武の境地が抱くもの 一頁目
「お忙しい中すいません。貴重な体験ができて光栄です」
「ハッハッハ、そうかしこまる必要はない。ヒュンレイ殿から突然連絡を貰った時は驚いたが、俺自身がよいと言ったのだ。そこまで肩肘張る必要もあるまい」
木彫りの仏像が壁一面に安置され、部屋の隅には様々な筋トレ用の器具が置いてある部屋の中央。
スチール製の机を中央に置き、パイプ椅子に座った状態で三者は向き合い、顔を合わせる。
「そう言ってもらうと助かります。よろしくお願いします」
「うむ! よろしく!」
「……」
緊張した様子を崩さない蒼野に対し、ゼオスが一目見て抱いた感想は小さいというものだ。
観客席から見ていた時も感じたが、蒼野やゼオスよりも一回り程小さい。一般的な中学生男子程度の身長しかない。
身長の高さが明確な勝敗となるわけではないのは理解しているが、それでもこの小柄な体で先程の戦いを行っていたと考えると、驚嘆するしかなかった。
「あの、さっきの戦い……すごかったです! もう何がどうなってるのか全然わからなくって」
「そうかそうか。その様子を見るに、君たちはこの闘技場に来たのは初めてだな?」
「は、はい。なんか……すいません。もっと足しげく通って、あなたに会いたい人たちがいると思うのに…………」
遠慮がちにそう口にする蒼野を前にして男は笑い声をあげ、ひとしきり笑ったかと思えば、二人に対し優しげに話しかけた。
「そんな事は気にしなくてもいい。某に関して言えば月一回は観客との交流をするようにしているし、闘技場を出れば毎回百人近くのお客さんが待ってるんだ。むしろ落ち着いてこうやって話せるだけありがたい」
TVでは何度この闘技場で行われていた試合の風景を見て豪快な人物である事は知っていたが、それでも実際に会って話した時どう思われるかはとてもなっていた事だ。
が、実際に話してみて目の前の人物がTVで見た通りの性格であるのを確認し、蒼野は心底安心した。
「しかしふむ、ヒュンレイ殿から少し依頼を受けていたのだが……うむ、これは困った」
「…………依頼?」
「うむ。最近部下の蒼野君とゼオス君の仲が不穏だから取り持ってほしいと言われたのだが……む、しまった! これは秘密であった! すまんが俺から話したことは隠しておいてほしい!」
「…………」
言うべきでは内容を口にする男の姿を見て、ゼオスが内心で苛立ちを募らせる。
この闘技場の王とでも言うべき人物に対して失礼極まりないのは分かっていたが、それでも考えずにはいられなかった。
このミスターブドーを名乗る人物は、馬鹿者の類に属する人物であると。
「えっと、それで……俺達はどうすればいいんですか?」
「うむ、少し迷ったのだが某にできる事など一つしかなかったわ」
「と、いうと?」
「突然で悪いのだが、二人とも某と戦わないかね」
「ふぁ!?」
そうして話を進めていく中で繰り出された提案を聞き蒼野の口から漏れたのは、目の前の男の言葉を聞いた嘘偽りのない本音だった。
「えっとなんでその結論に至ったんでしょうか? 闘技場のチャンピオンと手合わせできるなんてこれ以上ない程光栄なことなんですが」
おそるおそる手を挙げて尋ねる蒼野。そんな少年の気持ちなど全く考えず、パイプ椅子に座り腕を組んでいたブドーが大きな声で返事をしたかと思えば大笑いをし始める。
「いや正直なところなぜ某が頼られたのか気化されていなくてな。となれば、某にできる事など戦う事程度だ。人にものを教えられるような知能もないしな。ならば恐らくヒュンレイ殿は、某がお主たちと戦う事を望んだのだろうと思ってな!」
「え、ええぇ……」
その返答を聞き今度はゼオスに続き蒼野が理解した。
目の前で部屋の外に響く程大きな声で笑う闘技場の主。彼は間違いなく『脳が筋肉に支配されている』と呼ばれる類の人間だと。
「二人とも何を戸惑っているのだ? この世界に生まれたものならば誰でも抱く感情、より強いものと戦いたいという気持ちから、なぜ目を背けるのだ?」
幼子のような純粋な目で至極当然とばかりに語る姿に、反論をするはずであった蒼野とゼオス黙り込む。
それが自身の提案に対する了承であると感じたブドーは「よし!」と口にすると、立ち上がり、二人の方へと近づいた。
「という事で、某と戦おうではないか!」
それから二人が抵抗する間もなく肩を掴み引っ張ると、圧倒的な筋力差を前に蒼野とゼオスにできる事は一つとしてなく、先程までブドーが戦っていた闘技場のフィールドまで連れて行かれる。
「さあ、仕合おうか!」
「おいおい何やってるんだよブドー!」
そうして舞台に上がりブドーが拳を構えたところで、舞台の真下から声が聞こえる。
そこにいたのは先程ブドーの試合の実況をしていた金色の服にサングラスをかけた審判役の男性アラタ。 彼は突如舞台に上がり戦いを始めようとしたブドーを見て、怒りを顕わにするような口調で話を始める。
「今日のあんたの出番はもう終わった。あんま好き勝手やんな! 闘技場全体の稼ぎに問題が起きるんだよ!」
「金にならない戦いはするな、という事か?」
「そうだ!」
物言い事態に少々不満を感じる蒼野とゼオスではあるのだが、提案事態は渡りに船であったため蒼野がその提案を聞き首を何度も上下させる。
「ならばこれからの戦いをサプライズイベントとして発表すればいいだろう。闘技王がファンと戦うという名目で行えば、ある程度の収入は期待できると思うが?」
「………………それもそうだな。よし、やってみよう」
がブドーに噛みついていた彼はその提案を聞くとそれは名案とばかりに頷いた。
「えぇ……」
「……それでいいのか貴様ら」
眼前で繰り広げられたあまりにお粗末な、会議と呼ぶのさえ馬鹿らしい話の流れに、蒼野とゼオスが脱力する。
だがそれから開催に至るまでの動きは迅速かつ正確だ。
司会者のアラタが懐からマイクを取り出しマイクの底をポンポンと何度か叩く。
その時の音が都市にあるスピーカー全てから聞こえそれを確認したアラタが満足気に頷くと、口元にマイクを近づけ――――叫ぶ。
「このロッセニムに滞在されています紳士淑女の皆さま! 緊急連絡です! ただいまより闘技場にて闘技王、ミスターブドーによる第一回ファン感謝祭を行います! チケットは先着十万名様! 急な取り組みで申し訳ありませんが、皆さまぜひぜひ闘技場まで足をお運びください!」
闘技場全体がアラタの宣言を聞き揺れる。それが歓声であると蒼野が気がついたのはしばらくしてからの事なのだが、それから少しして、この世のものとは思えぬ光景が二人の前で繰り広げられる。
初めて行われる日ベントを見ようとチケットを買おうとした人々が全速力で走り販売員の元へと辿り着こうとする。
それは一人や二人、百人や千人程度では収まらず、数万数十万と膨れ上がり、確固たる意思を持った波となり場を支配。
乱闘騒ぎなどが起こりながらも観覧席が埋まったのは、アラタの行った発表から一時間が経過した頃であった。
その間音速を超える速度で動き続けていた観客たちはポップコーンやフランクフルト、炭酸飲料を手にしながら闘技場の指定席に付き、その勢いに呑まれかけながらも蒼野とゼオスはブドーに連れられ、控室に移動。
「俺達はただ話をしに来ただけのつもりだったんですけど」
「…………それ以前にこれは大問題ではないか?」
刑罰によってギルド『ウォーグレン』に所属しているゼオスだが、これができるのは大前提としてゼオスが犯罪者として世間に知られていないからだ。
だがこれだけの人数が揃い戦いを観戦するとなれば、いかに正体を隠し、情報を隠蔽したとはいえ、その正体を看破するものがいてもおかしくはない。
「ふむ、顔を隠す……か。どうかねゼオス君、この部屋には様々な仮面がある。それを被って出てみては?」
「それで済めばいいですけど。仮面を隠すと逆に怪しくないですか?」
「ファンの正体がわかれば、その者に対し危害を加える者も現れる可能性があるので、そのための措置……とでも言っておけばいいだろう。まあ無論、この言いわけならば蒼野君も装着しなければならんがな」
「それは別にいいですよ」
「……それよりも気にすることがあるだろう。先程から気になっていたが、この男は俺の正体を知っているぞ」
「あ!」
ゼオスの発言を聞き、外で観客を煽るアラタの声に負けぬほどの大声で蒼野が叫ぶ。
これまで普通に話していたからこそ気が付かなかったが、よくよく考えればそれはかなり危険な事である。
「い、いやこれはその! 同姓同名の別人でして!」
「そう慌てなくても良い。ヒュンレイ殿から既に事情は聞いている」
「そ、そうでしたか」
穏やかにそう口にするブドーの様子を見て安堵する蒼野。
「…………俺は口が滑りそうなこの男に教える事自体問題だと思うがな」
「む! 某は本当に言ってはいけないことは決して言わん漢だ! その点については安心せよ!」
「今さらっとヒュンレイさんとの会話はそこまで重要じゃないって言った気が…………いやまあいっか。ゼオスの件については信用するしかないし」
そんな蒼野ではあるのだがゼオスの指摘に対する彼の答えには思わず苦笑してしまった。
「……俺の素性については貴様の双子の兄とでも言っておけ。多少なりとも効果はあるだろう」
「お前が兄なのか」
「…………脳内お花畑の男の弟など断固拒否だ」
「おま、ひどい事言いやがる!」
「ハッハッハ、いい空気ではないか! さて、ではその元気な空気を全て某にぶつけて来い! それとこんな大規模なことになってしまった件については正直すまん」
「どさくさにまぎれて謝ったよこの人!」
さらに何か口にしようとした蒼野とゼオスが更に何かを口にするよりも早く、ブドーに背負われた二人が転送装置に乗せられ逆側にある控室に向け転送。
「突然の事ですまないが、良い戦いをしよう!」
別の部屋に移動する直前に見たのは、モニターに爽やかな笑顔を映しながらそう口にするブドーの姿であった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
本日の話は先日チラ見せしたブドーの紹介。個人的には彼のような性格のキャラクターは話を動かしてくれるので結構好きです。
基本的に善人なのでなおよし。
次回は戦闘回です。
よろしくお願いします。
それではまた明日




