アイビス・フォーカスを突破せよ
「言ったはいいけど明確な線引きが必要よね。じゃあこうしましょう」
多くの場所で状況が動くしばし前。時間にして午前三時一分。すなわち各所で大きな変化が起きたタイミングで『神の居城』第四層。
アイビス・フォーカスがフロアガーディアンとして積達の前に立ち塞がる階層でも変化があった。
彼女が持ち上げた小指を右から左に軽く動かし、自分の元に辿り着いた子供達から向かって一メートル先に、真っ赤な線を引いたのだ。
「…………これは?」
「私と戦うと決めた際に超える線。その線からこちら側に来なければ、私はあなた達に何もしない。なんだったら質問にだって答えてあげちゃう」
極めて慎重に言葉を選んだ末に尋ねる積。
対する彼女の返事は気軽なもので、差し出された条件がアイビス・フォーカス最大限であることも譲歩すぐに把握できた。
「どうすんの積。お姉さま。マジのマジよ」
「わかってる。ここが正念場だな」
「………………試しては見たが瞬間移動は不可能だ」
「だろうな。お前がいるってわかってるなら、それくらいは当然する」
逆に言えば『これ以上はない』という明確な最終通告でもあり、積は必死に頭を働かせる。
撤退はない。これは絶対だ。
時間もない。これも当然だ。
であるならば重要な決断は迅速かつ最善を。
考えるべきはタイミング。そして――――
(三人ともよく聞いてくれ。一つ提案がある)
積が誰の助けも借りず答えに至るまでにかかった時間は僅かなもので、さほど離れていない故にアイビス・フォーカスが察せられると理解しているうえで、共にいる仲間達に作戦を伝える。
すると間髪入れず反対意見が蒼野から送られるが、
(………………承知した)
(そうね。文句はあるけど………………それが最善なのよね)
(待て! 二人とも正気か!?)
(…………おそらく狂気だろうな)
ゼオスと優は同意。蒼野は即座に反論するが二人は退かず、
(そう。やっぱり無理やりでも押し通るのね)
彼等のあいだに漂う緊迫した空気を読み取り、 アイビス・フォーカスは苦虫を噛み潰したような表情をして悟る。
全面戦争を避けることはできない事を。
「彼らについてきているという連絡がないのでどこに居るかと思えば………………まさかずっとここに潜んでいたのですか?」
「お前を殺すのは、他の誰かには譲れないからな」
一方の『神の居城』最上階。
積達が向かう最終目的地で、レオン・マクドウェルはイグドラシルと対峙する。
彼の全身は周囲の景観を歪ませるほど濃密な、それこそ実際に目で見る事ができるほど濃い殺意で包まれ、手にしている黒い剣の切っ先には、つい先ほどの不意打ちで接触した際に付着した血液が付いており、頬に浅くだが傷を負ったイグドラシルは、瞬きほどの間にそれを治癒。
「………………うまく躱すな。戦闘は本職ではないんだろう?」
「ええ。ですがこの星の代表を務めるなら、この程度のことは出来て当然では?」
「道理だな!」
そのたった一度の瞬きのあいだにレオンは再び距離を詰め、二本の剣を振り抜いていた。
一度や二度ではない。五百回を超える回数をだ。
対するイグドラシルはそのほとんどを回避。薄皮一枚斬られることは多々あれど、深手と呼べるものは一つもなく、傷の治癒をすることもなく手にした木の杖を振り抜くと、レオンの肉体と同等の太さの幹が地面と彼女の背後から生え、敵対者へと襲い掛かる。
「譲れないというのは――――」
「!」
分厚く、強靭。
イグドラシルが生み出したそれらは、あまりにも単純ながら無視できない二つの要素を兼ね備えており、面制圧する勢いでレオンへと接近。
その全てを、レオンは切り取っていくのだが、彼女の発した言葉が聞こえたのはその最中だ。
「亡き友の復讐ゆえですか? それとも、かわいい後輩たちに私を殺すという罪状を与えたくないからですか? もし後者ならあなたがすべきは」
「黙れ!!」
愁いを帯びた一つ一つの声が、レオンの神経を逆撫でする。
そんな彼の胸中を示すように動きから精細さが失われ、それを待っていたとばかりに斬られた幹の断面から新たな幹が生え、上下に加え前後左右の全方位から、これまでの比ではない密度の攻撃がレオンの身を襲い、
「おぉぉぉぉぉぉ!!」
その全てが、レオンの全身から発せられた鎌鼬に切り裂かれる。自身を中心として噴き上がった炎の柱が、塵一つ残さず消滅させる。
「お前は――――もう喋るな!」
となれば彼の進軍を止めるものは何もなく、瞬く間に肉薄。
憤怒の叫びとともに振り抜かれた十字切りは彼女が手にしていた木の杖で防がれるが、互いの実力差を示すように易々と吹き飛ばし、
「大丈夫ですよ。こんな時のための切り札です」
脳内に響く一つの声。
それを認識した彼女は微笑み口にするのだ。自分の側には最強の守護者がいる事を。
「なに!?」
直後にノア・ロマネや李凱が壊せぬほど強固にした壁を切り裂き乱入したのは、地上最強の徒。
アイリーンやヘルスから主を害す敵へと矛先を変えた謎の剣士であり、レオンの振り抜いた斬撃を易々と防ぐと、反撃の蹴りで彼を吹き飛ばす。
「ばかな………………!」
レオンは驚きを隠せずにいたが、これは見事な反撃を叩き込まれたゆえではない。
彼は即座に理解したのだ。
目の前にいる相手の正体を。
「これって!?」
その人物が内部へと侵入してきたことは、離れた位置にいたアイビス・フォーカスにも伝わった。
ゆえに唖然とした声をあげながら上を見上げ、
「今だ!」
これこそ待ち望んでいた好機であると理解した積達四人が行動開始。
真っ赤な線を踏み越え――――アイビス・フォーカスの相手をすることはせず、上へと続く階段へと急いで接近。行く手を阻むようにアイビス・フォーカスは右手をかざし、
「させねぇって!」
「邪魔!」
となるとそれを阻止するように積が短刀を撃ち出すと、アイビス・フォーカスは光の壁で易々と阻止。
その一手を繰り出しているあいだに近接能力に秀でたゼオスが距離を詰めると、アイビス・フォーカスが瞬く間に作り出した二本の剣を掴んで衝突。
遠距離専門と近距離専門の差か。鍔迫り合いはゼオスの勝利に終わり彼女を後方へと数歩下がらせ、そのあいだに積が煙玉を生成。
投げつけられたそれらは周囲一帯を白く染め、
(私を放置しておく作戦? それは許されないわ! 今なら! まだ!)
彼女はそれを、大きく広げた虹色の翼の羽ばたきで一蹴。
立ち込める白煙が消え去っていくことを認識しながら、駆け出し始め、
「俺を除いた三人はもう上だよ」
「…………え?」
目にすることになるのだ。
「俺が時間稼ぎをしている間に、次の階にいるイグドラシルを仕留める。これが、最善の行動だ」
他三人を逃し、たった一人で神教最強の女に挑まんとする原口積の姿を。
「やはりやるな! これが世界の命運なんぞを賭けていなければ! じっくりと楽しみたかったのだが!」
「シシシシシシシシィィィィィィィィ! バァァァァァァァァァァ!!!!」
「悪いが――――早々に先に進ませてもらう!」
その一方、第二階層での戦いは、勝負を決めるため、シュバルツ・シャークスが大きく動き出した。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
前回に続き各サイドでの対戦やら変化についてのお話は、話数を跨いでしまいましたがここまでです。
次回からは引き続き『神の居城』内部での決戦。
第二階層 シュバルツ・シャークスVSカオスです。
互いに『超越者』クラスの上澄みの戦い。お楽しみいただければと思います!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




