生者の行進
「やめろ! やめろ! 私に! 見せるな雑念を!」
その場所に至った瞬間、アデット・フランクに襲い掛かる衝撃がかつてないものになる。
流れてくる情報は洪水のような勢いと恐ろしさを伴い、月明かりなき夜闇の中で、彼は死体とは思えない激しい慟哭を上げていた。
つまり彼は、ことここに至り『感情』を得るに至ったのだ。
「取り乱すのか戦いに集中するのか、どっちかに絞れよお前!」
溢れ出る呻き声は間違いなく恐怖に染まっていた。空を睨む姿に、シュバルツの姿は映っていない。
だというのに技の冴えと速度と威力は増していく。
その矛盾が、アデット・フランク存在がもはや生者ではない事を訴えてくる。
どのような過程、どのような変化をしたとしても、戦うためだけの機械に等しい存在に代わってしまった事をシュバルツ・シャークスに訴えてくる。
「お、おのれぇ! ここまで来て! 一手足りないというのか!?」
だがそんな事に意識を向けられないほど、今のシュバルツは切羽詰まっていた。
至るはずであった姿と声を得て、感情まで取り戻したアデット・フランクの強さは、発する感情とは無関係に更なるものに変化していた。
それこそ全身全霊を捧げ、更なる強さを得たシュバルツでさえ、届かない領域に達していたのだ。
「クソ!」
繰り出す斬撃の数々は速度と技量と手数で抑え込まれ、
「クソッ!」
返す刀で撃ち込まれる攻撃の一部が当たり、己が肉体から生者である証の赤が零れ出る。
「クソォ!」
体を回復させるために必要な粒子はついに底をつき、対するアデット・フランクの回復は、今なお果てが見えない。
つまり最終局面に至った今になって、彼我の差が明確に表れるようになってしまったのだ。
(なんだ。なんあんだ! 俺には………………何が足りない!)
鎖によるを弾き、降り注ぐ刀剣も叩き落とし、返す刀で刃を通している。
それだけの空間把握能力を手にしながら、あと一歩だけ届かない今の己。
そんな自分に足りないものが何であるかを、シュバルツは生死の境目を彷徨うこの状況で考える。
考えて考えて考えて、
「ガッッッッ!?」
終わりに、多量の血で地面を汚しながら両膝をついた。
答えを得るより先に、限界が訪れたのだ。
「やめろ。やめるんだ………………私の頭の中に………………入ってくるな!」
「最後まで………………その瞳に私の姿は映らない、ということか?」
そんなシュバルツの姿を、アデット・フランクは見向きもしない。
フラフラな足取りで、虚空を見つめながらブツブツと呟く姿は正常なものではなく、そんな友の姿に悪態を吐いたシュバルツは立ち上がる。
「倒れるわけには………………いかないよな!」
自分が負ければ、この最強最悪の怪物を野放しにすることになるという危機感。
目の前にいる友に負けたくないという意地。
その二つでは断じてない。
目の前で、ついに涙を流し始めた友を弔いたい。
そんな繊細で優しい思いを最大の柱にして、彼は立ち上がる。
勝算はどこにあると考えながら立ち上がり、
「――――――」
瞬間、彼の思いを裏切るように、肉体が痙攣を繰り返す。
立ったまま意識を失い、
『なんでそこまで完璧に攻撃を躱せるかって? そりゃ後の展開が見えてるからだよ』
彼はアデット・フランク同様振り返ることになるのだ。
つい先ほどと同じく。
今度は超えるべき共にして戦友との記憶を。
『見えてるってなんだよ? 未来予知でもしてるってのか?』
『冗談のつもりで言ってるのかもしれねぇが、有り体に言うとそうだ』
『………………マジ?』
『マジのマジだ』
夏のうだるような暑さに晒されたある日のことだ。
いつものように戦い終えたところで、水分補給をしていたシュバルツは、汗一つ書いていないガーディアに尋ねたのだ。
『なぜ自分の攻撃を鮮やかに躱すことが出来るのか』と。
十代の頃から、シュバルツはガーディア以外に負け越すことはなかった。
剣速は既に極限まで高められ、余波に触れるだけで、九割方の存在は敗北した。
そんな彼の攻撃を完璧に躱せる理由を彼は問い、信じられない答えが返って来たのだ。
『なんだなんだ? お前ついに、心を読んる妖怪にでもなったのか?』
『んな話じゃないっての。じゃあ聞くが、お前が相手の攻撃を予測する時はどういう風にやる?』
『そりゃ相手の姿勢やら腕の軌道。目の動きやらなにやらだろ?』
ただ話を聞けばどうやら一種の技術体系になっている事が察せられ、シュバルツの意識は手元の飲料水から背後にいる友へ。
『基礎の部分はそれで会ってるよ。俺の場合、そこに見るものを更に加えてる感じだ』
『更に加えてる?』
『筋肉の収縮に空気の僅かな揺れ。それに発する呼吸の規模なんかもそうだな。全部言うのは億劫だから省くが、あらゆるものを把握した上で、頭の中で合体させる。で、それを次の動きに当てはめて、未来予知が完成だ』
『………………なんだそりゃ。人間の技じゃないな。変態だ。変態の業だ』
『人が懇切丁寧に教えた返事がそれか? 殺すよ? 殺しちゃうよ俺』
『おっかないことを言うなっての!?』
帰って来た返答を、当時のシュバルツは茶化した。自分には縁のないものだと断言し、今の今まで忘れていた。
では今の、この記憶を見ている彼はどうかと言えば話は変わる。
『試してみる価値はある』と考えると、悠然とした足取りで終止符を打つべく迫る友と真正面から対峙。
(呼吸はないし目の焦点は合ってない。なら利用できないな。意識を注ぐべきはそれ以外!)
昔の自分では無理だった。
だが今の自分ならば違うであろうと己を信じ意識を集中。
この戦いで会得したあらゆるものを把握する観察力の範囲を、アデット・フランク一人に注ぐ。
「ッ!」
そうなれば当然、範囲外から注がれる攻撃の嵐に晒される事になるのだが、歯を食いしばり耐える。
一瞬でも気を抜けば、今度こそ帰って来れない永遠の眠りに沈んでしまうと自覚しながら彼にだけ意識を傾け、
「そうか」
彼は自覚するのだ。
「俺も、あの頃のアイツの真似事くらいはできるようになったのか」
今、自分はあのとき友が言っていたことくらいはできるようになっているのだと。
決着をつけるべく疾走を開始したアデット・フランクの進む足の動きが、揺れる筋肉の動きが、空気の僅かな振動が、今の彼は手に取るように把握できる。
(まぁ、頭のおかしい計算はできないが、そこは仕方がない)
残念ながらそこから計算で答えを導くまではできなかったが、それを補うためにこれまでに培ってきた全ての経験を用い、結果シュバルツは目にすることになるのだ。
目の前にいるアデット・フランクの未来の姿。0.1秒後に辿る未来の姿を。
「――――そこだ」
直後、気合の籠った声と共にシュバルツの体が躍り出る。
これまでのような速度に大きく偏った物では断じてない。繰り出される斬撃の威力も、つい先ほどの惑星破壊規模の者と比べれば大きく劣っている。
しかし先読みを行ったうえで繰り出されたそれは、アデット・フランクの敷いた防御をスルリと潜り抜け、数多の武器が潜んでいる肉体にまっすぐな線を刻み、
「そうか………………これがあいつの見ている世界か」
直後、噴水のように液体が昇る。
真っ赤な赤ではない。
今の彼が正常なものではない事を示すようにその液体はどす黒い。
「やっとたどり着けたよ」
だが彼はそうなってしまった共に怒りを抱かない。
存在していた差が埋まり、追い抜いたことを、明確に感じ取ったからだ。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
長かった戦いも今回の話でほぼ終了。
最期の最後は、これまで立ち塞がっていたシュバ公のレベルアップ話となりました。
色々と言いたいことはありますが、それはまた後日。
上手いこと進められれば次回でこの戦いも完結です。
最後までぜひお付き合いいただければ
それではまた次回、ぜひご覧ください




