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はじまりの魔 三頁目


「私の予想もあなた方と同じもの。今こうして世界を襲っている『黒い海』には明確な殺意、言い換えれば『意志』か『システム』があるというものです」

「…………彼らは?」

「見たところ死亡後五分以内だったため保護しています。死体の損傷もそこまで激しくないため魂も残っているでしょうから、腕利きの治療術師に見てもらえば助かる可能性があります」

「そのために封印した、ということか」


 二人の賢者とその部下を守っていた賢教所属の神器使い達。

 話をしながら彼らを一瞥したノア・ロマネは、彼らの手や足から神器を取り外すと、周囲に展開した紙片を広げ、彼らの全身を包装。アルの質問に答えると、ジグマは鼻を鳴らしたのだが、彼は少々の違和感を覚えた。

 アルの知る限り、ノア・ロマネという人間は今でも賢教の住人に対しいい思いを抱いていないはずであったはずだ。

 そんな彼が丁寧な応対をすることは少々不自然に思えたのだ。


(あるいは、劇的な心変わりをするようなきっかけがあったのか?)


 最も可能性が高いのはそのような理由であるが、それ以上そちらに意識を割いている余裕はなかった。

 自分らのいる場所まで来た彼が、要件を口にし始めたのだ。


「話を戻そう。『黒い海』を操る正体が『意志』なのか『システム』なのか。その判別は現状ではできない。ただ、一つ気にかかること事がある」

「それは?」

「この危機は今、狭い範囲ではなく全世界を対象に行われている。加えて敵は『学習し対応』する機能を所持している。だがこれほどの事を一個人や一装置では賄えないのではないかと思うのだ」

「つまり………………子機、いや端末や協力者がいるということか?」

「その可能性が高いとみている」


 語られる内容は『狙いを大本である『頭脳』を叩く方向から、指示によって動く『手足』を引きちぎる方向に変えてもいいのではないか』というもの。

 アルとジグマを中心とした研究者たちが行っていた、事態解決のための最短距離である大本を叩くことから、その一歩手前にあり、本体に比べれば守りが薄いであろう端末や子機、または実行犯を叩くべきだと言うのだ。


「なるほどな。一理ある」

「手足を奪い大幅に戦力を落とせば、それだけ対処が楽になる。加えて言えば、本体を守る妨害もなくなる可能性があるだろうからな」

「だが一つだけ問題があるぞノア・ロマネ。そもそもの問題として、すぐに目標を見つけられなかった場合、余分な時間の浪費が積み重なるだけの可能性もあるということだ」


 この意見を二人を筆頭とした研究者たちは即座に切り捨てることはない。

 だがジグマは白い手袋を嵌めた右手で指さしながらそう問いかけ、対するノア・ロマネは、それを払いのけながら、迷いなく語り続ける。


「この『黒い海』を操っている『何か』の前提条件を確認しよう。まず第一に現場の状況を逐一学習し、即座に対応策を練れるだけのスペックを持っているという事。私はこの時点で、本体はともかくとして、端末に人間が関わっている可能性は低いとみている」

「まぁ、そうだな。一か所二ヶ所ならまだしも、世界中で起きてる反乱に対して、同時に対応と対策を練るのは人間業ではないな」

「となると機械の類が現実的なわけだが、大きいにせよ小さいにせよ、最適化した物体を用いているはずだ。つまり物としては同質の物を用意しているとみてもいい」

「そこも同感だ」


 淡々と告げられる事実に、アルとジグマは勿論、彼らを支える研究者たちも異論はない。

 同意を示すように頷き、


「そして状況からして犯人は、神の座イグドラシルである可能性が高い」

「「!!!??」」


 しかし途中で止まった。

 往時のノア・ロマネならば決して口にしない言葉を発したゆえに。


「なっ、あぁ?」

「う、むぅ………………ッ」


 ここに集まった優秀な研究者たちの代表者。よっぽどのことがない限り怯むことのないアルやジグマでさえ口ごもり、他の面々も各々が驚いた反応を取る。


 なぜならこの場にいる全員が思ったのだ。

 

 『神の座を心から敬愛しているノア・ロマネという存在が、彼女を疑うような素振りを見せるはずがない』と。


「どうした? 質問があるなら答えるぞ?」


 ただ彼らの動揺を前にしてもノアの態度に変化はなく、全員の『聞いてくださいボス』『こういう時に聞いても立場上殺されにくいのが『三賢人』の称号でしょう』という圧を受け、アルとジグマの二人が前へ。


「あーそのだな」

「君が彼女を疑うのが、あまりにも意外だったのでつい、な」


 死刑台の前に立たされた罪人のような心持ちで、視線を合わせず気色の悪い笑みさえ浮かびながら遠慮がちに聞いてみると、返って来たのは深いため息で、しかしそこに殺意はなかった。


「お前たちのことだ。『神の居城』で何が起きているのかくらい知っているのだろう」

「それは、まぁ………………」


 ジグマはともかくとしてアルはギルド『ウォーグレン』と親交が深い。そのため彼は積達がラスタリアへと突入する前に応援要請を受けており、他の面々よりも早く事情を知り、現場へと専用の無人ヘリを飛ばしたりしていた。

 なのでこの世界にいる大多数より現状を把握している自信があった。


「………………この事件の中心にいるのは、間違いなく『神の居城』の玉座に座るあの方だ。だが私は、彼女が正気ならばこんなことをするはずがないと信じている」

「つまり、イグドラシルは狂っていると?」

「………………偽物だと思っていると思っている、というのが正しい」


 そんな彼に対し視線を注ぎ、ノア・ロマネは語る。

 そもそもの話として一度『黒い海』から落ちて生還してきた事実に疑問を覚えるべきだったのだと。

 今いるイグドラシルは偽物で、『世界を滅ぼそうとしている』敵対者がいるのだと。

 両目を動かし続けながら、自分が言いたいと思ったことを語り続ける。


「話を戻すが、玉座にいるのが偽物だとしたら、その地位を利用しない手はないはず。つまりイグドラシル様が所有していたものを利用するのが、簡単かつスマートな答えなはずだ。加えて言えば目立たない方がいい。そこまで突き詰めた上での私の解が――――これだ」

「結界維持装置か!」


 目の前にあるキーボードを叩き続けた末に、ノア・ロマネが解答に到達。

 画面に映されたのは、かつての戦いでガーディア・ガルフが仲間達とと共に破壊した白い塔の残骸なのだが、不自然な事に黒い光を放っていた。

 無論一つだけではなく画面に映っていた数十個全てであり、研究者達は、ノア・ロマネが目的を見事に遂げた事を確信。


「すぐに周辺にいる連中に連絡を取れ! あの残骸を粉々に砕くのだ!」


 ジグマの一喝により研究員たちは各地へと連絡を始め、ジグマ自身もその一員に加わる。


「神の座イグドラシルの側近という立場のお前に聞きたい。あの仮面共はなんだ?」


 だがアルだけは違う。


 戦場を俯瞰し続け、『仮面の狂軍』の正体が死者であることをこの場にいる誰よりも詳しく知った彼は、隣に立つ鋭い目つきの青年に対し問いかけ、


「………………『黒い海』と密接な関わりがある事は断言できる」


 腕を組み、顔をやや渋いものにしながらそう語るノアであるが、アルはこれにも同意できた。

 これまた既に、積達から情報として聞いていたゆえに。


「………………そもそもの話として『死者を意のままに操る』など外法もいいところだ。加えて『相応の強さ』を備えているようにできる道具など、どれほど困難な開発過程だったかなど楽に想像できる」

「まぁ………………そうだろうな」


 続く情報に関しては知らないものであったのだが、内容自体は納得のいくものであった。

 厄介さに目がくらみ、これまで他の部分にまで意識を向ける事が出来ていなかったが、死者の操作はともかく、戦力として利用できるだけの力を持たせるのは至難の業だ。

 アルやジグマ、いや死んだメヴィアスをもってしても、同じような事が出来る道具の開発は、未だ成し得たことがないし、現状では不可能であると思えた。


「………………偶然だったらしい」

「え?」

「『それ』をここで失ってはいけない一心で、戦力としてではなく、『死者の蘇生』だけを切に願って、手にしていた仮面を被せたらしい。墓を暴いてまでだ」

「………………そうだったのか」


 だからこそ、続くノア・ロマネの言葉には納得できた。

 極々稀に、それこそ奇跡のような確率ではあるが存在するのだ。


 それまでの過程や法則を突き破り、目を見張るような結果を叩き出すという事が。


 そしてその過程を事細かに、一分の漏れなく記録できていれば、再現可能な段階に至ることもできる事も彼は知っていた。


「あれはそう………………確か千年前の話だったはずだ」


 ゆえに場の空気に相応しくなく感傷に浸るアル。そんな彼に対しノア・ロマネが最後に告げたのは、彼にとってはさして大きな意味を持たない。


 けれどごく一部にとっては、とても大きな意味を持つ一言であった。




 色素の抜けた白の長髪を地面に垂らしたまま俯き、以降は微動だにしない怪物が、空間を裂き現れた物を手に取る。


 それは鎖であった。

 月の光通さぬ夜闇にあってなお輝く金色の鎖。


「師氏………………士場………………」

「――――――――――」


 シュバルツ・シャークスという男がよく知る青年。

 数多の武器を使いこなせる彼が、最も得意とする得物を彼は掴み、


「留、津」


 もう二度と出会う事がないと思っていた声が………………耳を衝く。

 心臓の鼓動が破裂するのではないかと思うほど膨れ上がり体が震え、


「アデット………………………………………………なのか?」


 恐る恐る、信じられないという思いはあれど、確かな確信を持って言葉は放たれ


「シィィィィィィィバルゥツゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 正答というように、アデット・フランクは叫ぶのだ。


 呪うように、彼の名を。





ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


はい。という事でカオスの正体提示へと続く一話です。

思い返してみれば、ここまで来るのは本当に長かったです。

なにせ最初の最初に現れたわけですからね。千話以上経っての正体判明は相当なロングパスであると思います。


そんな彼の真価が次回ついに発揮されます。乞うご期待!


それではまた次回、ぜひご覧ください

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