勝利の形 一頁目
「毎日思う事なんだけどよぉ、もう少し穏便に片付けるって選択肢がないのかねぇ」
温かな木漏れ日が体を温め、仕事がないゆえに背もたれに全身を預ける康太。
彼の真正面で口を尖らせていたのは、髪の毛を真っ赤に染め、目元をサングラスで隠した、ほんの数か月前の積であり、彼の呆れたような物言いを聞き、天井を見つめていた康太は首を前に向け、片方の眉を吊り上げる。
「なんだよ。勝ってんだからいいじゃねぇか。文句言われる筋合いはねぇぞ」
振り返った記憶は数年前、ミレニアムとの戦いが起こっていた際のこと。
つまり未だ原口善が生きており、それゆえ積が好きなように過ごしていた時期の事である。
「いやね、俺達の中でもお前とゼオスはものすごく物騒じゃんか。だけどもう少し広い視野を持てば、もっと簡単に色々な事が片付けられる。そういう道を探ってみてもいいんでは、なんて思うわけよ!」
「どういうこった?」
それが正確にはどのタイミングでの会話かまでは鮮明に覚えていない。
ただその時点の康太が積の言葉に対ししっかりと意識を向けていない事は、乱雑な声を聞けばすぐにわかった。
「ぶっちゃけちまうと問題解決の方法が雑なんだよ! そりゃ俺の馬鹿兄貴にも問題があるんだけどな、もうちょっとこう………………人間として知性ある戦いをだなぁ!」
「なるほど。お前はオレを人間以下の猿同然と言うわけか。ならここで手が滑って、眉間に銃弾が食い込んでも許してくれるよな? 猿だから銃の扱い方がわからねぇんだ」
「待て待て待て待て! そうやって血気盛んなのがもったいないって話なんだよ! 別に馬鹿にしたくて言ったわけじゃねぇっての!」
「………………確かな意思あっての意見と。ならせっかくだ。知性ある人間様の、ありがたい説法を聞かせてもらおうじゃねぇの」
「脅かすなっての。まぁいい。聞いてくれ」
頬杖を突きながら話しだす積に対する康太の反応は乱暴だ。
だが積はそれでも必死に訴えかけ、その姿を見た康太がひとまず銃を下すと、安心したように息を吐き、説明を開始。
「色々な問題が出てきたときにさ、『戦って勝つ』ってのが一番シンプルでウルアーデらしい結論なのはそうなんだけどよ、やっぱ野蛮過ぎると思うんだよ。だから今後の事を考えるなら、もっと戦略を練る必要があると思うんだよ俺は!」
「せんりゃくぅ? いつも練ってるじゃねぇか。だから勝ててるんだろ?」
「それは戦術な。戦略はその一個先。大前提として置いてある主目的だよ」
「勝つっていう目的が『戦略』で、そのための道筋が『戦術』だろ? なにか問題あるのかよ?」
教壇に立ち、生徒に接する先生のような態度で説明を行う積であるが、康太はいまいち要領を得ていない。なので頭に浮かんだ疑問をそのままぶつける。
「大ありだ。お前のいう事は確かに筋道通ってるけどよ、そもそもの話として『勝ち負けを決めるために戦う必要があるのか』っていう前提が抜けてる」
「どういうこった?」
「問題の解決方法には戦う以外の方法が色々あるってことだよ。
例題を挙げるならだ、ここに飲食の個人店があったとして、戦略部分に当たる主目的が『低迷している売り上げの回復』だとする。で、そのための手段、つまり戦術が『シェフ渾身の新商品による顧客の呼び込み』なんだが、残念ながら上手くいかず失敗した。だけども別の事柄が原因で、売り上げは持ち直したとする。この場合、戦術面では敗北しても、最終的な目的は果たしてるから、結果は『勝ち』なわけだ」
「………………面白いな。確かにこれまでのオレにはない考え方だ」
「商人として出店を出してたりすると、よくこういう場面に直面して考えるんだよ。最終的な結果に辿り着くには、どういう道があるのかってな」
「だが、参考にはならねぇな。オレ達がやってるのは商売じゃなく戦いだ。ならやれるのは、食うか食われるかの戦いだけだろ」
掌をヒラヒラと振りながら積が返した答えはそのようなもので、認めるような素振りを見せるものの、康太は心底から賛同することはなかった。
当時の好き勝手ふざけている積の意見を、真正面から全て認めるのは、康太にとって癪に障る事であり、それゆえ失笑を浮かべながら反論。
「商売も戦いの形の一種なんだけどな。けど俺達のやってる戦いだって同じさ」
ただそれを聞いても、積は自分の言葉を曲げず、例題を告げるのだ。
例えば、相手の目的が資源や食料とわかったのなら、何かと物々交換する事で、無傷で解決できる場合があると。
例えば、厄介な敵兵がいれば真正面から戦わず、時間稼ぎができるだけの兵を向かわせ、その間に他の場所で本丸を叩くのだと。
例えば、話し合いのテーブルを設けて、妥協点を探っていくのだと。
例えば、対峙した相手を殺すわけではなく――――――何らかの要因で戦意喪失に持ち込むのだと。
積はやや自慢げに語っていく。
「………………大層なご高説を垂れるのはいいがな、相手はあのミレニアムだぞ? 交渉も妥協も無理だ。時間稼ぎくらいなら役に立つ案かも知れねぇが、結局は全面衝突だろうし、意味のない話だろ」
「いやいや! 覚えときゃ何かの役に立つかもしれないだろ?」
「さてね。まぁその時が来たら、また懇切丁寧に教えてくれよ」
ただ結局どれだけ丁寧に説明されても、内心では納得していても、当時の康太は素直に認めて、口に出すことはなかった。
(このタイミングで流れるってことは……………………これは意味がある内容なんだな!)
だが今の康太、すなわちノア・ロマネに追い込まれてる現状ならば話は違う。
思い出した過去の記憶に意識を注ぎ、諦めかけていた己を奮い立たせる。まだ希望は残されていると己に念じる。
「水! 光! 木!」
「!」
「生命流転!」
高い効果を発揮する反面、粒子の消費量が他と比べ多い『超人化』を解き、三属性からなる手持ちでは最高性能の回復術を使い失った手足を生成。
「無駄なあがきを!」
「光! 風! 鋼! 天馬飛翔の具足!」
その光景を見た直後、怒声と共にノア・ロマネの猛攻が再び紙片から現れるが、一歩遅い。
既に先の手を考えていた康太の足に光り輝くブーツが纏われ、物理法則を完全に無視した風の軽やかさと光の速度の合わせ技で、ノア・ロマネの背後へ。
(前にでないだと? 何が目的だ?)
ノア・ロマネは反射的に背後に分厚い炎の壁を展開するが、康太はそれらに触れない。
元々その予定であったゆえに距離を取り、訝しむ様子を見せるノア・ロマネをしっかりと見据え、疲労が募った脳を酷使させる。
(考えろ! 考えろ! 考えろ! あの記憶には絶対に意味があるはずなんだ! ならなんだ。真正面からぶつかる以外の解決策………………この状況を突破するあいつの弱点は!)
ほんの一瞬のあいだに目にした記憶が、活路を拓く一手になるなどという証拠はない。
だが康太は信じていた。
理屈も理由も根拠も証拠もない。
それでも刹那の瞬間に浮かんだ過去の記憶。友の忠告にこそ活路はあるのだと信じ、視点を変える。
積が言っていた勝ち方の一つ。精神面での崩し方はないかと目を光らせる。
「逃げるばかりでいいのか? もう残されてる粒子も少ないはずでは?」
言葉によって精神的に、降り注ぐ広範囲高威力の攻撃によって肉体的に、康太を追い詰めていくノア・ロマネ。
「――――ッ!」
(諦めないか。奴は一体何を見ている?」
それでも一縷の希望に縋るよう、康太は駆け続ける。
目で追う。肌で感じる。耳で聞く。
最後の最後まで絶対にあきらめないという意思で、憤怒の化身となったノア・ロマネに意識を注ぐ。
「粒子切れより先に終わったか。無様だな」
「………………」
だが結局それも、徒労に終わる。
部屋を埋め尽くす攻撃の嵐は、羽ばたくように駆けまわる康太の危険察知さえ打ち破り、
(ダメだ………………頭が)
延々と降りかかる危険信号。これにより訪れた疲労が、康太の視界をぼやけさせ、痛覚を鈍くしていく。
「あの世で見ていろ妹よ。まず一人、お前のいる場所………………いや地獄へと叩き込んでやる!」
(――――――――――――待て。待つんだ)
だからであろう。耳は普段とは比べ物にならないほどしっかりと音を拾い、
(そういやこいつ)
脳が勢いよく働き出す。
自身が建てた仮説が正しいものであるかどうかを証明するため。
そして
「お前、は………………」
「辞世の句か? 聞いてやろう。そしてそれを残る四人に聞かせることで絶望を――――」
「復讐のため、だけに、戦うのか?」
「――――――なに?」
「信ずる神への、忠誠はどうし、た?」
たどり着くのだ。
ノア・ロマネが致命的な普段との違い。
この戦いにおいてあれほど叫び続けたというのに、普段ならば絶対に発している『神の座イグドラシルに対する忠誠』に関する内容を一度も口にしていないという事実に。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
久しぶりに現れる善が死亡する以前の積。
彼が語る康太とは異なる切り口に、それにより見つけた常ならざる点。
紙の居城三階で行われた死闘も、これにより佳境を迎えます。
この戦いの普段とは違う結末を見届けていただければと思います。
それと、今月末にまた賞に投稿しようと思っているため、再びお休みをいただこうと思います。
詳しい日取りは後日で。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




