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ノア・ロマネと信仰の行方


「終わった、のか?」


 力の全てを使い切った康太が戦いの終わりを悟ったのは、ノア・ロマネの絶叫を聞いたからでなければ、部屋中を満たしていた強烈な殺意が消え去ったからでもない。

 部屋中に漂っていたノア・ロマネの神器から意志が消え、ただの紙同様に力なく地上へと降下していく姿を目にしたためで、その光景に美しさを感じた康太は、全身に込めていた力を自然と抜いていったのだが、


「………………いやまだだ。まだ、やることは残ってる!!」


 しかしなおも動くことを止めない。

 床に沈んだ体を両手で持ち上げ、即座に意識を失ってもおかしくない己が肉体を酷使し、大量の紙が敷き詰められた床の上を亀のような速度で進み出す。

 大切な仲間達を助けるため、上の階へと続く階段への距離を詰めていき、


「………………………………信じたく、なかったんだ」


 ノア・ロマネの真横を通り過ぎたところで、弱弱しい言の葉を聞き足を止める。


「………………………………何がだよ?」


 これは無駄な行為だ。

 大切な仲間達を第一に考えているのならば、すぐにでも先へ進むべきなのだ。

 がしかし、康太の直感は告げていた。


 今ここで、ノア・ロマネを無視するべきではないと。


 異能『危険察知』のような未来予知に等しいものでは断じてない。

 心が見捨ててはいけないと囁き、康太が応答した事で、地面に顔を埋めたままのノア・ロマネは語り出す。


「私は………………私はあのお方を、本気で信じていた。慕っていた。あのお方の信じる未来は明るいもので、そのために惜しみなく力を使う事こそ天命だと信じていたんだ!! そしてその思いが裏切られることは一度たりともなかったんだ…………………………今日までは」


 涙の痕が残る顔を僅かに持ち上げ真横に向ける、

 するとその視線の先にあったのは、紙に包まれ封印されていく妹の姿で、続けて視線を真逆の咆哮に向ければ、膝をついたタイミングで手から離した黄金の剣が転がっている。


「なんだったんだ………………………………私が費やしてきたこれまでの人生は………………いったい何だったというのだ? いや違う。あの人は何なのだ? 善を成し、世界を良い方向に進める救世の指導者なのか? それとも………………人々の命を消耗品としか思わない、邪教の者を遥かに上回る悪魔なのか!?」


 声を震わせて語るノア・ロマネの脳裏に浮かぶのはかつての記憶。

 ステンドグラスから七色の光が降り注ぐ中、式典の締めとしてイグドラシルから渡された黄金の剣を、誇らしげな気持ちで受け取った記憶。

 そえは数年という月日を経ても色あせることのなかった彼にとって生涯最高の瞬間で、しかし今、それがヒビ割れる。


 同じ顔で『世界のため』と口ずさみ、世界中で目を覆いたくなる虐殺を始めた彼女を思い出したゆえに。


「偽物ってことは考えられねぇのか?」

「ありえないな。あの立ち振る舞いは彼女そのものであった。もし真似る事が出来るとすれば、記憶を読み取る程度では不可能だ。日ごろから近くで過ごし、一つ一つの仕草を覚えなければできない領域だ」

「そう、か」


 投げかけた康太の慰めも彼を癒すには至らず、悲嘆に暮れるノア・ロマネは動かない。

 未だ体力に十分な余力がある方が動けず、満身創痍の死にかけが先に進もうとする光景は、実に奇妙なものであったが、それを指摘できるものはおらず嫌な沈黙が訪れる。


「古賀康太?」

「………………………………なんだ?」


 その空気を打ち破ったのはノア・ロマネで、洞窟の奥から聞こえるおぞましい声に内心で少々の怯えを覚えながらも、康太はまっすぐに返事を行い、


「私は………………………………………………………………これからどうすればいいと思う?」


 投げかけられる。

 縋るような声で、自分よりも一回り以上年を経た男から、本気の問い掛けを投げかけられる。


「………………そんなもん――――」


 『オレにわかるわけがねぇだろ』などと続けるのは簡単だった。

 実際、常日頃の自分ならばそうしていたであろうという自信が康太にはある。


 だが、ことこの状況でその道を選んではいけないと彼は察する。


 自分が選んだノア・ロマネの話を聞くという選択肢は、常日頃の敵を処理する冷酷な戦闘マシーンとしての道では断じてない。

 、誰かに寄り添う事が出来る義兄弟であると思い、


「決まってんだろ。アンタが信じたいイグドラシルを信じればいいんだ」


 言いきる。きっと蒼野ならばこう言うと信じて、普段自分なら絶対にしない発言をする。


「どういう、ことだ?」


 一方のノア・ロマネはその意味を推し量ることが出来ず、持ち上げた顔には困惑の念が現れ、


「今日アンタが見たイグドラシルは、確かに邪悪だったのかもしれねぇ。悪魔と称される存在になったのかもしれねぇ。だけど昨日まで見てきたイグドラシルはどうだったんだ?」

「それ、は………………」

「もし、もしもだ、今日信じていた人が道を誤ったとして、それが取り返しのつかない選択だったとして、それでも………………昨日までの積み重ねがなくなったわけじゃない。心に心の中に残ってるはずなんだ」

「!」

「………………ここからは勝手な予想なんだが、昨日までのイグドラシルがこの光景を見たのなら、絶対に阻止するために動くとオレは思う。ミレニアムやガーディア・ガルフの時みたいに、大急ぎで対策を練って、動き出すはずだ」


 康太は言いきる。


 たとえ今日道を違えたとしても、それまでの美しい日々が消え去るわけではないと。

 目にした結論が醜いものであったとしても、辿って来た輝かしい道のりが消え去ることはないのだと。


 そしてそれを、自身の行動指針にしても良いのだと。


「………………これはオレの憶測なんだが、内情に詳しいアンタにしかわからない事があるはずだ。だとしたらアンタの役割ってのはものすごく重要なはずなんだが………………」


 続けてそう問いかけながら視線を再びノア・ロマネに向ければ、彼は俯きがちであった頭をあげて立ち上がり、先ほどまでの迷いが嘘のようなまっすぐな瞳で、壁の方をじっと見ている。


「感謝する古賀康太。お前の言う通り、私は、私にしかできない事をしてこよう」


 口から発せられる声は力強く、康太に見せる背中には常日頃と同じ覇気。

 信ずる神のために従事する信徒としの誇りがあり、


「手持ちの中で最高の回復アイテムを置いていく。お前も、守りたいもののために努力しろ」

「負けた分際で偉そうに………………って、聞いてねぇな。たくっ、好き勝手な野郎だぜ」


 上から目線な言いぐさに憎まれ口を叩くが、ノア・ロマネの姿は既にななく、康太の口からは苛立ちと誇らしさと安堵の混ざった息が漏れ、


「まぁいい。必要なものは…………置いて行ったん、だ」


 気を取り直し、ノア・ロマネが置いていったいくつもの薬品に手を伸ばすが、


「これでまた………………戦え………………」


 そこまでだ。

 限界まで肉体と精神を酷使した康太は、肉体と意識を働かすことができず、救いの女神を口に運ぶよりも早く、意識を失った。


 午前二時五十五分。


 世界がより一層、最悪へと向け進み出す直前の決着であった。


 

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


VSノア・ロマネはこれにて終了!

皆さまお付き合いいただきありがとうございます。


さて、以前語っていたフロアごとのテーマですが、これはシンプルに『言葉による決着』です。

紙の居城内で行われる戦いの中で、今回の戦いだけは説得による終結になるわけですがいかがでしょうか?

楽しんでいただければ幸いです。


それと、次回以降の更新についてですが、賞に出す予定の小説の進行があまり良くないため、明日から11月の初めまでお休みをいただきます。


次回の投稿は、可能なら11月1日。不可能だった場合11月2日の予定です。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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