ROAD TO FIVE 八頁目
断言しよう。
原理の説明についてはここでは省くが、今なお死体な事に変わりないのだが、アデット・フランクは生前に近い状態にまで戻っている。
髪に色が籠り、肌が死人のものから健康な色合いに変化。加えて正常な声を取り戻したのはその証左である。
とはいえ蘇ったというわけではない。
彼の体には未だ魂が宿っておらず、意思と呼べるものはないのだから。
「ここ、は………………」
けれども体は覚えているのだ。記憶などないはずだというのに、機能しないはずの脳は楽しげに躍り出し、凍ったように動かない心臓が高鳴るような感覚に襲われる。
目の前にある瓦礫の山。悠久の時を経て原型を失ったその場所を目にして、わけもわからないのに涙が零れ落ちそうになってしまう。
「アデット」
「!」
「全て終わらせよう――――――この場所で!」
無論シュバルツに、彼をそのような状態に陥らせようとするなどという意図はまるでなかった。
知っている場所に辿り着いたのだが、アルが告げた最適な場所に移動しただけなのだ。
決してアデット・フランクに何かを訴えたいわけではなく、
「――――――行くぞ!」
ゆえに駆ける。
思い出に浸る暇もなく、彼は駆け出す。
「オォォォォォォォ!!」
他の場所ならば地割れが起こる勢いで大地を踏み、周囲にある固形物を吹き飛ばす勢いの雄たけびを上げながら、手にした神器を全身全霊で振り下ろす。
「ッ!」
その姿がアデットの網膜の裏に刻まれた姿と重なり、体が自然と動き出す。
どうすれば最良の結果を引き寄せられるかを体が理解し、華麗な身のこなしで躱すと、追撃が迫るよりも早く手にした一太刀を一振り。
それはシュバルツの手刀により粉々に破壊されてしまい、間髪入れず繰り出されたショルダータックルは瞬時に錬成した三枚の鋼鉄の盾で防御。
「その程度で耐えれるものか!」
「ガッ!?」
だが、剛力を自慢とするシュバルツ相手には頼りない。
盾により威力が半減してなお迸る衝撃に体は耐え切れず、アデット・フランクの肉体は弾丸のような速度で瓦礫の中へと飛び込んでいく。
「――――!」
そうしているとまたも視界が移り変わる。
見知らぬ四人の少年少女が、笑いながら祭りの露店の中を歩く姿が脳を掠める。
くじ引きで延々とハズレを引き続け文句を垂れる美少年に、その様子を楽しそうに笑う巨体の姿が映し出され、
「ハァ!」
その景色を切り裂くような声と共に、彼は分厚い黒雲が空埋める現実に帰還。
瓦礫だけではない。地面に加え虚空さえもズタズタに裂くようなシュバルツ必殺の一撃を真横へと回避すると、周囲の空間から発射させた黄金の鎖で距離を詰めてくるシュバルツの足止め。
「遠慮なしで戦える俺が! この程度で止まるわけがないだろう!」
がしかし、周囲への余波の事を考慮せず戦えるシュバルツ・シャークスはその程度では止まらない。
全身の筋肉を膨れ上がらせると勢いよく神器を振り抜き、その際に生じた衝撃波だけで数多の鎖をはじき返し、全力の跳躍で零距離に。
即座に繰り出されたアデットによる攻撃の数々を左手一本で対処すると、余人が相手ならば当てるだけで殺せる威力の蹴りを放つ。
「そう、か! 身に纏っているその黒い鎧は! 抜群の切れ味を持ってるのかっ!」
これに合わせるようにアデットが蹴りを撃ち込みぶつかった結果、アデットの左足は粉々に砕け、シュバルツの右足は黒い塊の秘めた切れ味に耐え切れず、膝から下が二つに分かれる。
「だが! もらったぞ!」
シュバルツの攻勢は終わらない。
アデット・フランクはすぐに失った左足を再生させ始めたのだが、それが終わるよりも早くシュバルツに首根っこを掴み上げると、何かされるよりも早く空へと放り投げる。
「空ならばあの厄介な足運びは関係ないな!」
「………………っ!」
直後に再び世界は変わる。
彼の右目が在りし日の栄光(過去)を映す。
ただ『上から世界を見たいから』なんて目的だけで、空を歩く四人が映る。
振り返って自分に笑いかける姿があった。
下にある光景を指さし目を丸く姿があった。
気に食わないという理由で戦争の渦中に飛び込み、好き勝手やった姿があり、
「これ、は………………なんだ………………一体なんだというのだ!」
自らの両手の袖から鎖と太刀が飛び出る様子があった。
自分の真後ろにある大きな背中に、背を預ける感触が脳を伝う。
「――――――っ!」
残った左目はというと現実を移し続け、シュバルツが繰り出す秒間五万回もの回数を用いて行われる猛攻を、寸でのところで阻止するのだが、落下していく二人の体は、地面に着陸するのではなく海中へ。
視界が闇夜に慣れるまでのほんの一瞬。光が通り過ぎるような速度で駆け巡った新たな映像は、海に潜った四人が、自分の手からスコップなどを渡され、何かを探している様子であり、
「ディアボロ・シャークス!」
「我が手足よ! 敵を射抜け!」
声と共に繰り出された突きのラッシュ。サメの形をした脅威を前に、アデット・フランクは黄金の鎖を固めて作った巨大な刃で対抗。
両者の衝突により迸った衝撃。それは周囲一帯の水と大地を吹き飛ばすのだが、シュバルツは体を屈めていたため吹き飛ばずに耐え切り、そうしなかったアデット・フランクは再び上空へと浮上。
「ここ、は………………ここはここはここはぁ!」
シュバルツによる追撃などもなく、真下にある地面に着地した瞬間、これまでで最も強い衝動が襲い掛かる。
視界が揺れ、体が震え、脳が蠢く。
目にしていた無色の世界に色が宿り、人々の喧騒が耳を衝き、二人の少年と二人の少女の姿が側にある。そんな記憶が襲い掛かる。
映像は校舎内に移り変わり、初老の男性にわけのわからない名前を呼ばれ立ち上がる。
色々な物が置かれた部屋で座っていれば、巨体と美青年が幼稚な言い合いをしている。
金髪の美女が金髪の少女と睨み合っており、自らの頬が緩んでいるのだと自覚する。
そして――――視線が下に向く。
自分の名前が記されたナンバープレートに移っていき、
「アデ………………ット?」
めちゃくちゃな発音である。歯切れも悪い。
けれど確かに、彼は自分の名前を口にして、
「お、おぉ………………」
「!」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
叫ぶ。叫び続ける。
狂気に染まっていない。
アデット・フランクという青年の声のままで。
体を満たす得体のしれない悲しさを口から吐き出す。
「アデット………………お前は」
その瞬間、腹をくくったシュバルツの攻撃がほんの僅かに緩む。
するとその一瞬の間にアデット・フランクは自分と剣の間に黄金の鎖を敷き詰める事で壁を作成。
十本ニ十本と断ち切られていくが、数本は砕かれず形を残し、大剣を包むように巻き付き。
「ここは、ダメだ! 脳が砕ける!!」
「ぐっ!」
言いながらシュバルツごと投げ飛ばす。
『この地から離れたい』『目頭が熱くなる感覚から逃れたい』
そのような事を強く願った彼は、大剣を縛り付けてる黄金の鎖を掴むと全力で投擲。
「ここを離れるわけには!」
一方のシュバルツは自身が全力を発揮できるこの場所から離れる事を望んでおらず、投げ出されてすぐに、身を襲う重圧をものともせず体勢を整えると、大剣を真後ろへと引く。
「暴力失礼!」
「きさっ!?」
それだけでアデット・フランクの体は彼の真正面まで引き寄せられ、振り下ろした拳骨は顔面に直撃。
顔が粉々に砕けるよりも早くアデット・フランクは垂直に落下。
周辺の地面全てが隆起する衝撃が体を伝うが気にせず立ち上がると、再び体に残る記憶が浮上する。
黒い獣と対峙する己と三人の少年少女。
すなわち自身が死んだあの瞬間の記憶を、死闘を演じながら思い出す。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
シュバルツ・シャークスVSアデット・フランクもついに大詰め!
過去を思い出すアデット。友との決着に無我夢中で挑むシュバルツ!
おそらくあと二話・三話程度なので、最後までお付き合いください!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




