戦士の楽園 ロッセニム 三頁目
『レディースアンドジェントルメーン!』
「うお、始まっちまった!」
石造りの階段を降りかけていた蒼野が、闘技場のみならず会場全体に響く声を聞き走りだす。
左手には玉子焼きが乗せられた焼きそばを持ち左手には二つの紙袋を抱える彼が向かうのは、チケットに書かれた指定席だ。
「すいませんすいません。失礼します…………ありがとうございます」
人の波を掻き分けながら最寄りの観客席入口をくぐり、闘技場が見える位置にまで移動。そこから中央の窪んだ部分を見下ろすと、頭部や体に鎧を着込んだ男性複数人が、獅子の頭部とヤギの頭部を持つ、クマの体に竜の尾をした怪物と戦っている。
「テレビでなら何度か観戦したことがある光景だが、実際に見るとすごい迫力だな」
周りの歓声など耳にも入らないという様子で蒼野がそれを凝視し、効率よく怪物を仕留めていく男たちの様子に感嘆の声を漏らす。
「っと、こんなところで止まってる場合じゃなかった!」
それからほんの数十秒後、断末魔の叫び声をあげ獣が崩れ落ちると、一際大きな歓声が闘技場全体を包みこみ、目の前の戦いに熱中していた蒼野も正気を取り戻し、目的地である指定席へと向け再び歩を進める。
「……約束をした本人が、ずいぶん遅い到着だな」
チケットに書いてある番号はAの13。目の前で戦いが見える特等席。
そんな最高の場所をとっておいてくれた自身の上司に感謝しつつ、座席に座る蒼野。
すると横にいた自分と同じ顔をした男の口からは呆れと僅かな怒りが混じった声が吐きだされ。それを聞いて蒼野は苦笑した。
「悪い悪い。思いのほかロッセニでの買い物が楽しくって。前に優の奴の買い物に付き合った事があったんだが、その時の優の気持ちがわかったよ。気になる場所にならどれだけでもいられるな」
腰に付けた巾着に物理法則を完全に無視した大きさの紙袋が入って行き、手にしていた焼きそばのうち一つを腕を組んだまま無言で闘技場を眺めている男の前に差し出す。
「ほい、お前の分の焼きそば」
「……やきそば。蕎麦の親戚か?」
「親戚……まあ知らないようだが教えておくがそれは違うぞ。これは前食べた蕎麦とは全くの別物。似てるのは名前だけだ」
焼きそばをゼオスに渡しその反応になんと返せばわからない複雑な気持ちになる蒼野だが、ゼオスの方はさして関心がない様子で適当な返事を返すと、割り箸を手にして戦いを身ながら食事を始めた。
「んー、うまい。大人気店と呼ばれる理由がわかった。玉子との見事な調和か! それに麺とソースが良く合う」
「……うまいな」
芯まで熱が通っていながらもシャキシャキとした触感を残したキャベツに、柔らかだが歯ごたえの残ってえいる豚肉。
ソースはただ濃いだけでなく少々酸味がある事で食べ飽きにくいよう工夫されており、横の方におかれた紅生姜と一番上に堂々と置かれた目玉焼きは、味の変化を何度も与える、。
そして極めつけは原材料を厳選し、手打ちで作っているコシのある麺。
職人によって丁寧に作られた逸品を口にして、彼らの手は止まらなくなっていた。
『さあ! みなさまお待たせしました! 本日のメイーーーーンイベントでございます!』
「お、始まるか!」
「…………」
人と獣との戦いが終わり、抉れた大地に倒れた木々が撤去され、闘技場の縁で待機していた人々が中央に移動し地面に手を付ける。
それから僅か十数秒で作られたのは、円形の武道場。
その中心に派手な金色の服を着てサングラスをかけた司会者の男が立ち、マイクを片手に声を張り上げる。
『自己紹介が遅れて申し訳ありません! わたくし当闘技場の司会者、アラタと申します!
知っている人はありがとうございます! 知らない人はぜひこの機会に覚えてください!
本日のメインイベントを担当させていただきますので、よろしくお願いします!』
両手を広げお辞儀をする司会者。
それに合わせこの闘技場を見に来た観客たちは拍手を送り、それに応えるかのように何度もお辞儀をした後、彼は持っていたマイクを顔に近づけ声を張り上げた。
『さて! 皆さまが来た理由、私にはよ~~く分かります! あなた方は人と獣の戦いを見に来たわけではない。人と人の……すなわちこの戦いを見に来たはずだ!』
男が左手を伸ばし、それに合わせ虚空に浮かんでいた赤いライトがその方向へと伸びて行くと、一人の男がそこにはいた。
『本日我らがチャンピオンに挑むは、この惑星ウルアーデの最西端にある『機械と兵器の要塞都市』からやってきた造り手、鋼士!』
背中まで伸びた髪の毛を蒼野同様一本に縛った、濃緑のダウンジャケットを着込んだ精悍な顔つきの男が、黒の皮手袋をはめながら闘技場へと上がっていき、その姿を前に多くの観客が歓声で迎える。
『対するはこのロッセニムにおける今代の闘技王! ミスタ――――ブドーーーー!!』
続いて男が右手を挙げると青いライトが伸びて行き、その先にいる男を前にして闘技場内をこれまでの比ではない歓声が埋め尽くす。
そこにいたのは蒼野やゼオスよりも小さい身長の真っ白な道着を着込んだ男であった。
ざんばら髪に浅黒い肌をした男は、腕を組んだまま鋼士と呼ばれた男同様闘技場に上がり相手を睨む。
すると対峙する男は鋼属性粒子を周囲に充満させ、長さ二メートルを超える細長い棍を作成。
一度二度と地面を叩き強度を確認すると、闘技場全体を埋め尽くしている歓声を薙ぎ払うかのように棍を一度だけ振り、腹の中に溜まった空気を、一気に吐きだす。
『さあ両者が戦場に立ち構えを取る! それだけで私のいるこの場所は、この世ならざる異界となったかのように熱いです! 本当に熱すぎなのでです! なので私は避難します!』
闘技場から降りる司会者に合わせ、正面に設置してある巨大モニターに闘技場の様子が映り、
『では! 両者ともに準備が終わったようなので』
マイクから発せられる大音量さえ気にしない様子で観客が闘技場に立つ二人を見ると、鋼士と呼ばれた男は鉄の棍に雷と吹雪を纏い、チャンピオンのブドーは左手を頭上に、右手を前に構え深く息を吸う。
『勝負開始!』
「すごい戦いだったな」
「…………」
それから五分後、蒼野とゼオスが闘技場をあとにする。
興奮状態で自分よりも遥か格上の戦いを語る蒼野に、普段と変わらぬ無表情で手に持っているポップコーンを頬張り続けているゼオス。
二人の間に会話はない。先程から蒼野が一方的に口を開き続けゼオスがそれを無視するという状況だ。
とはいえ向かう先は理解しているため、同じ要望をした両者は、そこへと向け足を伸ばす。
「でも不思議だよな。ヒュンレイさんは一体どんな繋がりを持ってるんだろうな?」
「……知らん」
自分たちと同じように闘技場から出てくる人の波を必死に掻きわけ、闘技場外枠を歩く二人。
やがて槍と盾を持った守衛兵が守る扉の前に立つと、自分たちがヒュンレイの関係者である事を説明。既にアポを取っている事も口も説明をすると、中で確認を取るよう伝えられ、少しして守衛兵が戻ってくる。
「お待たせしました。中へお入りください」
促されるままに廊下を歩き、奥にある扉へ入る。
「む、来たか!」
「お、お会いできて光栄です」
その中で彼ら二人は出会った。
戦士達の楽園ロッセニム。その今代の闘技王、ミスターブドーその人と。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
という事で本日分の更新です。
今回も新キャラクターの顔見せ回、ロッセニムの闘技王ブドーが登場です。
これから少しの間、蒼野とゼオスを交え話が進んでいくと思うので、よろしくお願いします。
色々説明が多くて大変だと思うのですが、一章の終わりにまとめてみたいと思っています。
それではまた明日、よろしくお願いします
久しぶりにtwitterも貼っておきます
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