はじまりの魔 二頁目
自分は目の前の人物を知っている………………そうシュバルツが思い至った根拠は何もない。
これも先ほどと同じく、理屈抜きの話である。
ただ、この直感を抱いた際の心境は、つい先ほどとは大きく異なる。
「他の奴らに聞かれると『本気と言いながら手を抜いてたのか』なんて言われるから、二度目の宣言は好きではないんだが………………」
「シィィィィィィ………………」
「今度こそ………………」
今シュバルツが感じた直感に、先ほどのような余裕はない。
全身全霊を傾け、今すぐに目の前の存在を仕留めるべきであると『何か』が訴えかける。
自身の胸中に覆いかぶさる、目の前の狂人が武器を手にした際に生じるものと同じような黒い靄。これを早く何とかしなければ、取り返しのつかない『何か』が待っていると悟り、
「全身全霊だ!」
「!」
声高にそう言い切ったシュバルツ・シャークスが跳ねる。
たった一歩。
しかしガーディア以外では視認できない速度を伴ったそれは、シュバルツにとってめったに使わないと考えていたもので、両者の距離は瞬く間にゼロに。
「し――――」
「遅い!」
直後の一撃にも無駄はない。
剣を振り抜くよりもさらに早い。予備動作を一切必要としない肘鉄が仮面の怪物が動き出すより早く腹部に突き刺さり、その場にとどまりきることが出来なかった肉体は、空気の壁を突き破り壁に衝突。
追撃を仕掛けるために距離を詰めるシュバルツへと向け無数の武器が襲い掛かるが、集中力を最大まで高め、『楽しむ』のではなく『仕留める』ことに意識を注いだ彼にとっては、その程度は障害にならない。
自身が羽織っている真っ白なマント。エヴァ・フォーネスが様々な術式を組み込んだ、亡き友を思い起こさせるそれを自在に操り、迫る全てを叩き落とす。
「むん!」
「アぁぁぁぁ…………!!?」
当然そうする事により両手は空き、作り上げた余裕は全て攻撃へ。
カオスが繰り出した鉤爪の連撃は全て何も持っていない左手一本で弾き、右手に掴んでいる巨大な神器で一閃。
瞬間的に両者の間に割り込んだ無数の盾を全て砕き、その奥にいる本体に直撃。
(中に鉄の塊でも仕込んでいるのか。思ったより固いな)
想定していたものとは違う感触が腕を伝うが、その程度のことでシュバルツ・シャークスは止まらない。
「ならば叩き込む回数を増やすまで!」
「馬ア!?」
引き続き降り注ぐ武器の弾丸は純白のマントで叩き落とし続け、カオス必死の抵抗は左腕で全て捌き、右腕に掴んでいる神器で、速度ではなく威力重視の一撃を叩き込み続ける続ける。
二度。三度。四度五度。一撃叩き込むごとにフロア全体が揺れ、
「壁が壊れたが………………面倒な武器による妨害がない分、外の方がいいか」
六度目の衝突により状況が変化する。
李凱が盾として利用し、土方恭介が砕くことのできなかった。康太も破壊するという手段を選ばなかった『神の居城』を形作る堅牢強固な白亜の壁を、彼はなんの技も使わず粉々に砕いたのだ。
「っと。今のは楽観的過ぎたな。面倒なのがいる」
これによりシュバルツとカオスが落下したのは、黒雲立ち込める外部。
死闘が演じられ続ける正門側とは真逆の裏門側で、その周辺には当然のように仮面を被った魔の手が潜んでおり、
「君たちの相手をできるほど余裕はないんだ。封印術を使う暇もないのでね。大雑把に対処させてもらう!」
その全てをシュバルツは瞬く間に捻じ伏せる。
仮面を被った狂人達には自己再生機能を付与されていることを知っているため、斬るのではなく打ち上げ、『仮面の狂軍』の面々を戦場から遥か離れた地へと吹き飛ばしていく。
「………………続行だ!」
「師ィィィィ場ァァァァ!」
そうして十数体を瞬く間に処理したシュバルツが此度の戦いにおける目標、すなわちカオスと名付けられた存在に呼びかければ、彼は応じるように咆哮。
瞳にできた空洞から血の涙を流しながら前進。右手に持ったハルバードと左手に持った機関銃は黒い靄に覆われており、シュバルツへと向け右手に持ったハルバードを振り下ろす。
「なにっ!?」
驚きはその直後に。
完全に受けるつもりで構えた巨大な剣の神器をすり抜け、ハルバードの刃がシュバルツの肩を深々と抉ったのだ。
(こいつっ!!)
そこから繰り出される第二撃は左手の裏拳で発射台となってる右腕を弾く事で事なきを得て、そのまま乱雑な動作で足裏をカオスの胴体へ。
「バあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
だがその一撃はシュバルツが思うような成果をあげられない。
カオスは受けきったわけでもなく、されど躱したわけでもなかった。
合わせるように足裏を突き出し、蹴り上げられる瞬間に自分にとって都合のいい方向に跳ぶようコントロールし、シュバルツの頭上を取るように上空へ。周囲一帯に聞こえるような咆哮をあげながら、真っ黒な銃弾の雨を降らせていく。
「豆鉄砲だな!」
降り注ぐ銃弾はカオスが持つ粒子から消費されるため弾切れは遥か遠く、強靭な肉体を持つシュバルツと言えど、当たれば軽傷では済まないであろう殺傷力を秘めていた。
だがその程度のものを恐れるほどシュバルツ・シャークスという存在は柔ではない。
頭上を見上げると、手にした神器を一振り。それにより生じた衝撃波は落下してくる数万発全ての弾丸を退け、その奥にいるカオスを射抜く。
「ツァァァァァァァァァァァ!!」
「!」
シュバルツが思い浮かべたそんな未来図は、またもや裏切られる。
彼の隣にハルバードと機関銃を手放し、近くにある瓦礫と鉄筋を掴んだカオスの姿があったゆえだ。
「いつからそこにいたんだよお前は!」
「シバ!」
「お、おぉ!?」
予想外の出来事ながら、一切の乱れなく繰り出した一太刀は、しかし上手く決まらない。
カオスが迷うことなく、軽快な動作で行われた左手による裏拳。それがシュバルツの右手を小突き、攻撃の軌道を真上へとズラし、
「ちっ!」
「ルゥゥゥゥゥゥ!!」
その状況でシュバルツが繰り出した左手の手刀を、手にしている瓦礫でも鉄筋でもなく、自身の肉体のみを使ったタックルで弾き、シュバルツの巨体と密着。
「ツゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
「ぐ、おぉ!?」
瞬間、カオスの血肉を突き破り、あらゆる凶器が出現する。
刀剣の類に槍。ハルバードの切っ先までもが肉体から噴出し、シュバルツの肉体に突き刺さった。
「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
直後に全身を襲う硬直が麻痺系の毒であると察知したシュバルツは、首を狩るように振り抜かれた鉄パイプの鋭利な切っ先が届くより早く、周囲一帯を吹き飛ばすバインドボイスを発声。
カオスの肉体を強引に後退させ、それ以上何かされるより早く、純白のマントと虚空に生み出した水の剣で足止めをする。
(まただ。また強くなっている!)
そうして生まれた僅かな隙に、己の肉体にできた空洞を埋めるシュバルツは痛感する。
自身の目の前で手段は違えど同じように肉体の修復をする謎の存在。
彼が今、戦いながら急速に強くなっていっていることを。
「………………急速な成長?」
普段のシュバルツならば、この事実に間違いなく歓喜の念を発するだろう。
『強敵との戦い』こそが彼の求めるものであるのだから当然だ。
(いや違う。こいつは………………)
だが、今回に限りシュバルツはそうはならなかった。
不気味さや不快感でもない。
「チェック!」
恐怖の念が彼の心を支配していたのだ。
「エンド!!!!」
それは負けるかもしれないという思いでは断じてない。
目の前の相手の正体を………………知るべきではない。
知る前に葬らなければならないという思いが脳髄を支配し、ゆえに全身全霊の必殺が繰り出される。
「バァッッッッッッ!!!!????」
結果――――――――直撃する。
降り抜かれた刃は反応する暇さえ与えずカオスと呼ばれる狂人の肉体に衝突。上半身と下半身を離れ離れにさせ、その上で両手まで吹き飛ばした。
「勝機!」
だがシュバルツの攻勢はこれでは終わらない。あらゆるものに神器の特性を付与させる両手。これを吹き飛ばした事で能力が効果を発揮できるようになり、シュバルツはすぐに手持ちの封印術を発動可能な状態まで移行。
たった一歩でカオスの上半身までの距離を詰め、
「あ、アァァァァァァァァ!!」
「この期に及んでまだ足掻くのか!」
掌が触れる直前、またも体から吹き出た数々の刃が行く手を阻み、その間に斬り離れていた上半身と下半身が急速接合。
躊躇なく繰り出された回し蹴りは体を引いたシュバルツの頬を掠め、色素の抜けた髪の毛が鋭利な刃物へと変貌し接近。シュバルツはそれをマントで絡め取ると『切り離した両手の再生だけは許さん』と突きを繰り出し、肉体の損傷など気にする様子のないカオスの肉体を吹き飛ばし、
「――――――――――」
真実が露わになる。
肉体に拳を撃ち込んだ瞬間に生じた強烈な衝撃波。それが最後の一手だった。
というのもここまで行われていた死闘の余波で、カオスの顔に張り付いていた仮面はシュバルツが知らぬ間に剥がれかけており、今の一手によりついにずり落ち、
「アアァァァァァァァァ………………」
「馬鹿な。お前は!」
一歩二歩と後退し俯いていた彼が顔をあげた瞬間、その素顔が露わになった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
ハイスピードな戦いというわけではありませんが、『超越者』最高クラス二人の戦いは新たなステージへ。
次回、最初の最初から出ていた強敵の正体がついに明らかに!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




