で追いきれなかったものでな」
ゼオスが非難する中蒼野がそう言ってブドーに視線を向ければ、彼は観客に向け拳を突き上げ声をあげる事で、中断してしまった事によってできた空白の時間を埋めていた。
「今の一瞬だけで差は歴然なのはわかったけど、負けを認めるか?」
「……むざむざ敗北宣言するつもりはない」
そうして、痛みの記憶を脳裏に刻みこみながらも立ち上がるゼオス。
その様子を見たブドーが好戦的な笑みを浮かべ、再び最初の時と同じく左手を頭の上の辺りまで上げ、右手を股間の辺りまで下げた構えを取る。
「手数を増やすのではなく、精度……いや質をあげるべきか?」
「…………手を緩めれば攻勢に出られる。死んでも攻めろ」
「馬鹿言うな! 死んだらおしまいだっつーの!」
そのまま彼が中央で座して待っているのを理解すると、再びブドーを挟みこむ形に分かれる蒼野とゼオス。
その目に宿る闘志は未だ衰えず、埋めようのない程の実力差を前にしてもどうにかしてそれを切り崩せないかと考え立ち向かう。
その様子を見て、
「なるほど。これが狙いか!」
闘技場の覇者は、自らに依頼した男の狙いを理解した。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
まずは申し訳ございません。
活動報告で上げていたとはいえ、零時を過ぎてしまいました。
この時間まで待ってくださった方は本当にありがとうございます!
これからも頑張って書いていきますので、よろしくお願いします!
さてところ変わって話の方はと言いますと、分かりやすいこの世界における上位陣との戦いです。
特にゼオスは同年代の中では最強クラスという位置づけで書いているのですが、
そんな彼でも上のランクにはまだまだ叶わないという現実の描写です。
なお、ブドーが善と戦えば高確率で善が勝ちます。
世界の壁は高い
という事でまた明日。
よろしくお願いします。




