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太平法師の墜落


 光の棺が浅黒い肌をした聖職者、かつて神教に身を捧げた女の肉体を呑み込み、閉じていく。

 そのタイミングで彼女の体に巣くっていた意識は撤退し、虚ろな肉体だけが出来上がる。


「――――――――」


 瞬間、肉体に残っていた残滓が目を覚ます。

 一瞬先には完璧な死を迎えるという状況で、彼女の脳は勢いよく動き出す。


 結果思い起こされたのは最悪で突然の悲劇。


 紅蓮の業火に周囲一帯が包まれ逃げ場を失った状況で、率いていた人々が仮面を被った軍勢により殺されていき、最後まで自分と肩を並べ抵抗していたオグノム・バローダが敗北し、こと切れた瞬間である。


「もう――――りま――。で――、こ――――のため――――」


 次に目を覚ました時に視界に飛び込んだのは、自身が信仰対象として信じていた主の姿。

 視界と耳は正常に働かないため姿形はもちろん言葉さえしっかりと把握できないが、待ち受ける結末が死であることだけは、掲げられた刃物を認識し理解できた。


 それから意志を剥奪された彼女の視界が映すのは目を覆いたくなる惨状であった。


 正しき裁きを受けられず、無惨に死にゆく悪人がいた。

 神教における障害ということで、非はあれど罪状のないものを殺すこともあった。

 惨たらしい戦争の渦中に飛び込み、凄惨な結末を叩き込むこともあった。


 とはいえ彼女はそれを、心の底から拒絶することはなかった。

 それらは惑星『ウルアーデ』における暗部。隠さなければならない神教の弱所であったのだろう。

 だがそこには常に強い『使命感』があったのを、体の自由を奪われた彼女は理解していたのだ。


 しかしである、今回の戦いは異なるものであると思った。

 主であるイグドラシルは普段に近い立ち振る舞いをしている。

 だが根底にはいつもとは大きな差異があると彼女は感じていた。


「………………………………イグドラシル様の奥の手に気を付けて」

「!」


 ゆえにこと切れるその瞬間まで、彼女は自分の記憶を漁り続け、己が犯した蛮行を食い止めてくれた英雄にそう告げる。

 と同時に彼女の意識は今度こそ喪われ明確な死が訪れ、仮面による再生が始まり暴れ回るよりも早く、封印による終わりを迎えた。




(今のは?)


 戦いが終わり、アイリーンは自身の肉体に刻んだ痣を引っ込める。

 無論なおも様々な場所で戦火の炎が立ち昇っているのだが、今の彼女が思考を注ぐのは封印される直前に正気に戻った太平法師が告げた言葉。イグドラシルが所有している『奥の手』についてである。


(私たちが知りうる以外の厄介な存在。それとも非生物の秘密兵器があるという事かしら?)

 

 現代の情報に関して、千年前の時代を生きたアイリーン・プリンセスはやや疎い。

 ただそれでも、惑星『ウルアーデ』を現状統治している四大戦力に関しては最低限以上には頭の中に叩き込んでおり、神教が所有する戦力に関しても一通り知っている自負がある。


 無論それでも漏れはあるだろう。

 今しがた暴れ回っている仮面の狂人達などその最たる例で、けれどその戦力に関しては、ここ数分である程度は理解したつもりであった。

 それこそこの戦場において残る厄介者は、千年前の戦場でも活躍していた槍の名手ギルガリエだけであろうと考えており、


「え?」


 その予想は今、裏切られる。

 熟考しながらも周囲への警戒は決して怠らなかったアイリーン。そんな彼女の耳に届いたのはある程度の重量の物質が自分の隣に落下してきた音で、彼女は周りへの警戒は行ったまま、視線だけは急いで音の方角へ。


「う、うぅ………………」

 

 するとそこで目にすることになるのだ。

 意識こそ何とかのこっているものの、肉体に刻まれた傷の数々は凄まじく、いつ死に絶えてもおかしくない様子のヘルス・アラモードの姿を。


「嘘!? ヘルス!?」


 これには彼女とて激しく動揺した。


 ヘルス・アラモードという存在は現代において指折りの戦士だ。

 精神面において『勝つ』ことには向いていないが『負ける』ことは更に向いていない存在で、それこそ彼を本気で倒そうと思えば、自分やエヴァは愚か、シュバルツでさえ手を焼くとさえ考えていた。


 そんな男が今、瀕死の重傷を負っている。

 とくれば慌てて治癒の術式を発動する彼女は、けれど中断せざる得なかった。


「――――――」


 建物を燃やし尽くすような戦火を背景にしながら、悠然とした足取りで近寄る白いローブで全身を包んだ仮面の存在。

 ヘルス・アラモードをここまで追い込んだと思しき強敵が、自分に対し激しい敵意を向けていたゆえに。




 時間は幾分か遡り、主たる戦場である『神の居城』内部へと移り行く。

 その最下層では二つの影が鎬を削っていたのだが、二人の服装と動き、それに空気は対照的だ。


 一方は燃えさかる炎を連想させる色合いをしたチャイナ服に身を包んだ、闘争心をそのまま形にしたような表情の男であり、繰り出す拳や蹴りの一撃一撃に全身全霊が込められている。いわば情熱の塊だ。

 対するもう一方は白衣に身を包み丸い眼鏡をかけている青年であるのだが、攻撃を躱す動きは最小。かつ反撃もせず回避に徹していた。


「解せんな!」

「ん?」

「お主の真の実力はその程度ではあるまい? だというのになぜ暴れん?」


 傍目から見れば攻守は明確に分かれ、このまま続けば攻め手である李凱が勝つように見える展開であったが、当の本人はそう思えなかった。なぜなら防戦一方の土方恭介の顔には汗の一つも浮かんでいなかったのだ。


「躱したりするのは得意なのだがね。私は決め手に欠けるタイプなんだ。だからこのまま時間を稼いで、君を上へと昇らせなければ十分な戦果と捉えている」


 対する土方恭介は涼しい顔でそう告げるのだが、当然ながら李凱はこれを信用しない。

 どれほどの攻撃を繰り出そうが僅かたりとも動揺しない心の形。それを土方恭介が身に纏う練気から読み取った彼は、必死に頭を働かせる。


 どうやれば彼を倒せるのか、について考えているわけではない。

 どうすれば彼に本気を出させることが出来るのか。血沸き肉躍る死闘を演じる事が出来るのかについて考え、


「………………………………ならば貴様に用はないな」

「………………なに?」

「ただ避けるだけの蠅に用など無い。戦う力のない貴様はここで放置し、ワシは神の座に下された命令の通り、邪魔者の抹殺に向かうとしよう」


 結果、答えに辿り着く。


『目の前にいるお前に構う必要などない』

『ならば他の者を殺すだけだ』


 という意味の言葉を発し、それが本気であることを示すように、練気で全身を包囲。

 彼をただの戦人ではなく一流の暗殺者足り得る存在とする最大の要因。『透明化』を発動し、足音一つ立てることなく去っていき、


「………………気が変わった。貴方は私がお相手しよう」

「!」

 

 そんな彼の進む道。上階へと通じる階段が塞がれる。

 それはかつて土方恭介を苦しめた障害。クライシス・デルエスクが所有していた神器『阿僧祇楼壁』に他ならず、


「ほう! 神器を使えるほどの兵であったか! これは良い!」


 しかしそのあたりの事情など微塵も気にせず、昂る意志をそのまま形にしたような練気を纏い、李凱が『透明化』を解除。


 ここに『神の居城』一階の戦いは始まった。

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


今回の話でオグノム・バローダに続いて太平法師も退場。ついに残るはギルガリエだけとなりました。


という事で戦いは主戦場である『神の居城』で。

始まりは第一階層に移ります。


土方恭介の力に関しては色々とありますが今回は最終決戦。彼の隠された力もどんどん出していきましょう!


という感じなのですが、区切りもよく、今月末にまた賞に投稿するので申し訳ありませんがまた一週間ほどお休みをいただきます。

次回の投稿は11月1日。

それまではこれまでの振り返りという名のあらすじをX(Twitter)にあげると思うので、よろしくお願いいたします

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