燃えよ闘魂!
強さとは何か?
などという問いに対する答えは千差万別。人の数だけ答えがある。
人類における現状最高到達点。『果て越え』ガーディア・ガルフならば『速さ』ないし『冷静さ』であると答えるだろう。
その友にして最強の剣士であるシュバルツ・シャークスならば、一撃で敵を仕留められる『力』と言うだろう。
はたまた神教最強戦力たるアイビス・フォーカスならば、技の『多彩さ』を挙げ、他の者に聞けばまた別の要素を挙げるはずだ。
であれば、土方恭介にとっての強さとは何か?
彼に問いかければそれは――――――『意地の悪さ』と答えるだろう。
それは李凱の想定の外にある事態であった。
自分を驚かせるに値するだけの秘密兵器を持っていた土方恭介。
彼は強かった。紛れもない強者であった。
ただその強さの源泉が何であるかと問われれば、真正面からぶつかるような単純な強さではなく、手札の多さやハッタリの巧さを活かした点であると李凱は考えていた。
そのタイミングで繰り出された斬撃は驚嘆に値する凄まじさを秘めていた。
超一流の強者のみが披露する事が出来る域の無駄の無さ。
抜刀から振り抜くまでを感知させない速度の『クイック』に、自身を通り抜ける際の速度。
それほどの事が出来るのは、彼の知る限りレオン・マクドウェルとゲゼル・グレアの二人だけであり、よく知らない相手を加えたとしても、シュバルツ・シャークスとゼオス・ハザードを含めた四人。
つまり片手で足りる程度しか存在しえないはずだったのだ。
そんな中、彗星の如き勢いで現れた土方恭介という男に対し、さしもの戦狂いも歓喜よりも先に困惑が去来した。
なぜ、最初から全力を発揮しなかったのか?
と、思わざる得なかった。
もし最初から本気ならば、ここまで追い詰められることはなかったであろうにと考えてしまう。
「同じ、ないし類似した手札を二枚持ち、一方を隠していた場合の最大の利点は――――」
「!」
「一枚消費させたところで『突破した』と思わせられる事だと俺は思う」
「ぬぉお!?」
頭の中を様々な考えが巡る中。彼の身に訪れたのは恐ろしいほど強烈な倦怠感だ。
肉体に刻まれた十字傷は思ったほど深くはない。溢れ出る鮮血も最初こそ噴水のような勢いを保っていたが、今はほとんど止まっている。
だが、そんな傷の深さからは考えられないほど肉体が重い。
街一つを背負ったかのような重圧を受け、つい先ほどまで十全に動いていた李凱は膝をつき、立ち上がろうとするもうまくいかない。
「これ、は!?」
「俺の持つ神器イクストーション(簒奪者)の能力は、刃で斬った相手の体力・粒子を奪うというものだ。その量は負傷の深さによって変わる………………貴方が気になってるであろう、この手札を隠していた理由はそんなところだ」
李凱の胸中を察した恭介の口から発せられた、僅かに刃が反れ、簡素な鍔が付けられた双剣が秘める能力。
「つまり、ワシは完璧な初撃を食らうために一杯食わされたという事か! ゆえに――――負けを認めろと!」
その内容の奥に隠された彼の真意を李凱は理解する。
言葉に宿った意志。勝利を確信し降伏を勧める物言いを聞き鼻で笑い、
「愚かな!」
「………………」
「今! 目の前に! ワシの予想を超える強者がいるのだぞ! であればなぜ黙って地に伏せていられようか! 命を削り! 力尽きるその時まで足掻く! 歓喜の念で身を動かす! それこそが! 真の武芸者というものであろう!!!!」
吠える。全身全霊で。
たった一撃当てた程度で、肉体が信じられないほど不調になった程度で、戦いは終わらないと。
むしろここからが本番だと吠え、全身を襲う疲労を跳ね飛ばし、彼は立ち上がる。
これまで以上に強烈な練気に身を包み、一撃必殺の意志を宿して拳を握りながら。
「………………凄まじいな。貴方は」
その姿を見届け、恭介も構える。
これまでのように一歩引いた回避の意思を見せる姿勢ではなく、受けて立つという素振りを見せ、
「――――征くぞ!!!!」
血反吐を吐くような李凱の咆哮と共に、再び、いや初めて両者は正面から衝突する。
膨れ上がった強烈な練気と、冷たい輝きを放つ刃が交錯。
(ここにきて早くなるのか!)
一秒経たところで、恭介は驚嘆の念を覚える。
先の十字斬りで、李凱の体力はほとんど底をついているはずなのだ。
にもかかわらず彼の動きは、これまでで最も洗練されている。
言葉にした通り命を削った影響か、速度と威力は著しく増加。
繰り出す攻撃は全て躱され、反撃として撃ち込まれる致死の拳を防ぐために、恭介は防戦一方の状況に追い込まれる。
「持久戦を挑むつもり算段か? ならば! そのような甘い手が通じぬと教えてやろう!」
その状況を前にして後退する恭介であるが、すぐに背後に痛みを覚える。
それは決して重いものではなく、鋭さがあるわけでもない。
言うなれば壁にぶつかったかのような感覚であったのだが、数瞬考えたところで答えに辿り着く。
「練気で透明化させた家具の類か!」
「応とも!」
練気は自身に纏う、または自身が触れているものに伝播させるのが一般的であるが、亡くなった善がやったように、難度は高いが手元から離れているものに付与することも可能である。
李凱が今しがたやったのもそれで、彼は激しく動く裏で、自分の力をフロア内にある家具に付与し、この土壇場で利用できるだけの切り札にした。
「もらったぁ!」
力強い足踏みと共に振り抜かれる拳。
それは万物を砕く意志が込められており、殺すことに一切の躊躇なくまっすぐ恭介の顔面へと吸い込まれていき、
「この形は、貴方が俺の持つメモリーカードを全て壊したと言った瞬間に出来上がった」
「!」
「色々あったせいで、最初の一手を忘れた。それが貴方の敗因だ!」
瞬間、再び二人を隔てる障害は立ち塞がる。
それは最初に李凱の行く手を挟んだ物理的な壁。
賢教に所属する神器所有者の中で、最も所有率が多い物。
すなわち『阿僧祇楼壁』が再び二人を阻むよう地面から勢いよく生え、かと思えば李凱の後ろと左側も阻むように出現。
(くだらんな。どれほど我が道を阻もうが、貴様にワシを下す手立てがない。であればただの時間稼ぎにしか――――)
千載一遇の好機を逃したことに落胆を覚えながらも、李凱の顔に張り付く笑みは消えない。
今しがた行った刃と拳の衝突で、彼我の差は理解した。
距離を詰めれば必ず勝てる戦いであり、邪魔をされず確実に仕留めるため、彼は己が練気で身を包むことを画策し、
「な、に………………!」
その瞬間、空いていた向かって右側から現れた恭介の姿を見て、表情を凍らせる。
そのとき彼の視界に映ったのは、簡素かつ振り回しやすいデザインをした双剣が、無骨で重厚な二挺の銃へと姿を変えた様子であり、
「イクストーションには剣と機関銃の二つのフォルムがある!」
そこから放たれる夥しい量の銃弾により生み出された真っ黒な弾幕は、李凱必死の抵抗さえ呑み込み、彼の全身に襲い掛かった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
一日遅くなってしまいましたが、李凱VS恭介はこれにて完結です!
恭介の言う『意地悪な強さ』に関してですが、これは『相手の嫌がることをする』『知らない手を撃ち込む』という意味合いを含む話です。
今回の話はそんな彼の強さを存分に発揮した話で、たぶんこの戦いが情報を知っている状態だとしたら、話は大きく変わってたと思われます。
だから毎回、彼は相手が見たことがない力を用意しているわけですね。
まぁ同じ事をされたクライシス・デルエスク戦は負けてしまいましたが。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




