ROAD TO TWO 一頁目
シュバルツ・シャークスの中にあった迷い。その全てを断ち切るかのような一閃が、軌道上にあった悉くを切断する。
その余波たるや凄まじく、通った道から切っ先までの時空が乱れるほどだ。
「ァァァァ――――――アアアアァァァァァァァァァァ!!」
それほどの威力の攻撃を受けてもアデット・フランクは起動し続ける。
離れ離れになった上半身と下半身は映像の逆再生のようにくっつき、仮面の奥に隠れていた素顔は怒りの形で固定されたまま、勢いよく背後を振り返る。
「むんッ!!」
その状況を予期していたかのようなタイミングでシュバルツの追撃は繰り出され、アデットの体を袈裟に切り裂き、続けて繰り出した蹴りで落下する下半身を彼方まで吹き飛ばし、残った上半身を細切れにするように手にした神器が連続で振り下ろされる。
「やはり………………蘇るか」
そこまでの攻撃を与えてなお、アデット・フランクの肉体は修復される。
シュバルツの猛攻を嘲笑うように、失われた部分が黒い粘着性の物質によって補われる。なくなった下半身も、細切れになった上半身も、数秒ほどで元の状態へと戻っていく。
(体の再生に使っているのは、見たところ話に出ていた『黒い海』だな。となれば無限に近いストックがあるわけだが………………どうするべきだ?)
その光景を前にシュバルツは考察する。
真正面から立ち向かうと決めたこと自体はいい。
しかし問題はどうやって攻略するかだ。
それというのも今の今まで苦しめ続けられている力。『仮面の狂軍」全員が持っている異常な再生能力が原因で、残念ながらシュバルツはこれを解除するような便利な力を持っていない。
(いや迷う必要はないな。俺は――――俺の出来る手段で攻略する!)
だとしても迷いを断ち切ったシュバルツがその程度で動じるはずがない。
確固たる意志を込めた瞳で修復を終えたアデットを睨むと、剣の柄を握る掌に力を込める。
「――――フゥゥゥゥ」
それはこの戦いの最中、何度もやって来た動作であるのだが、先ほどまでのような心の乱れを打ち消し、確固たる芯を体内に宿した今の彼が行うその動きは、それまでとは比べ物にならない成果を秘めている。
「!!!!?」
ただ握るだけではないのだ。
体内に宿っていた不要な力を全てこそぎ落としたその姿は、理性を無くしたはずのアデット・フランクさえ本能から恐れさせ、
「攻めさせてもらうぞ――――友よ!」
雄たけびを上げながら一歩前へ。と同時に百メートル先にいたアデット・フランクへと繰り出されたのは右から左へ。左から右へと振り抜く二連の飛ぶ斬撃だ。
「シバッ!?」
それは此度の戦闘開始から徐々に力を増しているアデット・フランクでさえ知覚できない領域であり、彼は防御する間もなく上半身に下半身、そして頭部の三つに分断される。
「まだだ!」
驚くべきはそれほど凄まじい攻撃を行使してなお、シュバルツの動きに陰りは見えないことで、一呼吸置く間もなく距離を詰めると、アデット・フランクが所有している神器、掴んだもの全てに『神器が持つ能力無効』を付与する手袋を嵌めた両手に意識を。
掲げた刃を振り下ろそうと剣を向け、
「流石に………………そこまで甘くはないか!」
けれど更なる追撃を放つよりも早く、頭上から雨のような勢いで降り注いできた黄金の鎖に阻まれ後退。その際に撃ち出された刃や砲撃により少なくない傷を負うのだが、意気消沈する素振りは一切ない。
「やはりこの手が有効か」
なぜならシュバルツは確信を得れたのだ。
どれほど急速に強くなろうとも、他の連中とは違う強さを秘めていようとも、『仮面の狂軍』が持っている弱点に変わりはないのだと。
エヴァから手渡された強力な封印術を行使すれば、勝つことができるのだとはっきりとわかったのだから。
「手元に残った封印術が能力でなければさらに良かったのだが…………まあ強力な効果にする代償だな。確実な成功を狙うなら、こればかりは文句を言っていられん」
となれば戦いの勝ち負けは分かりやすいものになったと彼は悟る。
自身が友から神器を取り外して封印するのが先か。
はたまた友が更なる成長を遂げ自身を上回るのが先か。
二者択一になったと感じた瞬間、勝利への道筋が見え、
「待つのではなく――――先に!」
思い出した過去で告げられていた己の欠点。それを呪文のように呟きながら彼は再び前進。
「決めさせてもらうぞ!」
「師ィィィィ場ァァァァァァァ!」
致命傷となる一撃を撃ち込むのではなく、選択肢を奪うように。自分に有利な盤面を整えるように。
迫る攻撃全てを叩き落としながら動き回るために邪魔な瓦礫を片付け、再生速度を上回る勢いで攻撃を叩き込みながら両腕を切り落とせるだけの隙を伺う。
文字にすれば実に簡単。
しかし相手が百戦錬磨という言葉が霞むほどの腕の『超越者』とであり、場が月明かりさえ通さない闇夜の中であるとするならば、それは想像を絶する難題である。
「見えているぞ!」
それほどのことを、シュバルツ・シャークスはさして緊張することなくやってのける。
無数の黄金の鎖を叩き落とし、飛来する武器の数々を再生させたマントで防ぎ、新たに加わった透明化した暗器さえ空いている左手の甲で弾いていく。
「ガッガガガガァツ!?」
「どうした? もうグロッキーか? なら名残惜しいがこれでおしまいだ!」
その上で、剣が、拳が、マントが、いやシュバルツ・シャークスという男を構成するあらゆる機能が、アデット・フランクの肉体に突き刺さる。
秒ごとの進化でさえ追いつけない速度でシュバルツの集中力が増していき、結果、今の彼は己の半径五百メートル以内に存在する全ての人と物の位置を把握。その上でそれら全てが自身の身に届くよりも早く、完璧な対応を繰り出すことができるようになっていた。
(なんなんだろうな。これは………………初めての感覚だ)
言うなればこれは、彼の至った新たな境地。
先ほど口にしていたような『全力全開』や『本気』さえ上回る、戦いに『悦』を感じるのではなく、強い『使命感』を持ったゆえに到達できた領域で、
「――――!!」
「――――!!」
「「――――――――!!!!」」
アデット・フランクも負けじとより機敏に動き、より複雑な攻撃を連発。
二人の繰り出す攻撃の衝突音が、発せられる声をかき消す。
生じた衝撃が、大地を揺らし、砕き、肉体が予想だにしていなかったタイミングで宙に放り上げられる。
だがそれでも、彼らの動きは止まらないし乱れない。
どれほど周りの状況が変化しようが目の前の相手を仕留める事だけに全身全霊を傾け、アデット・フランクなど、自身の体にぶつかるはずだった瓦礫や木々さえ、シュバルツを仕留めるための道具として利用。
「オォォォォォォォ!!!!」
「シ、馬………………!!」
そこまで利用しても、身の丈二メートルを超える巨体は止まらない。
数多の刃と瓦礫と木々が降ってきていた。
無数の不可視の脅威が音一つ立てず前後左右からやってきていた。
なにより捕まれば即敗北の可能性がある黄金の鎖が、四方八方から、数えきれない量で迫っていた。
「捕らえた!」
その全てを乗り越え、シュバルツの左拳がアデット・フランクの腹部に突き刺さる。
「!」
「RU!」
それが仕掛けられた罠だと気が付いたのは直後の事。
突き刺さるはずであった拳が服の中に潜ませていた黄金の鎖に絡めとられ、威力の十分の一程度も発揮できなかったと察した瞬間。
己の突き出した左腕に、黄金の鎖が巻き付いていると知った時で、
「しくじったな友よ!」
「ァァ!?」
「繋いだ先にあるのが、自分の体ではダメじゃないか!」
直後にシュバルツは、この事態を利用しようと考えた。
なぜなら厄介なのは『縛られて動けない事』。つまり裂けた空間から現れた黄金の鎖を相手にして、力比べにより引き寄せられないときなのだ。
つながった先にあるものが、友アデット・フランクの肉体であるというのなら話は異なる。
「純粋な力勝負を俺に挑んで、まさか勝てるなんて思っちゃいないよな?」
黄金の鎖を自身へと向け勢いよく引き寄せ、その奥にいる友が、本人の意思とは関係なく近寄り、
「もう一発だ!」
憤怒の表情刻む顔面に、再び握りこぶしが直撃。
その際アデット・フランクはシュバルツの体に巻き付けていた黄金の鎖を解くが、だからといって体に襲い掛かる衝撃がなくなるわけではない。
吹き飛んだ体は空を飛び、数百キロどころではない距離を飛行。
蒼野達が初めて彼と出会った地。
『一度の震脚で大地を割り、流れ込んだ水で敵の大群を仕留めた』というシュバルツの伝説が語られ、彼の銅像が建てられた街ウークの小島へと移動。
「――――」
「決める!」
大地に身を預けピクリとも動かないアデット・フランクを前にしたシュバルツがそう呟きながら一気に距離を詰め、
「――――――――カッ!」
「なにっ!?」
目にすることになるのだ。
彼の肉体を中心として登っていく黒い奔流を。
「アデット。お前その姿は………………」
そして見る事になるのだ。
徐々に変貌していく友の姿を。
これより訪れる『仮面の狂軍』でもごくわずかな者しか発現しない切り札の真価を。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
シュバルツ・シャークスVSアデット・フランク、互いが全力を尽くす限界バトルの第一話の更新です。
今回のお話はシュバルツのターン。
迷いが晴れ、これまでにない強さを発揮する彼の活躍はいかがだったでしょうか?
さてそんな中で次回はアデットのターン。
こちらもまた面白い仕掛けが残っているので、楽しみにしていただければと思います
それではまた次回、ぜひご覧ください!




