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勝利の形 二頁目


 振り返ってみれば、それはとてもおかしなことであった。

 ノア・ロマネという男は神の座イグドラシルに対して強い信仰心を抱いている存在だ。

 それゆえ彼は、彼女に害なすものに対し熾烈になる傾向にあり、此度の大戦においてもイグドラシルに真っ向から反抗しているので、その考えは当てはまるはずなのだ。


 だが違った。

 ノア・ロマネは今回の戦いにおいて、イグドラシルに対する背信行為を罰するような言葉は言わなかった。常に妹であるアーク・ロマネの復讐を掲げて襲い掛かっていた。


 身内が死んだのだから当然と言えば当然かもしれないが、康太はこの点に強い違和感を覚えた。


 気狂いのように叫び続けるにしてはしっかりとした戦術を構築し、心に来る嫌がらせをしているためで、ここから康太の考えは飛躍する。


 もしかしたら、彼は怒り狂っているように見せて冷静なままではないのか?


 発せられる怒号は何かを隠している、ないし気を紛らわせるためではないか?


 そして彼がそこまでならば、一体それは何なのかと考えた時、康太は彼が最も親愛する存在に対する疑念ではないかと思ったのだ。


 無論、この考えに根拠はない。ただの推論だ。

 だが口にしなければ死しかない故に康太は告げ、


「きさ、ま」

「………………!」

「貴様貴様貴様貴様貴様貴様――――きさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 状況が変化する。

 大きく、誰の目でも見ても明らかな形で。


 激昂を示すような咆哮と共にノア・ロマネの背中から無数の紙片が飛び出し、片膝をつく康太の前で二枚の白い羽を形成。

 生物のようにウネウネと動き出したかと思うと、その先端部分を鋭いものに変化させ、康太へと向かっていく。


「あるってのか? イグドラシルに対する忠誠心が? 今のアンタに、そんな様子は見られないけどなぁ!」


 その攻撃を康太は躱す。

 ついに見つけることが出来た活路。一縷の希望を得たことで、死にゆく定めだった肉体に力が宿る。

 まだ諦められないと命を絞り、真上へと勢いよく跳ねあがると天井に触れ、昇ってくる羽の追尾を右に避け、追いかけてきたノア・ロマネが放つ斬撃を躱し続ける。


「さて……と」


 状況は変化した。これは間違いない。

 単純な殺し合いを行った場合、敗北一直線であったのだから、大きく好転したとみてもいいだろう。

 とはいえ、予断を許さない事に変わりはなかった。

 なぜなら康太は頭を悩ませていた。


(………………こっからどうすりゃいいんだ?)


 理由は実に単純だ。彼はこのような場で、相手を誘導する事が不得手であった。

 というよりしたことがない。

 いつだって手にした得物で解決してきた。いや解決できてしまったため、精神的な攻撃をしたり、説得による戦意喪失など狙ったことがなかったのだ。


(こんなことなら、もっと色々と聞いとくべきだったな)


 咄嗟に思い浮かんだのは、かつて行った積との会話の顛末で、今更すぎる後悔を前に苦笑してしまい、


「いや、迷ってる暇はないな!」


 しかしすぐに意識を切り替え真剣な顔に戻る。

 苦手でもなんでも、この道の続く先にしか勝利はないと腹をくくる。


「古賀、康太ぁぁぁぁ!」

「あ、ぶねぇっ!!」


 迫る遠距離攻撃の嵐を紙一重で躱し、不退転の覚悟で突き進む。

 銃身が届く位置まで近づき、けれど攻撃に転ずることはない。

 声を張りあげ、ノア・ロマネに語りかける。


「じゃあ………………じゃあなんで、今回の戦いでずっと、妹さんの復讐について叫んでた?」

「妹を失ったのだ。当然の事だろう!」

「そうだな。当然だ。けど、アンタのイグドラシルに対する忠誠心は、その程度で霞むものなのか?」

「っっっっっっっっき、さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 その効果を、康太をはっきりと感じ取る事ができている。

 目の前の男には、何か言われたくない事があるのだと察する。


(神の座に対する忠誠心の消失じゃないのか? じゃあなんだ? こいつは何から目を逸らしてる!)


 問題はその『何か』が康太にはわからない事だ。

 最もあり得そうな言葉は、効いてはいるが勝敗を決するほどのものにはならず、悩んでいる今も、攻撃の勢いは最高密度を保ち康太の命を脅かしている。


 加えて、康太の中に残っている粒子の量が今度こそ月欠けてる。

 つまり――――時間切れという結末が、やはり康太を苦しめる。


「アンタはオレに、いやオレ達に憎しみを向けてるんだよな。アーク・ロマネを殺したから!」

「聞くまでもない事だろう!!!!」


 残された時間は本当に僅かだ。

 『超人化』と比較すれば粒子の消費量が少ない『天馬飛翔の具足』だけを使ってる現状であるが、それもあと二分持つかわからない。


「何度も言うがな、あれはオレ達の仕業じゃねぇ。アンタの恨みはお門違いなんだ!」


 それを理解してなお、康太は決して取り乱さない。

 肉体を突き破るような心臓の鼓動を必死に抑え、じっくりと、この戦いを終えるための活路を探り続ける。


「オレ達は、あの場にいなかった!」

「やるだけの理由がない!」

「犯人はイグドラシルなんだ!」


 正解に続く道を探るため、自分たちが手を出してない理由を告げる。

 他にも数を絞りながらも効果があるかもしれないと思う言葉を次々と投げつけ、


「戯言を! あの方がなぜ我が妹を殺す! その必要がどこにある!」

「――――――――」

 

 その果てに康太はたどり着いた。いや辿り着いてしまったのだ。

 

 ノア・ロマネの誤解を解く解答。


 すなわち、この戦いに終止符を打つかもしれない一つの可能性に。


「………………下で溢れかえってる仮面の化け物共は、俺達の手引きじゃない」

「当然だ。あれなるは我が主が用意したこの聖戦のための秘密兵器。彼らという存在が、我が主が望む楽園へと我らを導くのだ!」

「っ!」


 会話しながら繰り出さすノア・ロマネの攻撃が、康太の右耳を跳ね飛ばす。足のつま先を吹き飛ばし、左肩を抉っていく。

 そんな状態になりながらも康太は得た答えが正確な物であることを確信するため肉付けを行い続け、


「………………その秘密兵器に加えるために、いやもしかしたら! お前を障害であるオレ達を殺すための尖兵にするために殺されたとしたら………………………………………………どうする?」

「………………ありえん。そんなことは………………………………絶対に!」


 最後の問い掛けに対する怒りではなく唖然とした声、激しい動揺を前にして康太は理解する。


(そうか。辛い役目ってのはこういう事か)

 

 土方恭介が彼に頼んだ言葉の真意。


 それが知り合いである相手を殺すことではない事を。

 もっと辛い、ある指摘を指せることなのだと。


「シャァァァァァァァ!!」

(もう一度、話せるだけの………………距離まで!!)


 怒りをそのまま叩きつけるような攻撃の嵐が、康太の残り少ない体力まで削っていく。

 視界が再びぼやけ意識が遠のくが、それでも康太は前へ進み、腰に携えた四次元革袋に手を突っ込み、目的の品を掌の中に。


「ノア・ロマネ!」

「!」

「これが! オレの答えだ!」


 ノア・ロマネの視線を自分にしっかりと向けると、手にしたものを投げつける。


「下らん! そんな攻撃当たると思うのか!」


 無論その程度の速度を彼が捉えられないはずもなく、投げつけた物体は手にした黄金の剣で易々と斬り裂かれ、


「………………………………………………………………………………………………………………は?」


 これにより、封印は解かれる。

 中に閉じ込められていたアーク・ロマネが、彼の目の前に落下する。


「あ」


 その姿を目にした瞬間、彼は膝から崩れ落ちた。刃のように鋭い瞳から、滝のような勢いで涙を流した。


「ああ………………!!」


 それはシュバルツ・シャークスによって四肢を切り落とされたからではない。

 彼女の顔に、自らの主が関わったことの証拠である仮面が嵌められているからであり――――


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


 崩壊する。

 それまで必死に保っていた彼の理性が。

 直視せざる得なくなる。

 必死に目を逸らしていた事実に。


 これにより攻撃の嵐は嘘のように止み、延々と宙を舞っていた紙片が地面へと落ちていく。


「………………………………終わったぁ」


 その光景を見て、康太は戦いが終わったことを察し床に沈んだ。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


VSノア・ロマネは次回で決着です。

今回の戦いは善さんが最後にルインに飼った時と同じような心を折るための戦いだったわけですがいかがだったでしょうか?

出来るだけ丁寧に導線を引いたつもりだったのですが、力不足であったなら申し訳ないです。


あと、次回の投稿の後、また小説を賞に出すためのお休みをいただきます。

今度は月明けに外せない予定があるので、少し長くなると思います。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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