午前三時 スクランブル
午前三時は一つの境目であった。
神の居城内部においては、土方恭介が李凱を下し一階に留まり始めた時間であり、康太がノア・ロマネを説得し別の場所へと移動させ、自らは意識を失った数分後のことである。
時を同じくして外の方でも大きな変化があった。
「………………おい、私も手伝ってやろうか?」
「こっちの事は気にしなくていいわよ。貴女抜きじゃ、そっちの戦線を維持できないでしょ?」
「いやしかしだな………………」
第一に『神の居城』の外における戦い。
二本の槍の名手たるギルガリエと、未だ正体不明である仮面の剣士。
『神の居城』周辺において最大戦力たるこの二名は『時間稼ぎならば右に出る者はいない』と多くの者が口にするアイリーン・プリンセスを追い詰めたていた。
「霧夢夢無ムむ!!」
(鋭い!)
ここに至るまでに繰り出された神速の突きは透き通るように真っ白な肌に痛々しい赤い線を無数に刻み、もう一方の仮面が放った刀を駆使した連続攻撃は、男装の麗人である証であった白のフォーマルスーツをズタズタに引き裂き、下着の一部が露出している状態に追い込んだ。
ただそこに性欲を掻き立てるようなものは何もなかった。
常時回復術を回しても間に合わないほどの生傷から滴る血液は、そんな感情を抱かせないほど悲惨なものであった。
「安心、してくれエヴァ・フォーネス。こっからは…………俺も加わる!」
「ヘルス・アラモードか。寝てなくていいのか?」
「正真正銘の化物相手に、そんな暇はないだろ?」
「だな」
それ以上の傷、それこそいつ気絶してもおかしくないほどのダメージを負いながらも気丈に立つ鉄閃の肩を掴み、手持ちの回復薬を手渡しながら立ち上がったのは、蒼い電を纏ったヘルス・アラモードで、右手で刀をしっかりと掴んだ正体不明の怪物の前進に合わせるように自身も前進。
「攻撃は任せた!」
「死なないでね!」
アイリーンが十全に動くために射線を通す事を意識しながら回避に徹し、
「霧真!」
「させねぇよ!」
そこに割り込んでくる師匠のギルガリエを食い止めるように、鉄閃が体を滑り込ませ、二本の神器を手製の槍で受けきる。
「アイリーンさん!」
「助かるわ!」
一方のヘルスは繰り出される猛攻を躱しきり、地を這うような回し蹴りで目前の猛者の足を引っかけ宙に浮かす。
そうして余裕ができた直後に、アイリーンが光属性を固めた刃を数百本生成。
光速で飛来したそれは体勢を崩したままである正体不明の仮面へと飛来し、
「――――――――!!」
「は、はぁ!?」
「本当に…………いったい何者なの!?」
空いていた左手で一番手前にあった一本を掴むと、自分の体に突き刺さる進み方をしていた他全てを、態勢を整えていないまま左手にもったナイフで叩き落とし、ボロボロの使い物にならなくなったところでヘルスへと向け投擲。
顔面に向け一直線に向かうそれをヘルスは首を傾けて躱すが、ほんの一瞬意識をそちらに向けていた隙に正体不明の狂戦士は肉薄。
生成した刀を左手で掴んで二刀流になると、ヘルスの胴体へと向け躊躇なく振り下ろし、
「危ない!」
「お、おぉ。サンキューアイリーンさん。復帰数秒でダウンするところだった………………」
アイリーンがそれを阻止するように光速で接近。繰り出された蹴りは対象の胴体を捉え吹き飛ばし、ヘルスは安堵の息を吐き、
「それは良かったわ。ところで話は変わるのだけど、あの怪物に見当はつく? 多少なりとも癖とかを見抜かなきゃ、二人がかりでもキツイんだけど」
「!」
直後に目にしたのは、アイリーンの右肩から噴水のような血が噴き出し、黒雲立ちこめる空へと昇る光景で、目の前の相手が埒外の怪物だと改めて認識することになった。
そして更なる変化は更に外側。世界各地で起きており、端的に言ってしまえば襲ってくる『黒い海』三の化け物たちの練度が増した。
「こ、こいつらぁ!」
「強い………………が! なんだこの感じは? こちらの動きを学習している!?」
個体ごとの基本性能に関して言えば、ついさっきまでとはそこまで変わりはなかった。
正確に言えば僅かに上昇しているのだが、問題なのは攻撃のバリエーションの増加と、連携技術の向上で、『一騎当千』以下の兵士では一撃でも食らえば精神に多大なダメージを負う事から防戦一方の状況となり、総人口で見た場合、強靭な竜人族を含め五パーセント程度しかいない『万夫不当』の兵士たちでさえも互角に近い状態に。
「おいおいおいおい! ずいぶんと執拗になって来たじゃないか!」
「シロバ様! 危ない!」
「僕の事は気にするな! 自分と周りの守備に努めるんだ!」
何より厄介なのは、指揮権を持っているシロバやクロバ。他にも各地のトップ格相手に割り当てられる総数が一気に増え、周囲に目を向けるだけの余裕がなくなっていたことだ。
「旦那様は避難を! このままでは!」
「うるせぇ! 俺は民を見捨てるような指導者になんざなった覚えがねぇよ!」
当然主戦力が『万夫不当』以下の場所の末路は悲惨で、洪水に呑み込まれる蟻の如く一方的に蹂躙されており、ゲイルが指揮する古の都市『マテロ』も、その範疇に入っており、
「旦那様!」
「っ!」
ゲイルが戦場を指揮する立場だと見破った顔のない人型が、カマキリの鎌に似た腕を振り下ろす。
「おらぁ!」
「お、お前は………………確かエルドラさんの息子の!」
「デリシャラボラス、お前を助ける恩人の名だ。よーく刻んでおけ!」
その窮地を救ったのは竜人族の長の息子。強靭な黒い鱗で身を包んだ五十メートル超えの巨体であり、巨大な尾の一振りと鋭利な爪の連撃で窮地を脱した事によりゲイルは安堵の息を吐き、
「旦那様! 電話が!」
「このタイミングで出られるかってんだ! あのデカいのと協力して一気に形成をこっちに――――」
「それが、ルイ様が火急の連絡という事で」
「………………うちの大将が。このタイミングで?」
白髭白髪の老紳士の発言を一蹴し、けれど相手の名前を聞くと考えを改め、電話に出る。
「こちらゲイル。一体どうしたんだルイ殿」
「最優先命令だ。ゲイル。君は――――――――」
「はぁ!?」
直後に下された命令は耳を疑うもので、思わず素っ頓狂な声を彼はあげた。
「全く世も末だな。まさかこのワタシが『あの目の上のタンコブがいて欲しかった』などと考える日が来るとはな!」
「無駄口を叩く暇があったら手を動かせ! 私達の働きが、世界の平和に大きく貢献する可能性があるんだぞ」
「ふん。言われるまでもない!」
そのように多くの場所で戦闘が激化する一方で、唯一静寂な空気に包まれていた場所があった。
キーボードを警戒に叩く音と賢教が出した神器部隊の護衛の息遣い以外はほとんど聞こえてこないその場所は、賢教の総本山たる『エルレイン』の外れにあり、その中で一秒どころか一瞬さえ惜しんで働いていたのは、先日亡くなったメヴィアス・ロウを除く二人の三賢人。
白衣ではなく寝巻に身を包んだアル・スペンディオとジグマ・ダーク・ドルソーレとその部下である。
「データは集まったか!?」
「まだです! どうやらこちらの思惑を阻むようなプログラムが敷かれているようでして!」
「それを組んだ奴は、この世界最悪の下種野郎だな!」
就寝中であった二人が異常を察し、部下と共に飛び起き第一に感じたのは一つの確信。
『この『黒い海』が、何らかの『仕掛け』によって動いている』というものであった。
その考えの地盤になったのは自然に起きたとは思えぬ同一タイミングでの世界各地での噴出。それに『学習して強化される』という傾向で、彼らはこれに対し『操縦者が存在する。またはそのようなプログラムがされている』と考えた。
その予想が確信に変わったのは一時間前、彼らが最初に行った探知を阻むような妨害が生じたことで、アルとジグマを筆頭とした研究者は、これらを掻い潜るため、護衛と共に人除けの結界が敷かれた研究施設の中に立てこもっていた。
「ああクソ! これでは千日手だ!」
だが結果は芳しくない。
思うような結果は出ず、時間だけが無駄に浪費され続ける。
となれば先導する二人の研究者の額には焦燥感から汗が伝い、
「な、なんだ!」
「みなさんはすぐに避難を! ここは我々が………………あぁ!!??」
その汗の量は瞬く間に増加する。
自分達を守るための護衛として貸し出されていた数人の神器持ちの戦士達。
彼らが数百体の顔のない悪意により蹂躙され、力のない研究者たちへと向け魔の手が伸びる。
「間一髪、といったところか」
「お、お前は!」
その窮地を救った者がいた。
それは康太の懸命な説得により正気を取り戻したノア・ロマネであり、ほんの数分で目的の場所に辿り着いた彼は、残弾に不安が残る全体攻撃を含んだ紙幣を放出。
数百体の黒い怪物を瞬く間に退け地上に着地すると、一団を先導する二人の研究者に近寄り敬礼。
「私の予想通り、この事態を食い止めるために動いていてくれたか。感謝する!」
「当然の事をしたまでだ。感謝される筋合いはない」
「世界の危機だからな。それで、用件は?」
ジグマとアルが返事をすると顔をあげ、彼は告げるのだ。
「この事態に関して一つ気になることがあったのです。ですからこの場所で解析してもらい、世界中に情報を届けていただきたい」
「気になる事?」
世界中を襲う未曽有の危機。
その突破口となる『情報』を。
そして、最大の変化は『神の居城』の内部。その最上階にて
「………………信じられませんね。ノアが私の手から去るとは」
誰もおらず、自身の声だけが反響する玉座の間で、豪勢な椅子に座るイグドラシルは愁いを帯びた声でそう告げる。
そこには僅かな苛立ちが見て取れ、
「!」
直後、彼女は飛び退いた。
自身の首へと迫った漆黒の剣の一撃を躱すために。
そして
「我が友の命を弄んだ罪。今こそ清算する時だイグドラシル・フォーカス!」
「レオン・マクドウェル………………」
それを放ったレオン・マクドウェルは、その目に復讐の炎を燃やしながら彼女と対峙する。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
皆さまお久しぶりです。本日から投稿を再開しますのでよろしくお願いいたします。
さて、その記念すべき?第一話は、各エリアの戦況の変化について。
最終決戦という事もあり結構な長さを誇るこの戦いは、これから中盤戦を迎える事になります。
可能な限り色々なキャラクターを活躍させたいと思うので、楽しみにしていただければと思います
それではまた次回、ぜひご覧ください!




