はじまりの魔 一頁目
「楽しんでる余裕がない事は承知しているんだが………………」
午前三時五分。
この時点で『神の居城』一階と三階の戦いが終わり、蒼野と優、それにゼオスの三人が上へと昇る階段へと到達。ただ一人だけ残った積がアイビス・フォーカスと向き合う中、第二階にて行われる死闘は未だ続いていた。
「ここまで白熱した勝負は久しいな! できる事ならもっと楽しみたいんだが」
彼らが鎬を削る戦場自体は、他の階層と比較すれば大きいものではない。
四方に様々な種類の武器が置かれたその空間は一辺が二十メートルほどの空間で、もとは拷問にでも使われていたかのように濃密な血の匂いとぬぐい切れない血の跡が残っており、けれどその陰鬱な空気を粉々に砕くような声が二つ、戦場を埋め尽くす。
「死ィィィィィィ!」
一方はゼオスを除いたギルド『ウォーグレン』の面々においては、初めて明確な壁として立ち塞がった存在。
全身を禍々しい狂気で埋め、絶え間なく殺意に染まった絶叫を挙げる、白装飾に袖を通し雷が迸ったかのような模様が描かれた仮面を被った怪物。
数多の『超越者』の中でも上位に座す、カオスと呼ばれる正体不明の怪物である。
「今度こそ! 押し通らせてもらうぞ!」
それほどの存在を、対峙する巨体は真正面から捻じ伏せる。
菜切り包丁のような見た目をした神器を持つ彼こそは、千年前における大戦において『最後の壁』と呼ばれた男、すなわちシュバルツ・シャークスであり、強くなった今の蒼野らがなおも冷や汗を流す相手を前に有利な戦いを繰り広げ続ける。
「場ァァァァァァァァァ!!!!」
「お前さんの好きなようにはさせないさ!」
「ッッッッ!!!!」
嵐のような猛攻全てを手にした神器で防ぎ、攻撃が一瞬でも止めば反撃を繰り出し立場を逆転させる猛攻を繰り出す。
その凄まじさを前にすれば正気など微塵も存在しない怪物も後退するしかなく、場が膠着状態に巻き戻る。
「………………………………ふむ」
そう、巻き戻るのだ。
ガーディア・ガルフやガーディア=ウェルダ以外が相手ならば、一方的に蹂躙できるはずのシュバルツが、決定打を与える事ができず手をこまねいている。
どれほど攻勢に出ようと、目の前の怪物が繰り出す狂気に染まっているとは思えぬ超絶技巧が、四方八方から飛来する様々な武器が、勝利へと続く道を断絶する。
(またか………………しかもさっきよりに増えている)
もう一つ気がかりな事は、自身の頬から流れる赤い液体。
五度十度と衝突を繰り返すうちに、目の前の相手が自分の動きに『対応』してきているという事実で、交錯するたびに軽傷とはいえ負傷の数は増え、今のように睨み合いの時間が訪れる度に、シュバルツは傷を塞ぐよう水属性の回復術を行使して万全の状態に戻っていた。
(ここらで無理矢理にでも行くべきか? いやだが………………)
とはいえシュバルツにはまだ余裕があった。
自分が少々無理にでも攻めれば、目前の相手を押し切れるという自信があった。
それを辞めていた理由は偏に『この先』を見据えての事。
というのも最初にアーク・ロマネを退けた時から彼は、此度の戦いにおける自分の役割が、ただギルド『ウォーグレン』の若者達を護衛するだけでは済まない事を予期していた。
(ここはできるだけ余力を残しておきたいんだよなぁ)
それは明確な根拠があるものではない。
何の証拠もないただの直感なのだが、困ったように苦笑するシュバルツは、この直感が正しいものであると考えていた。
ゆえにできるだけ体力や粒子の消費をすることなく、目前の強敵を退ける事に意識を傾けていた。
「都ゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
当然理屈のない直感なので外れる可能性も十分に考慮していたのだが、『自身の認識が誤りであったか』と彼が判断したのは直後の事。
(これは!)
これまでと変わらず、耳障りな悲鳴を上げる正体不明の怪物。
彼の動きが何度目かもわからぬ絶叫により、著しい変化を見せたのだ。
「ずいぶんと変則的な事をするじゃないか! 初めてだよお前のような奴は!」
これまでより鋭く、素早く、思惑や癖を悟らせないよう、手にする得物を次々と変えながら、シュバルツへと向け攻撃を繰り出し続ける。
「死獅子四肢史師氏!!!!」
「こいつっ!」
右手に持った槍による神速の突きを防いだかと思えば、間を置く事なく左手で掴んでいた大斧の一振りが首を狙い、シュバルツがそれを肘鉄で弾いたかと思えば、右手の甲を突き破って飛び出た鉤爪で攻撃。
「場ァァァァァァ!!」
その全てを傷一つなく、真正面から堂々と退けたシュバルツであるが、そんな彼の顔面へと向け掲げられた左掌の肉を破り、黒鉄色の砲身が出現。
「本当に多彩だな!」
溜めなく放たれた虹色の光が凄まじい破壊力を秘めているのを即座に理解したシュバルツは、しゃがんで躱すが髪の毛を焦がし、
「通ぅぅぅぅ!!」
その動きを読んでいたように繰り出された蹴りが、これまでのような掠る程度ではないほどしっかりとシュバルツを捉える。
ボロボロの靴の先端から飛び出た銀の刃が顔面へと向け飛来し、即座に顔を防ぐように前に出した右腕にぶつかり、強靭な筋肉の壁さえ突き破り、薄皮一枚とは決して言えないような傷を刻む。
「こいつは………………」
その結果は驚嘆に値すると言ってもいいだろう。
急な変化に関しても当然気になる。
自身が行った甘い見積もりとて即座に見直すべきなのであろう。
しかし、しかしである。
更なる追撃が来るより早く、手にした巨大な神器を振り回し相手を引き離したシュバルツが、内部に侵入した麻痺系の毒を中和しながら思い浮かべた一番強い感想はそれ等ではない。
(私は………………目の前のこいつを知っている?)
一連の動作を躊躇なく滑らかに、まるで自分の動きを知っているかのように繰り出された事に対する疑惑。
明確な言葉で表現することのできない、不気味で不安な感覚であった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
『神の居城』第三戦スタート!
これまでの階層以上の力を持つ両者の戦いで、息つく暇もない死闘を描ければと思います。
さてそんな今回の話にも色々な要素が含まれていますが、まずはこれまでずっと謎に包まれていた仮面の狂気の正体に迫りましょう!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




