THE SHAKE 一頁目
目を覚ましたとき男が目にしたのは見覚えのある景色であった。
所々に戦いの跡が刻まれた白い天井は空に浮かぶ雲のように正体のつかめぬ強者と戦った戦場であり、だからこそ李凱が困惑した。
「………………なぜワシは生きている?」
記憶が正しいのであれば、彼は意識を失う直前、全身におびただしい量の銃弾を受けたはずなのだ。
だというのに未だ自身の意識が、肉体が、屍山血河溢れる地獄ではなく現世にあることに信じられず、
「そんな不思議な顔をしなくてもいいじゃないか。既に語った通り、俺の能力の真骨頂は体力と粒子の吸収だ。言い換えるなら、どれだけの銃弾を受けたところで衝撃による死は存在しない、ということだ」
「貴様………………」
口にした疑問に答えた声は、彼の真横から。
心底気だるげながらも首を横に向ければ、そこには思った通りの人物。すなわち白衣をたなびかせ涼しい顔をした状態で、隣に座る土方恭介の姿があった。
「といっても即死はなくとも体力枯渇による死はあるんだがな。そこらへんに耐えきるとは、さすがは神教最高戦力の一角。凄まじい生命力だ」
「………………如何に実弾ではなく体力を奪う特殊弾だったとはいえ、あれほどの攻撃を受ければ、結末は容易に想像できる。勝者がくだらん騙りをするな」
「………………………………」
なおも軽い調子で語られ続ける言葉の数々を、床に身を預けた李凱は即座に断つ。
となれば恭介はバツが悪い顔をしながら頭を掻き、その姿を目にした李凱は勢いよく鼻を鳴らし、かと思えば深いため息をついた。
「なぜ殺さなんだ?」
「………………なにも死ぬ必要まではないだろう、なんて思っただけさ。指一本動かなくなれば死体と同じ。なら、それで終わりでいいじゃないか」
続けて語られる内容を前に李凱は眩暈を覚えた。
意識を保つだけの体力がつきかけたゆえではない。
砂糖を口いっぱいに頬張り、一気に喉を通し飲み込むような吐き気を催すような甘さ。
そんな感覚を覚えたからだ。
「………………………………………………意外だな。もう少し反論してくると思ったんだが」
「当然だ。なぜなら貴様は――――勝者なのだからな」
逆に恭介にとって意外だったのは受けた李凱が一切反論してこない事であったのだが、李凱からすればこれは当然のことだ。
甘かろうと厳しかろうと、意見を押し通せるのは勝者の権利。
『敗者に語る口はなく、行く末を決めのは勝者である』
これこそが彼の信じる惑星『ウルアーデ』のありかたで、これに従うならば、不満はあれどこれ以上追及するのは理に反する。
ゆえに敗者として彼は与えられた形を全うする事にするが、ふと違和感を覚える。
それは勝者である男が、なおもこの階に留まっていることについてだ。
「貴様………………なぜ上に上がらん?」
李凱は目の前の男の詳しい事情を知らない。
しかし自分達イグドラシル側の敵で、それをどうにかしようとする反乱軍の一員であることくらいははっきりと把握できる。
ならば急いで上にあがって援護をするのが道理のはずなのに、彼は微動だにしない。
『意識のない自分の身を案じての行動か』などと、自身ならば絶対に行わない思考回路に李凱は行きついたが、
「………………簡単に言ってしまうと、人には色々と役割がある。そして私の役割は、ひとまずここで待機なんだ」
返事を聞き更なる驚きに襲われる。
彼がどこまで自分らの内情、奥の手を察しているのかまではわからない。
だが語る彼の姿には確かな確信。後に控えるなにかを見据える視座があるのだ。
「上にいる参謀長殿は」
「ん?」
「ワシの比ではない苛烈さで侵入者を裁くだろう。内に宿った怒りの炎の赴くままに、目の前にいる悉くを殺戮する」
「つまり?」
「放っておけば、貴様の信ずる者共は死ぬぞ。一人残らず」
だからこれはただの嫌がらせだ。
隣に座る者が真に一流であれば、なんの意味も無いものであり、
「おいおい。そりゃあいつらを舐めすぎだぞ。まだまだ若い身だが、全員超一流の戦士だ。たとえ相手が神教が誇る参謀長でも、一歩も譲らない戦いをして勝利するだろうさ」
「………………見事だな」
返された返答を聞き、彼は認める。
此度の戦いは、完膚なきまでに己が敗北したのだと。
「死に絶えろ! 古賀康太!」
「はいそうですかで死ぬわけがねぇだろうがクソが!」
最下層である一階でそのような戦いと会話が交わされる中、二階の戦いは熾烈を極めていた。
相対するは古賀康太とノア・ロマネ。
二人の強者が命を賭すことになる戦場は、壁や床の色こそ一階フロアと同じ白であれど、内装には大きな違いがあった。
自身が使うため、一階の守護を任されていた李凱は屋内に様々な家具やインテリアを置いていたのに対し、このフロアには何もない。
康太が蒼野達と共に入って来た入口から上の階まで続く戦場に広がる、数キロ以上に拡大された戦場には遮蔽物となる物は一切存在しない。
己が身と手にする得物の全てを駆使する全身全霊のぶつかり合いが続くのだが、その勢いは凄まじい。
「貴様の意見何ぞ聞いていない! 藁のように! 死に果てろ!」
ノア・ロマネが駆使するは、内部に数多の兵器を秘め、それ自体にも切れ味がある紙片の嵐。
「ゴチャゴチャとうるせぇなぁ。黙って戦えねぇのかテメェは!」
対する康太が駆使するのは、一発でも被弾すれば致命傷になりうる威力の弾丸を発射できる破壊の塊と、多彩な戦術を生み出せる十色の箱。
「古賀康太! 貴様は、貴様らだけはぁぁぁぁぁぁ!」
これらによる絶え間ない攻撃の規模と威力は、真下の階で行われていた李凱と恭介の戦いの比ではなく、けれどそれ以上に大きな差がこの二人のあいだには広がっていた。
「優れた直感を持つ貴様がいれば! 我が妹を殺すのは楽な作業であっただろうな!」
「あぁ!?」
「殺した時の感想は? 感覚は? 覚えている事があるのならばぜひ教えてくれ! 貴様に同量の………………いや! それを遥かに超える地獄を与えてやろう!」
「意味分かんねぇこといってんじゃねぇよコラ!」
この二人の間に李凱と恭介が持ち合わせていたものは存在しない。
李凱のように戦いに悦を感じ、追及しようという意思はない。
恭介のように手札を隠すような素振りはない。加減して不殺で終わらせようという甘い考えはない。
闘気さえ存在せず、繰り出される攻撃全てが、目の前の衝撃を退けるための殺意に染まっている。
つまり彼らが繰り広げる戦いに、ブレーキはない。
今の彼らは、どちらか一方が死に絶えるその時まで、相手を殺しつくす機械と化していた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
さて始まりました神の居城最終決戦第二戦。
今回の戦いは一戦目とは別方角でフルスロットル。中距離以上を得意とする二人の『火力』と『技術』と『思考』をフルに使った戦いです。
神の居城内部での戦いに関しましては色々と差別化を図っており、今回の戦いに関しましては『殺意』の濃さが特に際立っています。
そんな彼らの戦いを楽しみにしていただければ幸いです。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




