ROAD TO TWO 二頁目
「ここまで順調に事を運べたと思ってたんだけど………………」
「見たところ、それもここまでみたいっすね」
変化が起きたのは世界中で暴れ回る『黒い海』から生まれた怪物が再び強化された直後。
二ヶ所同時であり、そのうちの一か所は『神の居城』外周で戦いを繰り広げるアイリーンとヘルスの前であった。
「………………懐かしい感じがするわ。昔の彼にすごく似てる」
「昔の彼? アイリーンさんがギルガリエさんと合ったのは初めてじゃ………………いやそうか。貴方は千年前に!」
「何度も戦場で顔を合わせて鎬を削っていたわ。あっちが一番槍で、こっちが殿役だったから。ただその時の雰囲気は………………」
生きていた頃は無所属最強の戦士であったギルガリエの肉体が黒い奔流に包まれ、内部から発せられる圧が勢いよく増していく。
それは周囲に物理的な影響さえ与え始め、黒雲が唸り、二人のいる周囲の地面や建物が大きく揺れる様子は、世界に終焉が訪れるかのような不吉さを帯びていた。
「アデットお前………………その姿は」
それほどの変化が同様に起きていたもう一か所。
それこそが一踏の湖を所有する『ウーク』へとやってきたシュバルツの前で、アデット・フランクの身を包むように吹き出た黒い奔流が止んだ瞬間、シュバルツの口から戸惑いの息が漏れる。
彼がそのような反応を示した理由は二つ。
まず第一に体を包んでいた白い着物が消えていた。
代わりに体を包んでいるのは真っ黒な鉱石で作られた刺々しいもので、雲の隙間から顔を出した月光に照らされると、アデット・フランクの全身が鮮やかな光を放ったことから、硬度を備えた鎧の類であることが予測できた。
「いや問題はそこじゃないな。今問題なのは………………!」
さらに重要な点はもう一つの方。
今シュバルツが目にしているアデット・フランクが死人とは思えない状態になっていたことだ。
蝋燭のように白かった肌は健康的な肌色に変色し、憤怒の表情は消え神妙な顔に。
最も大きな変化は髪の色で、色素の抜けきった真っ白な長髪は今、生前と同じ真っ赤な物に変化していた。
つまり生前により近い状態へと変化しており、この姿を前にシュバルツは考える。
『もしかしたら友は、今度こそ蘇ったのかもしれない』と。
「………………そんな都合のいいことが………………起こるわけがないよなぁ」
だがそれは甘い考えであるとシュバルツは自身の言葉で断ち切る。
己を見つめる瞳には未だ生気が宿っていないゆえに。
「来たれ――――」
「!?」
そんな彼はしかし、すぐさま自分の考えを撤回したくなる誘惑に襲われる。
荒れ狂う嵐のように暴れ、口からは延々と狂声を上げていた友が、静かな佇まいをしたうえで在りし日の理知を感じさせる声を発したゆえに。
「アデット! 私だ! シュバルツだ! まさか本当に意識を取り戻したのか!」
思わず叫んでしまったシュバルツであるが、アデット・フランクは顔色一つ変えずに再び開口。
「舞え――――そして蹂躙せよ」
「くそっ。やっぱダメの聞く耳なしか!」
シュバルツの全身を悪寒が襲い、此度の戦いで修得した異常な集中力を起動。
極限のそのまた先。前人未到の領域に至ったそれは、アデット・フランクが指一本でも動かせば、完璧な切り返しをできるだけの自信があった。
「――――――――」
(早い! いやそれ以上に………………予備動作が全くない!?)
だからこそ、シュバルツは目を見開く。
姿かたちが大きく変化したアデット・フランクの初撃は、正体こそわからぬものの受ける事が困難であると直感が囁くほどのものであり、慌てて屈んだ彼が、周辺の木々や真っ二つになり倒壊する音に合わせて顔をあげると目にするのだ。自身の頭上を通り過ぎた攻撃の正体を。
「黄金の鎖複数本を絡ませたもの。言うなれば黄金の鞭なわけだが、これほどの威力を秘めているか!」
彼の視界の先で一本の太い線になって輝いていたのは、神器『万象縛鎖』を五本重ねて作り上げた分厚い鎖で、そのせい圧力の高さを目にして思わず喉を鳴らし、
(いや違うな。問題はそこではない!)
しかし彼はすぐに気づく。本当に恐ろしいのは、今しがた目にした武器ではないという事を。
新たな境地に至った己が、躱すしか手段がないと考えるに至った、速度と神業と言っていい技量にあるという事を。
「………………もしかするとこれが、お前が生きていたとするなら至っていた領域なのか?」
その事実を受け止め、軽口のつもりでそう呟くシュバルツであるが、言った後になり自身が口にした言葉が実にしっくりと来るものであると気付いた。
「………………おかしな話ではないな」
鎖を中心とした数多の武器を使いこなし、神業と呼べる技量と、攻撃開始の素振りを感じさせないほどの早さを兼ね備える。
これらは確かにアデット・フランクという青年が至っていてもおかしくない領域であり、マジマジと顔を見つめてみれば、顔や体格が記憶にある物よりも幾分か年を経ているような気もし始め、
「――――原因の断定まではできないが、お前は今、至るはずであった未来の姿になったという事か?」
顎に手を置いたシュバルツが、僅かに目を細め結論を下す。
自身の前で立ち塞がるアデット・フランクはかつての姿。つまり生前の全力を超えた地点に到達していると。
千年前のあの日に死することなく己と同じく鍛錬を積み続け、その果てに至っていたであろう境地に、どのような経緯を経てかはわからぬが、辿り着いているのだと。
今目の前にいるのは、同じ道を辿っていれば、自分の隣にいたはずの青年の姿であると。
「黄金の我が具足よ――――――囲え。隙間なく」
「む!」
そう理解した瞬間、アデット・フランクが厳かな声で口ずさみ、おびただしい量の黄金の鎖が彼等のいる戦場に出現して密集。アデット・フランクはそれに合わせて動き出す。
「具足よ………………惑わせ」
「っ」
のだが、その動きの質にシュバルツは顔を歪める。
単純に速さに偏った物では断じてない。
シュバルツのように場の状況を察知する者の意識を惑わし混乱させるような、奇妙なその歩法は、シュバルツを酒を飲んだ際に訪れる酔った状態へと導き、その間に物音一つ立てることなく動き出したアデット・フランクが、両者の手が届く距離にまで肉薄。
「お、おぉ!?」
ノーモーションで繰り出された鉤爪と、一歩遅れて動き出した大剣が衝突。一万十万と衝突し、夜空を無数の火花が埋める中、初手の遅れにより生じた劣勢にシュバルツは顔を苦痛に歪める。
「厄介な動きをするようになるんだな………………お前は!」
アデット・フランクの動きは先ほどまでとは別物だ。
荒々しさはなりを顰め、動きの一つ一つが精彩かつ技量に富んだものになっていた。
ゆえに悪態に近いような口ぶりではあるが素直な賞賛を告げるのだが、彼の友は眉一つ動かさない。
「――――包め」
「むぅ!」
周囲を埋めるように敷かれ、舞っていた黄金の鎖は、シュバルツとアデットを包み込むと卵の殻のような形に変化。
「嫌な………………合わせ技を!」
外から投擲される刀剣の類は黄金の鎖を突き破る瞬間まで隠れるようになり、それを把握するために集中力を更に研ぎ澄ませば、先ほどと同じ奇妙なステップによる酔いが時折訪れ、一手二手と彼我の差を広げていく。
それだけではない。
アデット・フランクが手にした神器の鎖の軌道はもはや人智を遥かに超えた域に至っており、黄金の殻にぶつけて行われる反射まで利用し繰り出される変則的な攻撃を前に、シュバルツは完全に動きを封じられ、
「しまっ!?」
その状況を見計らったように、二人を包む黄金の殻が縮み、シュバルツの持つ神器『ディアボロス』が絡めとられる。
当然シュバルツはそれらをすぐに引き剥がそうとするが、この展開を予期し数手分稼いでいたアデット・フランクの方が遥かに早い。
黄金の殻が音を立てながら解除されれると自身が掴んでいた神器に意識を飛ばしていたシュバルツの四肢に胴体。首にまで巻き付き、
「天は我であり!」
「!」
「我こそは天である!!」
その行方を見届けるよりも早く、アデット・フランクは大声で告げる。
黒雲を背に飛翔し、自身の体で十字を描きながら、先ほどまでとは異なる芯の通った声で己が力の解号を口にする。
それに従うように空間を裂き飛び出た黄金の鎖が彼の体に集まっていき、いくつもが綺麗に重なり、人一人の体を呑み込める大きさの切っ先まで作り上げられたところで手足と頭部の先端から発射。
シュバルツの見ている前で、アデット・フランクを中心とした大きな黄金の十字架が構成され、未だ身動きの取れないシュバルツへと狙いを定め、
「まずい!」
シュバルツは大慌てで動きずらくなった足を動かし大地を踏み、周辺の地面を粉々に粉砕。水属性粒子を地面全体に流し噴き上げると、自分の位置をわからないよう工夫する。
「天は地を見下ろす! すなわち! 大地で蠢く影は全て我が手中なり!!」
だが、その程度のことでアデット・フランクが攻撃を止めるわけがない。
シュバルツが放つ闘気から位置を絞り込むと、再び発せられた声に合わせ、鎖は疾走。
四つの極太鎖は一本になり、シュバルツの居場所周辺の地面を大きく抉った。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
まずは謝罪をさせてください。
本当に申し訳ありません。書いたはいいものの投稿を忘れていまして、一日遅れの投稿となります。
これは完全にこちらのミスです。
で、次回に関してですが、これは明日(というより今日)、普段通りのペースとして投稿させてもらいますのでよろしくお願いいたします。
本編に関しては、シュバルツに続いてアデットの覚醒ターン。
エヴァのような多彩さや、ガーディアのような速さや技術のスペックによる暴力とも違う。色々な要素を使った嫌がらせや弱点への攻撃が彼の強さなわけですが、今回の話からその真価が発揮。
この死闘を大きく彩ります。
そんな戦いももうすぐクライマックス。
次回は彼らが戦うべき最後の地へと向かいます。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




